動的な物語⑤ 動的な物語

 こうして、一部の物語を除いて、ほかの物語は消失してしまう。


 誰もが気軽に発信することができるようになるということは、必要な物語と出会いやすくなるわけではなく、むしろそれは、ネット上の感染する物語や、作家たちの提供する物語に満足できない場合、私たちは、自らの物語と繋がるような物語と出会うことが難しくなってしまうのだ。


 そして、残念ながらこのような状況はこれからも続き、ますます強化されていくだろうと予測される。


 それでは、こうした物語たちとは違う物語を必要とする“異端者たち”は、これは自分のことだと感じるような物語を、他者と繋がることなどできないのだろうか。


 私は、ある意味ではそうだと思う。


 それを既存の小説や、Web小説などに求めるのならば、現状、それは非常に難しくなっていると感じる。


 すでに長編小説や作家の時代ではないし、そのような本と出会うことや、そこから新しい物語が生まれるとは考えにくい。


 前述したように出版社は、インターネット上の発信者たちを“作家”としてデビューさせたように、新しいものを生むのではなく、取り込む側なのだ。


 そして、Web小説上の彼らの作品は、既存の作家システムでは生まれなかったものである。


 もちろん、こうした現状が変わる可能性もある。


 以前「初めてWebで小説を一か月載せてみての感想。紙の本とWebのメディア、それぞれの特性」で書いたように、将来、AIが発達して、誰かの書いた物語と、それを必要とする人を繋ぐことが可能になるかもしれない。


 だが、自分で書いておきながら思うが、それは楽観的な未来予想かもしれない。


 私たちに訪れる未来は、人はただAIに物語の素材を与えるだけで、実際の物語はAIが作り出し、人間はそれを享受するだけの存在になっている可能性もある。


 もし誰かの求めている物語がAIに完全にわかるのならば、AIにはそれが書けると思うし、誰かと誰かを繋ぐ必要などないからだ。


 また、AIは人間の吐き出す気持ちを学習し、いつしか我々を物語の膜で閉じ込めるかもしれない。


 だが、未来のことは私にはわからないし、ここで書くことでもない。


 私が言いたいのは、もはや物語は小説の形を取っていないのではないか、ということ。


 いや、それどころか、なにか決まった形ですらないのではないか、ということなのだ。


 それは、もちろん既存の本という形からでも、あるいは、SNS上のちょっとした言葉や、動画のコメント欄から生まれているのかもしれない。


 私たちは一つの物語、長編小説を失ったが、インターネット上に無数に散らばる物語の欠片を集めて、自らの物語に組み込んでいるのではないだろうか。


 私が思うのは、私たちは、すでにそうした行動を知らず知らずのうちにしているのではないかということだ。


 ここには、初めのページがあって終わりのページがあるような小説や、タイトルやタグ情報などで紐づけられたWeb小説のような決まった形は存在しない。


 私が動的な物語と呼ぶものは、このような物語のあり方のことだ。


 私たちはもはや、ある一部の物語以外は、決まった形として物語を消費しないし、生産もしない。いや、できない。


 私たちはそれを“物語”として認識できないが、だが依然としてそれは“物語”であり(誰かと繋がりながら)、形をもたずに


 こうしたあり方は、しかし、静的な物語環境においても存在していたはずだ。


 多くの作家たちは、既存の物語にインスピレーションを得て作品を書いていたはずである。

 そして彼らが生み出したものが、また新しい作家たちを生んでいたし、読者に影響を与えていた。


 だが、私があえて現在のあり方を動的、過去のあり方を静的と名付けたのは、――長編小説が成立しにくくなり、すでに物語が本などのような決まった形をもたないこともそうだが――情報があふれかえったいま、そのような物語を受け取り、発信するという一連のプロセスが、過去と比べて加速していることからでもある。


 そしてそのような環境で、「作家」や、あるいは流行の物語以外にも意味があるのではないだろうか。


 私たちはそれでも繋がることができるし、なにかを発すること、また、その小さな欠片から新しい物語を作ることもできるはずなのだ。


 


 

 


 


 



 

 

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