第8話
01-01-07
二十四時間表記のデジタル式カラビナウォッチで時間の経過は把握できるが、木々の枝の隙間からずっと陽の光がこぼれており昼夜の感覚が消え失せた鬱蒼とした森の中は、群治からあっという間に日付感覚を奪い去っていた。
森の中を歩き、モンスターと遭遇し、
群治は森の中を歩くだけでは全く疲れず、同時に疲労はなくとも動いている証なのか四時間に一回しっかり食事をしても食べ過ぎで腹がパンパンになることもない。食事の回数は多いものの、水分補給を目的にミリメシセットを補充する回数が多いためむしろ食料は余り気味だ。チェストリグのポーチから溢れ出したミリメシセットでロッカーの中が埋め尽くされるなんて事態が起こる前に、安全な飲用水をどうにか安定して調達する手段をひねり出さなければならない。
森の中を歩く群治のルーティンに変化がないかというとそんなことはなく、歩く気絶休憩が十分サイクルのつもりだったのに徐々にカラビナウォッチで確認するタイミングにズレが生じ始めた。
群治はどのタイミングでズレているか大雑把にでも把握しようと思い、歩いている間も小刻みに時間を確認したり、モンスターに
すると気絶の時間が短縮されているようで、十分歩いて五分気絶して十分休憩の二十五分サイクルになり、十分歩いて三分気絶して十分休憩の二十三分サイクルになり、十分歩いて一分気絶して十分休憩の二十一分サイクルになり、とうとう群治は気絶しなくなった。
群治はモンスターを撃退しても気絶しなくなったが、モンスターを撃退して少し経つとお腹がいっぱいのような、胸がいっぱいのような、便秘のような、なんとも言えない膨満感のような感覚に襲われるようになった。もしかすると、これがひどすぎて気絶していたのかもしれない。満腹を通り越して窒息死するまで食事を口にねじ込む殺人事件がある映画のワンシーンが脳裏を過った群治は、かぶりを振って自分がそんなことになるイメージを振り払った。
幸いなのか、よくわからない膨満感のような感覚は五分も座っていれば収まり、逆になんだかお腹が空いたような感覚になる。ミリメシクッキーセットの消費がちょっと増えたくらいでしかないので群治は気にしていない。
他に大きな変化の一つとして、モンスターと接近しても気分が悪くなることはなくなり、モンスターに由来する黒い油虫やクソやションベンや人肉のスムージーを無理矢理口に流し込まれる気分と悍ましいほどの吐き気も軽減されていき、群治は接敵しても淡々と処理するかの如く撃退するようになっていた。
群治は今では悍ましいほどの吐き気がなくなったことでモンスターには冷静に対処できるようになった。気絶に伴っていたらしき記憶障害もなくなったことでモンスターの外見を観察し記憶していられるようになった。
群治がぼんやりと人型のなにかだと認識していたモンスターは、昨今の人型モンスター代表たる妖精のゴブリンとは別物と化したゴブリンというよりも、日本画で描かれていた餓鬼のような外見に近かった。
その人型モンスターの外見的特徴はというと、身長は群治よりも頭一つ低いので百四十~百五十センチメートルほどと思われる。
体色はドブに晒したような不快感を覚える灰色。
骨と皮しかないような手足は長く、手足の指の数は個体差があり三本~七本ほどで、指先の爪は犬のそれと似ている。
肩や胸元は骨が浮き出ているのに対して異様に膨らんだ腹。
頭髪は元の色が分からないほど汚れ、長いが疎ら。
眼窩が落ちくぼみ濁った黄色の眼球に淀んだ赤色の瞳、耳と鼻と唇がなく、指ほどもある異様に長い尖った歯がでたらめな方向に生えている。
モンスターに由来する黒い油虫やクソやションベンや人肉のスムージーを無理矢理口に流し込まれる気分と悍ましいほどの吐き気はなくなったが、群治の受けた印象では足の多い虫の腹側を見たときのような気持ち悪さがある。群治は虫が苦手というよりも足の多い虫がひっくり返った時の様子が苦手だった。
群治がもう一つ大きな変化を挙げるなら、気合を入れてハッとやると手から衝撃波を出せるようになったことだ。異世界だしできないかなと思った群治が試したらできた。今のところ手で煽いだようなふわっとした何かの流れを感じる程度でも、その内パンチくらいには強くなるはずだと、群治は掌から出るそれを衝撃波と定義した。
モンスターを撃退する度に気絶していたのはそういうのができるように体が順応するためだったのではないかと群治は予想している。
そういう超能力とか気功術とか魔法とでも呼べそうな一種なのか、モンスターとの距離が近いとなんとなく居ることが分かる。更に近づけば正確な方向も把握できる。身の安全に直結しているこの魔法的な力は、群治も重宝している。
もしかしたら、いつまでもバッテリーが切れない電動ガンや着弾と同時に弾けて消えるBB弾には最初からこういった魔法的な力が宿っていて、その力でモンスターを撃退できていたのではないかと群治が気づくと、それが正しいと言わんばかりにモンスターを撃退するのに必要な弾数が減った。
群治が気合を入れて掌からパワーを注入しようと意識すれば、
確かに睡眠時は無防備でモンスターや一度しか遭遇していないとはいえ他にもいる可能性のある異世界版鹿に殺される危険もあるが、どうやら迷彩服には魔法的な迷彩効果があるらしく、じっとしてモンスターの気配に反発しないよう心掛けると目の前にいるモンスターにすら気づかれないと判明している。もしかしたら迷彩服にもそれっぽい魔法的な力があるんじゃないかと思い至った群治がリスクを冒した価値はあった。
この魔法的な迷彩効果があったが故に頻繁に気絶していた群治は無事だったのだろう。そして気絶している間に魔法的な迷彩効果が発揮されるなら、きっと眠っている間も発揮される。ダメだったら目覚めないだけだと群治は割り切った。
大きな変化ではないが、ミリメシセットとは関係のない保存水のペットボトルも魔法的な力を有していると群治は把握している。
森を歩いている間になんどか小川や泉を見つけていた群治は、ふと、ブーツの泥を落とすくらいには使えるだろうと水を汲んだ。その時汲んだ水はよくわからない何かで濁っていた。
その後、実際に泥を落とそうと群治がペットボトルを取り出したところ、何本かに一本は汲んだ時に濁っていたはずの水が市販の飲料用水くらいにきれいになっていた。
中身が綺麗になっていたペットボトルが六本だったことから、ミリメシセットとは関係のない五百ミリリットル六本セット保存水のペットボトルが魔法的な力を有していると雑に仮定し、加えて魔法的な浄水だとあたりを付けた。試しに水か泥か分からないような水を入れておくとこれも綺麗な水になったので、群治は雑な仮定と予想はどちらも合っているとみなした。
ペットボトルに魔法的な浄水機能があるとはいえ、外見だけなら飲めそうな水であろうと流石に飲むのは怖いので群治は飲用を保留している。
万が一にもチェストリグのポーチに収まりきらなくなったミリメシセットでロッカーが埋め尽くされたら、群治は安全かわからない水を飲むかご飯を捨てるかの二つを天秤にかけるつもりだ。
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