第6話 天は人の上に人を造らず
大きな桜の木の下、少年・大地はひとり教科書を広げていた。
新学期が始まったばかりの春――彼の通う町の中学校には、遠く山あいの集落から通う生徒も多かった。
大地の家は農家で、両親は毎日朝早くから畑へ出かけ、弟や妹の世話は大地が担う。
勉強は好きだったが、日々の暮らしの忙しさに流され、家ではなかなか教科書を開くことができなかった。
クラスには、都会から転校してきた瑞希がいた。
瑞希はいつも清潔な制服に、たくさんの参考書を持ち、休み時間もノートを開いている。
「大地くんは部活も家の手伝いもあって、偉いね」と声をかけてくれるが、大地は少し居心地が悪かった。
“どうせ自分には、勉強でかなうはずがない”
心のどこかで、そう決めつけていた。
ある日、学年主任の先生が、朝礼で『学問のすすめ』の一節を読み上げた。
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」
その言葉が、教室に静かに響いた。
「誰にでも、学ぶ権利がある。身分や家柄に関係なく、努力すれば誰もが自分の未来を切り開ける。諭吉先生はそう言っています」
先生の声は、どこか大地の胸を打った。
その日から、大地は少しずつ変わり始めた。
家の手伝いが終わった夜、眠い目をこすりながら机に向かうようになった。
瑞希が図書室で勉強しているのを見かけると、「一緒に勉強しよう」と声をかけてみた。
最初は教科書の内容も頭に入らなかったが、瑞希は分からないところを丁寧に教えてくれた。
「大地くん、本当に頑張ってるね。私も、最初は転校してきて不安だったけど、大地くんと話せてよかった」
ふと瑞希がそう言った時、大地は自分が“誰かの役に立てる”ことが嬉しかった。
やがて定期試験の日がやってきた。
瑞希のようにすらすら解けるわけではない。けれど、自分なりに力を尽くした。
結果は、クラスの中ほど――けっして上位ではなかったが、これまでで一番の手応えを感じていた。
家に帰ると、母が大地の肩をそっとたたいた。
「よく頑張ったね。勉強だけが全てじゃない。でも、自分でやると決めたことをやり遂げることは、とても大事なことだよ」
大地は夜の畑道を歩きながら、星空を見上げた。
「生まれた場所や家柄で、自分の価値は決まらない。努力すれば、誰だって未来を変えられる」
先生が朝礼で語った諭吉の言葉が、胸の奥で何度も響いた。
その後も大地は、家の仕事も勉強も、どちらも大切にしながら、自分のペースで前に進み続けた。
次第にクラスでも新しい友達が増え、分からないところはお互いに教え合う雰囲気が広がっていった。
卒業式の日。
大地は胸を張って、桜の木の下で家族と写真を撮った。
どんなに小さな一歩でも、自分の意志で歩み続けることが、何より大切なのだと、今ならはっきりと言える気がした。
【コラム】偉人と名言
福沢諭吉
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」
日本近代化の父といわれる福沢諭吉は、江戸時代から明治へと時代が変わる中で、「すべての人間は平等であり、学び努力することで未来を切り拓ける」と強く説きました。
『学問のすすめ』の冒頭で語られる「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という言葉には、
生まれや身分によらず、すべての人に学ぶ権利と可能性があるという願いが込められています。
自分にはできない、と決めつけてしまう前に、一歩踏み出してみること――
諭吉の言葉は、どんな時代を生きる私たちにも、「自分の努力が未来を変える」と勇気を与えてくれます。
あなたもどうか、“自分だけの未来”を切り拓いてください。
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