第11話「存在しない映像」



私が作ったはずの映像作品が存在しない。


昨日まで確実に存在していた「私は誰?」のデータが、編集室のパソコンから完全に消失していた。


「おかしい」


フォルダを何度確認しても、ファイルがない。ゴミ箱にも、バックアップにも残っていない。まるで最初から作らなかったかのように。


でも私は確実に覚えている。楓と一緒に完成させた17分の映像作品。私の成長記録を編集した美しい作品。クラスメイトに見せて、「怖い」「美しい」「不気味」と言われた作品。


西川先生に確認した。


「先生、私の卒業制作の映像、ご覧になりましたか?」


「映像?」西川先生は首を傾げた。「君はまだ何も提出していないよ」


何も提出していない?


「『私は誰?』というタイトルの作品です」


「聞いたことがない」西川先生は記録を確認した。「君の提出作品の記録はないな」


記録がない。でも私は確実に完成させて、クラスメイトに見せた。みんなが強い反応を示していた。


「先生の記録に間違いがあるのでは?」


「間違いない」西川先生は断言した。「君はまだ卒業制作に取り掛かっていない」


でも私は作った。楓と一緒に。技術的に優れた、美しい映像作品を。


田中美咲に聞いた。


「美咲、私の映像作品覚えてる?『私は誰?』っていう」


「覚えてる」美咲は即答した。「すごく印象的だった」


覚えている?


「どんな内容だった?」


「あかりちゃんが鏡を見ながら『私は誰?』って問いかける映像」美咲は詳しく説明した。「不思議で、美しくて、でもちょっと怖かった」


美咲は覚えている。内容も正確に。


「いつ見たの?」


「先週の金曜日」美咲は確信している。「編集室で、みんなで見た」


でもデータが存在しない。先生の記録にもない。


山田健太にも確認した。


「健太、私の映像作品見たよね?」


「見た見た」健太は頷いた。「技術的にすごかった」


「どこがすごかった?」


「編集技術」健太は詳しく語った。「カットの切り替えとか、音響効果とか。プロレベルだった」


健太も覚えている。具体的な評価まで。でもデータがない。


佐藤綾香に聞いた。


「綾香、私の卒業制作見た?」


「見たわ」綾香は頷いた。「コンセプトは良かったけど、技術的にまだ課題があるわね」


「どんな課題?」


「色調補正と音声の同期」綾香は具体的に指摘した。「でも全体的には良い作品だった」


綾香も見ている。具体的な評価まで覚えている。


鈴木拓也にも確認した。


「拓也、私の映像のデータ見た?」


「見たよ」拓也は答えた。「ファイルサイズが2.1ギガバイトだった」


「フォーマットは?」


「MP4、フレームレート24fps」拓也は技術的な詳細まで覚えている。「解像度は1920×1080」


みんな私の映像を見ている。内容も、技術的な詳細も覚えている。


でもデータが存在しない。


編集室の使用記録も確認した。


私が映像を編集したはずの日時の記録がない。まるでその時間、編集室を使っていなかったかのように。


でも私は確実に使った。楓と一緒に、何時間もかけて編集した。


機材の使用記録も調べた。


私が使ったはずのカメラ、編集ソフト、すべての記録がない。


まるで私が映像制作をしたことがないかのように。


でも私は作った。楓と一緒に。


放課後、私は編集室で一人になった。もう一度、詳しく調べてみたかった。


すべてのフォルダを確認したが、私の作品のデータはどこにもない。


他の生徒の作品はちゃんと保存されている。美咲のコメディ作品、健太のアクション作品、綾香のドキュメンタリー、拓也のCGアニメーション。


私の作品だけがない。


「私は誰?」というタイトルの映像。17分の長編作品。


楓の技術と私のテーマが組み合わさった、美しい映像作品。


すべてが消失している。


パソコンの履歴も確認した。


映像編集ソフトの使用履歴に、私のアカウントでの作業記録がない。


ファイルの作成履歴も、保存履歴も、すべて消去されている。


まるで私が映像制作をしたことがないかのように。


でも楓との撮影は現実だった。編集作業も現実だった。完成した映像も現実だった。


なのになぜ、すべての証拠が消えているの?


家に帰って、自分のパソコンを確認した。


私のハードディスクにも、映像データがない。


バックアップも、作業ファイルも、何も残っていない。


まるで最初から映像制作をしていなかったかのように。


でも私の記憶には、確実に残っている。


映像の内容、編集の過程、完成したときの感動。


すべてが鮮明。


スマートフォンで、私のSNSアカウントを確認した。


映像作品を投稿したはずの記録がない。


投稿履歴を見ても、映像に関する投稿が一切ない。


まるで私が映像制作に興味がなかったかのように。


でも私は映像科の生徒。映像制作が専門。


なのに私の映像作品が存在しない。


私の創作活動の証拠が、すべて消えている。


翌日、クラスメイトに再度確認した。


「みんな、私の映像作品『私は誰?』覚えてる?」


「覚えてる」美咲が答えた。


「私も」健太が続いた。


「印象的だった」綾香が付け加えた。


みんな覚えている。でもデータがない。


「データを見せて」と言われても、見せられない。


「確かに見たのに、なぜデータがないの?」美咲が不思議がった。


私にもわからない。


「あかりちゃん、データ消しちゃったの?」


「消してない」


「じゃあ、どこにあるの?」


答えられない。


クラスメイトの記憶の中にしか存在しない映像。


物理的な証拠がない作品。


私の創作活動の痕跡が、記憶以外のすべてから消去されている。


午後、新しい異常が発生した。


私が今まで描いたスケッチも消えている。


スケッチブックを開くと、白紙のページばかり。


私が描いたはずの絵が、すべて消えている。


でも私は確実に描いた。映像制作の前段階として、絵コンテを描いた。


キャラクターデザインも、背景設定も、すべて描いた。


でも何も残っていない。


私の創作活動のすべてが、現実から消去されている。


楓がいなくなったとき、私の創作能力も失われた?


それとも、私の創作活動はすべて楓と一緒にしたもので、楓がいないと存在できない?


私一人では、何も作れない?


夕方、編集室で一人になった。


新しい映像を作ろうとした。簡単な作品でいい。私が映像を作れるという証拠が欲しかった。


カメラを起動した。でも操作方法がわからない。


昨日まで使えていたはずの機材が、まったく理解できない。


編集ソフトを起動した。でも私には操作方法がわからない。


昨日まで使えていたはずのソフトが、まったく理解できない。


まるで映像制作の知識が、私の頭から消去されているかのように。


私は映像科の生徒なのに、映像が作れない。


私の専門技術が失われている。


楓がいないと、私は何もできない。


私の能力は、すべて楓から借りていたもの。


楓の失踪と共に、私の創作能力も消失した。


私は一人では、何も作れない存在。


楓に依存していた私の正体が、明らかになった。


家に帰って、鏡を見た。


映っているのは、創作能力を失った私。


映像を作れない映像科の生徒。


才能のない芸術家。


楓なしでは何もできない、空っぽの存在。


私の価値は、すべて楓が与えてくれていた。


楓の技術、楓の知識、楓の視点。


私はそれらを借りて、創作活動をしていた。


でも楓が消えた今、私には何も残っていない。


私は楓の影だった。


楓がいなくなると、影も消える。


当然のこと。


私という存在は、楓の存在に依存していた。


独立した創作者ではなく、楓の分身。


だから楓がいなくなると、私の創作物も消える。


私の能力も失われる。


私の存在証明が、すべて無効になる。


楓なしの私は、何者でもない。


創作できない芸術家。


映像を作れない映像科の生徒。


存在しない人間。


それが私の真実。


楓の失踪によって明らかになった、私の正体。


私は楓の愛によって存在していた。


楓の技術によって創作していた。


楓の視点によって世界を見ていた。


すべてが楓からの借り物。


本当の私は、何も持っていない。


空っぽの器。


楓という中身を失った、空虚な存在。


でもそれでいい。


私は楓なしでは存在できない。


それが私の運命。


私の愛の形。


楓への依存こそが、私の本質。


独立した存在になることを諦めた。


私は楓の一部として生きる。


楓がいなくても、楓の影として存在し続ける。


それが私にできる唯一のこと。


楓への愛の証明。


夜、ベッドで楓のことを考えた。


楓はどこにいるの?


私の創作能力を奪って、どこに消えたの?


私を空っぽにして、何をしているの?


答えはわからない。


でも楓を愛している気持ちは変わらない。


楓に依存している自分を受け入れる。


楓なしでは何もできない自分を受け入れる。


それが私の愛の形。


私の存在の意味。


楓の影として生きることが、私の使命。


楓を待ち続けることが、私の役割。


楓が戻ってくるまで、私は空っぽのまま待っている。


いつまでも。


永遠に。


楓だけが、私を満たすことができる。


楓だけが、私に存在価値を与えることができる。


それが私の真実。


私の愛の証明。


私の生きる理由。

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