第34話

01-03-09


「キャンピングカーを魔道具化したら日本でも便利な移動式住居じゃね?」


 二月に入ろうかというある日、兵頭一家四人で夕食を摂っていると群治が唐突にそんなことを言った。


「そういうのはニーちゃんが居る時の方が建設的な話になるんじゃない?」


 玻璃緒はりお玄允くろまさも特に何を言うつもりもないようなので、まきが群治の相手をすることにした。


「群治君、物理的に説明できない有様になっていたら、車検通せないと思うよ」


 玄允くろまさはただたんに口の中に物が入っていたのですぐ反応出来ないだけだった。


「ちなみに、キャンピングトレーラーも公道を走る物だから車検が要るわ」


 まき玄允くろまさというクッションを挟んだので玻璃緒はりおも会話に参加した。

 まきはすぐに群治の相手をしなかった両親のそれぞれの理由を察して玻璃緒はりおにジトっとした視線を向けたが、玻璃緒はりおはどこ吹く風と気にしていない。

 玻璃緒はりおがキャンピングトレーラーに車検が必要だと知っているのは、家族でキャンプしたいねと玄允くろまさと二人で購入を検討したことがあったためだ。


「キャンピング系はだめか。ってか車系がダメなんだな。じゃあやっぱり群治ハウス五フィートコンテナ二号作る? まきハウス?」


「母音違うけどイントネーションが危なくない?」


 まきはハウスはさて置きネーミングの危険性を訴える。


「でも玄允くろまさハウスはもうあるじゃん。玻璃緒はりおハウスは……玄允くろまさハウスは玻璃緒はりおハウスじゃん」


 兵頭宅は玄允くろまさハウスで玻璃緒はりおハウスだという群治なりの理由があってまきハウスの名前を推したかった。


「いやあ、まずは群治ハウス五フィートコンテナ二号を作るかどうかじゃないかな」


「いや、今更だけどあった方がいいよ。ケースもセットなら邪魔にはならないんだし、いざという時の備えは必須だよ。備蓄食料も俺が持ってるやつと同じように補充できるようにして、魔石も……あ、自給型でミリメシセット補充したらどうなるんだろ」


 群治ハウス五フィートコンテナ二号は群治の中では確定しており、反対する理由が何一つないとあって玄允くろまさも苦笑はしても受け入れる構えだ。

 玻璃緒はりおは群治の意見に積極的賛成であり、今までは魔石を集める群治の負担を考え提案できなかったが、最近は群治も魔石を持て余し気味とあって食事をしつつ頭の中では必要なものをリストアップしている。

 まきまきハウスの名前さえ別物にしてくれれば反対する理由もない。AとIの母音が問題なのだ。


 夕食を終えた兵頭家の四人はそのまま食卓を囲んであれこれと非常時の備えに関して話し合っていた。

 食卓上に紙が広げられ、群治によってまず真っ先に「衣食住」と「三大欲求」の二つが書き込まれている。


 「住」の漢字から伸びた線の先に「群治ハウス五フィートコンテナ二号」、「三大欲求」から伸びた線の先に「性欲」と書かれて更に線が伸び「[性欲転換;体力]の魔道具」へと繋げられた。


「ぐーちゃん、大事だけどそこからなの?」


 玄允くろまさ玻璃緒はりおが何を言ったものか悩んでいるのでまきが頑張って群治の真意を問う。


「いや、群治ハウス五フィートコンテナ二号はもう決まってるし、性欲は他にどうしようもないしこれでよくない?」


「確かに他にどうしようもないかなあ……」


「うん。群治君の言う通りだね……」


「群治――はともかく、まきもそろそろ年頃だし、我慢しろで済むだけの話でもないわねえ……」


 誰も言及していないが、仁兵衛と紫子ゆかりこの夫婦擬きも一緒に群治ハウス五フィートコンテナ二号に避難するとなるとより大きな問題となりうる。その性欲関係を魔道具一つで解決できるならそれに越したことはない。加えて、一時的に邪魔になる欲求を体力という重要なリソースに転換できるなら拒否する余地はない。


「じゃ、次で」


 三大欲求と称されるほど重要な一つを真っ先に切り捨てた群治の感性に玄允くろまさ玻璃緒はりおまきもちょっとだけ不安になりつつ頷きを返し、それぞれが必要だと思うものを紙に書き込んでいく。


「んー……やっぱ俺が実際に使って使い勝手がわかってて問題も特にない物を優先するのが良いんかなー。魔石さえあればBB弾をアホほど作ってそれで[複製]すれば良いんだし、既にある物はそうすっか」


 非常時に一家そろって迷彩服姿はちょっと人目を引きそうだが、利便性には代えられない。玄允くろまさ玻璃緒はりおもちょっとばかし苦い顔で頷いた。群治が毎日そんな恰好で見慣れたまきは素直にうなずき、両親の顔を見て自分の感性が毒されていることに驚愕した。


「あ、パンツは流石に使いまわすのアレだし、三人分を一回魔道具化しよう」


「それは譲れないわ」


 群治が言わなければ自分で言っていた玻璃緒が力強く賛同する。


「[複製]すんのは服とミリメシセットと群治ハウス五フィートコンテナ二号とケースと個室用ロッカーと……ダッフルバッグも全員分あった方が良いよなー」


 「衣食住」と「三大欲求」から伸びた線を追っていった群治の指が「睡眠欲」で止まる。


「ベッドとかはどうする? 新しく買うんでも、それぞれのを[複製]するのでも良いんじゃね」


「自分のをそれぞれコピーしてもらいましょうか」


「そうだね」


「うん」


 群治の提案を受けた三人が視線で相談し、特に誰も意見はないので玻璃緒はりおがまとめた。


「おっけー。……あとはニーちゃんに相談してアウトドアグッズでも一通りそろえれば良いか」


「あ、ねえ群治」


「ん?」


「保存食を増やすんじゃなくて、生鮮食品を長期保存してそれを増やしたり……できないかしら?」


「できると思うよ? ミリメシセットとは別にそういうのも用意しておく? でかい自給型作ってそれから魔力を調達するようにすれば……あ、これ日常的に使えば食費がめっちゃ浮くんじゃね」


「うーん……でも[複製]なんでしょう? 結局は同じものだから、いざという時だけの方が良いと思うわ」


「おっけー」


 群治は玻璃緒はりおの要望にゆるく了承を返し、具体的にどういう外見でどういう魔法を付与したりどういう仕様書で魔道具化するかの案を、食卓上に広げた紙の自分に近いところへ書き込む。


「うーん……流石に護身用って言っても魔動ガンはどうするかな。アレ、人を撃ってどうなるかわかんないんだよな」


「群治君、やめておこう。防犯用のさすまたくらいにしておこう」


「そうね。あからさまな武器を持つのは良くないわ」


「ぐーちゃん、銃の見た目ってだけでエアガンですらダメだと思うよ」


「それもそうか。じゃ、個室用ロッカーとか密閉容器とかは明日にでも用意するから、とりあえずはそれで各々が備えてみるってことで」


「お願いするね群治君」


「よろしくね群治」


「ぐーちゃんよろしくね」


「どーんと任せときんさい」


 翌日、玄允くろまさ玻璃緒はりおまきは、群治の言っていた個室用ロッカーが最初に群治とともにB世界いせかいへ渡った携行用の比較的内部を拡張されていない方ではなく、内寸が高さ三メートル・幅二メートル半・奥行き五メートルまで拡張されたものだったことを知った。

 三人は普段生活している家の私室や寝室よりもに広い緊急時用住居に、ちょっと言葉にし難い感情を抱くことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る