第一章「塩の祠」①

 わたしが自治体職員を行なっていた際に発生した忌まわしい事件を語る事にする。


 早速だが、わたしがこの話をする理由はただ一つだ。

……死者が出た。

それも、何の前触れもなく、まるで何かに引きずられるように死んでいった。

 あれがただの老衰や熱中症だと、誰が言える?

医者がなんと言おうと、わたしは見たんだ。最後の顔を。


 干からびたような唇や眼窩のくぼみ。あれは、人が生きていながらにして、渇きで“内側から死んでいく”顔だった。


……すまん、取り乱したな。

 改めて話そう。これは東京県外のはずれ、いまでは地図からも消えた集落「西ヶ入(にしがいり)」で起きたことだ。

わたしは昭和の終わりから平成初期にかけて、市の役人としてその地区の管理を任されていた。

実名を伏せ、ここではSと名乗る事にする。


 当時の西ヶ入は、すでに限界集落と呼ばれる状態で、住人のほとんどが高齢者。

20世帯ほどが点在して暮らしていた。郵便も週に3回しか届かないような場所で、山の影に隠れ、朝は遅く夜は早い。

どこか時間が止まったような土地だったよ。


 だがその村に、絶対に手を触れてはならないものがあった。


“塩の祠(しおのほこら)”──そう呼ばれていた。



 その祠は村のはずれ、獣道のような小道を30分ほど分け入った先にあった。

朽ちた木でできた小さな社で、周囲には大量の岩塩が山のように積まれていた。

誰が置いたのか、何のためか、村人たちは決して語らなかった。

 わたしが若い頃、地域の再開発調査で訪れたとき、年寄りに聞いたんだ。


「この祠は何の神様なんですか?」


すると一人の老婆がこう言ったのを覚えている。


「あれは神様じゃねぇよ。……“神にしてもらえなかった何か”だ。」


 妙に引っかかる言い回しだった。

しかもそのあと、老婆は塩を一掴み、わたしの足元に撒いたんだ。

「余計なことを聞いたから、あんたにもつく。今、払っとく」とな。


 あれが“最初の警告”だったんだろう。

だが、当時のわたしはそれを笑い話程度にしか受け取らなかった。


まさか……10年後に、あんなことになるとは。



そのときの出来事を、これから語っていく。

それはちょうど、村の“塩の祠”を市の指示で取り壊すよう命じられた、平成14年の夏のことだった──

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