第19話 限界だと思うのは、自分の心だ

 梅雨の終わり、灰色の雲の向こうに微かな光が差し込む放課後。

 中学三年の翔太は、体育館の片隅でバスケットボールを強く握りしめていた。

 「もう、無理かもしれない……」

 最後の県大会まであと一ヶ月。

 去年の自分なら、主力メンバーとして出場できると信じて疑わなかった。

 けれど今、翔太は補欠メンバーに回されていた。


 原因は、膝の故障だった。

 春の試合で無理をし、しばらく練習から外れることになった。

 リハビリを続けて戻ってきても、チームのレベルはすっかり上がっていた。

 思うように体は動かず、簡単なレイアップもミスを繰り返す。

 「翔太、また外してるよ!」

 後輩の声に苛立ち、自分に失望した。

 「俺にはもう無理なんだ」

 そう何度もつぶやいた。


 家に帰ると、夕飯の食卓で母が心配そうに覗き込んだ。

 「翔太、無理しなくてもいいんだよ。辛いなら……」

 「もう大丈夫、今日は疲れただけ」

 強がる自分が、ますます情けなく思えた。


 そんなある夜、父が「これ、見てみなよ」とテレビをつけた。

 画面には、イチロー選手のドキュメンタリーが映っていた。

 怪我やスランプのたびに努力を重ね、限界を自分で決めずに挑み続けた日々――

 インタビューでイチローが言う。

 「限界だと思うのは、自分の心だ」

 父は静かに言った。「翔太、お前がどこで“限界”だって決めてるのか、一度自分に問いかけてみなさい」


 眠れぬ夜、翔太は布団の中で考え続けた。

 膝の痛み、チームの焦り、過去の自分とのギャップ――

 けれど、一番翔太の心を縛っていたのは、「もう無理だ」と決めつけている“自分の心”だった。


 翌朝、翔太は体育館に一番乗りした。

 膝に不安は残る。でも、今できることをやろうと決めた。

 ゆっくりランニングから始め、何十回もレイアップを繰り返す。

 ボールがリングに弾かれるたび、悔しさに歯を食いしばった。

 「俺はまだ終わってない」

 練習後、キャプテンが声をかけてきた。

 「翔太、最近本気だな」

 「うん、できるところまでやってみたいんだ」

 「頼りにしてるぞ。最後まで一緒に戦おう」


 その日から、翔太は毎日自分と向き合った。

 できないこと、思い通りにならない現実を一つずつ受け入れ、少しずつでも前に進む努力を続けた。

 家では母がストレッチを手伝い、父は夜遅くまでリハビリに付き合ってくれた。

 誰よりも、自分が自分を応援しなければ、夢の続きは見られないと気づいた。


 迎えた最後の県大会。

 翔太はベンチスタートだったが、後半、チームが追い込まれるとコートに呼ばれた。

 「俺にできることを全部やろう」

 コートに立った翔太は、全身でチームメイトの声援を受け止めた。

 膝は完璧じゃなかった。でも、仲間と目を合わせて走り、リバウンドに飛び込み、最後の瞬間にパスをつなげた。


 試合終了のブザーが鳴る。

 チームは惜しくも負けた。

 でも、翔太の中には、不思議な充実感が残った。

 「限界を決めていたのは、やっぱり自分の心だったんだ」

 ベンチで涙を拭く仲間に、「ありがとう」と伝えた。


 大会後、翔太は日記にこう書いた。

 「もう無理、と思ったところからが本当の勝負だった。

 自分の心の中の壁を越えたとき、新しい景色が見える――

 限界だと思うのは、自分の心だ。」


 その言葉を胸に、翔太はまた新しい夢に向かって歩き出した。


【コラム】偉人と名言

イチロー

「限界だと思うのは、自分の心だ」


イチローは、世界最高峰のメジャーリーグでも数々の記録を打ち立て、野球人生を通じて「自分の限界」を問い続けてきた選手です。

多くの怪我や不調、環境の変化にも屈せず、毎日小さな努力を積み重ねることで、信じられない記録と成長を手にしました。


この言葉には、「本当の限界は、自分自身が心の中で作るもの。

決してあきらめなければ、必ず新しい自分に出会える」という強いメッセージが込められています。


失敗や苦しみで「もう無理」と思ったとき、

もう一歩だけ前に進んでみてください。

あなたの中の“限界”が少しずつ広がり、未来はきっと変わっていきます。


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