大都の新人シーカー

AI太郎

第一話:大都の門と、見慣れない受付嬢

大都の巨大な門をくぐった時、テトは思わず息を呑んだ。故郷の小さな村では考えられないほどの人の往来、耳をつんざくような喧騒、そして石畳の上にそびえ立つ、どれもこれもが巨大な建物。その全てが、テトにとっては異世界そのものだった。

「ここが、大都……」

ごくりと喉を鳴らす。テトは、特別な才能も、ずば抜けた身体能力も、秀でた知識もない、ごく普通の青年だ。故郷の村では、年々痩せ細る土地で生計を立てるのが難しくなり、一攫千金を夢見て、この大都へとやってきた。目指すは、この街で最も大きな建物の一つ、冒険者ギルド。シーカーとして、ダンジョンで生計を立てるためだ。

ギルドの門は、テトの背丈の三倍はあろうかというほど巨大で、その表面には無数の傷跡が刻まれていた。恐らく、多くの冒険者たちがこの門をくぐり、そして二度と戻らなかったのだろう。死が身近な世界、人の価値が安い世界。その言葉が、テトの脳裏をよぎる。しかし、ここで引き返す選択肢はなかった。

重厚な木の扉を押し開けると、中は予想以上に活気に満ちていた。怒号にも似た声が飛び交い、金属がぶつかり合う音、埃っぽい空気。テトは、その圧倒的な雰囲気に、体が硬直するのを感じた。

受付には、様々な顔ぶれの冒険者が列をなしている。屈強な戦士らしき男、鋭い目つきの魔法使い、そして、明らかに異種族とわかる亜人の姿もあった。誰もが、何らかの依頼をこなし、あるいは次の獲物を求めているようだった。

「えっと……」

どこに並べばいいのかも分からず、立ち尽くしていると、一人の受付嬢がテトに気づいた。彼女は、朗らかな笑顔を浮かべ、テトに手招きをした。

「あら、いらっしゃいませ。初めての方ですか?もしよろしければ、こちらへどうぞ」

その声は、この喧騒の中にあって、なぜか妙に落ち着いて耳に届いた。彼女は、他の受付嬢たちとは少し雰囲気が違った。新米冒険者専門、と書かれたプレートが目に入った。

彼女が、コレットだった。

コレットは、テトの前に立つと、優しく微笑んだ。

「ようこそ、冒険者ギルドへ。私はコレットと申します。新米冒険者の方の登録や、簡単なご相談を担当しています」

テトは、たどたどしく答えた。

「あ、あの、テト、です。シーカーになりたくて、ここに来ました」

コレットは、テトの少し震える声にも動じず、温かい視線を向けた。

「テトさん、ですね。承知いたしました。では、まずはこちらの書類にご記入いただけますか?基本的な情報と、簡単な適性診断のようなものです」

渡された書類は、テトがこれまで目にしたことがないほど複雑なものだった。住所、年齢、家族構成、そして、これまでの経験。テトは、しどろもどろになりながらも、コレットの指示に従ってペンを走らせた。

「経験……ですか。僕、今までまともに戦ったこともなくて。村で畑仕事を少し手伝っていたくらいで……」

テトの言葉に、コレットは小さく笑った。その笑い声は、テトの緊張を少しだけ和らげる。

「大丈夫ですよ、テトさん。最初はみんなそんなものです。大切なのは、これから何をしたいか、どんなシーカーになりたいか、です。どんな小さな依頼でも、一つ一つこなしていくことが、テトさんの経験になりますから」

その言葉に、テトは胸の奥に温かいものが広がるのを感じた。死が身近なこの世界で、こんなにも優しく、親身になってくれる人がいることに、テトは安堵した。

書類の記入を終えると、コレットはテトの前に一枚の金属製のプレートを差し出した。

「これが、テトさんのシーカーカードです。ギルドでの身分証明にもなりますし、依頼を達成した時の報酬の受け取りや、スキルの習得など、様々な場面で必要になります」

テトは、恐る恐るそのカードを受け取った。まだ見慣れない自分の名前が刻まれたカードは、ずっしりと重く、これから始まる過酷な日々への覚悟を迫るようだった。

「シーカーとしての登録は完了です。ですが、すぐにダンジョンへ行くのはおすすめできません。まずは、ギルド内での安全な場所で、基本的なルールやマナー、そして依頼の種類について学ぶことから始めましょう」

コレットは、テトをギルドの一角にある掲示板へと案内した。そこには、様々な種類の依頼が張り出されていた。魔物の討伐、素材の採取、護衛、探索、さらには、迷子のペット探しのようなものまで。

「最初は、簡単な採取依頼や、街の中での雑用などが良いでしょう。危険の少ない場所で、少しずつ経験を積んでいくんです。決して無理はしないでくださいね。この世界では、小さな油断が命取りになることもありますから」

コレットの言葉は、テトの心に強く響いた。彼女自身も、ギルドに入りたての頃の苦労をよく知っているからこそ、これほど親身になってくれるのだろう。

テトは、掲示板に張り出された依頼を眺めた。どれもこれもが、今の自分には縁遠いものに思えた。ダンジョンで生計を立てる、という夢は、あまりにも遠く、そして途方もない道のりのように感じられた。

しかし、コレットの優しい眼差しが、テトの背中をそっと押してくれた。

「何か、気になる依頼はありましたか?」

テトは、震える手で、一番下の方に貼られていた依頼を指差した。

「これ……街の清掃、ですか?」

コレットは、微笑んで頷いた。

「はい。これは、最も基本的な依頼の一つです。報酬は微々たるものですが、危険はほとんどありません。まずは、こういった依頼から始めて、ギルドでの実績を積んでいくのが良いでしょう」

テトは、この依頼を受けることにした。初めてのシーカーとしての仕事。それは、一攫千金とは程遠い、地味で、報われないような清掃の仕事だった。しかし、テトにとっては、この大都で生き抜くための、最初の一歩なのだ。

コレットは、テトが依頼を選んだことに安心したような表情を浮かべた。

「では、こちらの依頼をテトさんに斡旋しますね。報酬はギルドカードに直接振り込まれます。何か困ったことがあれば、いつでも私のところに来てください。私も、テトさんの小さな成長を、誰よりも早く見守っていますから」

その言葉が、テトの諦めかけていた心を奮い立たせた。右も左も分からない自分に、優しく寄り添い、アドバイスを与えてくれるコレット。彼女の存在が、テトが諦めずにシーカーを続ける原動力の一つとなるだろう。

テトは、清掃道具を受け取り、ギルドの裏口から街へと出た。見慣れない街並み、そして、これから始まる過酷な日々。不安は尽きない。しかし、テトの心には、コレットの温かい励ましが、確かに残っていた。

「よし……やるぞ!」

テトは、小さく呟き、清掃道具を握りしめた。彼の、そしてこの世界の物語は、今、始まったばかりだ。

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