贄の輪廻

永守

第1話:君を救えなかった朝に

 踏切の警報が鳴り響いていた。赤い点滅。警笛。地面の震え。

 人々は騒然としながらも、線路から数歩退き、スマートフォンを構えている。


 その真ん中に、彼女は立っていた。小さな背中を震わせ、涙を流しながら、線路の上で立ち尽くしていた。


 妹──ヒナ。


 俺は叫んだ。「ヒナ、戻れ!」

 足が勝手に動いていた。思考が追いつかない。心臓の鼓動と血の熱だけが身体を突き動かしていた。


 そして次の瞬間、俺は彼女を突き飛ばした。


 冷たい鉄と、焼けつくような衝撃。

 身体が浮き、砕け、世界が反転する。

 音も色も消えて、ただ、一つの言葉だけが脳裏に焼き付いた。

 

 ──お前は、世界を救いたいか?

 

 

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 目を覚ました瞬間、全身が砂に埋もれていた。


 息が苦しい。空気は乾いていて、鼻に砂が入る。思わず咳き込む。

 上体を起こすと、見知らぬ青空があった。どこまでも広がる、大地と荒野。

 近くでは、小さな羊のような動物がのんびりと草を食んでいる。


 ……なんだ、ここは?


 服装も変わっていた。重たい外套、ブーツ、革のベルト。ポーチの中には水筒とパンのようなもの。

 背中には剣が一本。──本物の剣だった。振れば風を切る音がする。


「まさか……異世界転生ってやつか?」


 俺は苦笑しながら、口の中に苦味を感じた。

 妹を……俺は助けられたのか?

 

 その瞬間、脳裏に焼き付いた“声”が響いた。

 

 ──お前は、“世界修復因子”である。

 ──この世界の修復を目的として選ばれ、投入された。

 ──任務失敗時、記憶保持状態で初期位置に巻き戻される。

 ──固有スキル【輪廻回帰】、発動条件:死亡時。

 

「……は?」


 思わず声に出た。何だ、今の。


 まるでゲームのチュートリアルみたいな説明だったが、頭の奥に“確かに刻まれている”と感じる。

 輪廻回帰──死んだら巻き戻る?


 その瞬間、砂漠の向こうから煙が上がった。何かが燃えている。悲鳴が……人の悲鳴が聞こえる。


「……どうする、俺」


 だが、答えは決まっていた。

 

「妹を守れなかった俺が……今度こそ、誰かを救ってみせる」

 

 

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 焼かれていたのは、小さな村だった。

 数十人ほどの集落が、黒い影のような魔物に襲われ、抵抗もむなしく蹂躙されていた。


「助けて……!誰か……!」


 女の子が泣き叫んでいた。あの日のヒナの姿が脳裏をよぎる。

 迷う理由などなかった。


「おい、こっちだ!」


 叫びながら魔物の前に飛び出し、剣を抜いた。経験などない。だが、身体が勝手に動く。

 “訓練済”のように剣を振り、魔物の首を斬り飛ばしていた。

 

 誰かの悲鳴。魔物の咆哮。火の匂い。

 だが、気づけば数体の魔物を退け、少女を背負って逃げ出していた。


「だ、大丈夫……?」


 少女は頷いた。震える手で俺の服を掴み、消えそうな声で言った。


「ありがとう……おにいちゃん……」

 

 

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 村の裏手の森で、俺は意識を失いかけていた。


 初めての戦い。緊張がほどけた今、全身がガタガタと震えていた。

 そのとき、馬に乗った銀髪の女性が森に現れた。甲冑を身にまとい、長剣を携えている。


「あなた……一人で村を救ったのですか?」


「いや、救えたってほどじゃ……」


 その人──フィアと名乗った女性は、俺を抱き起こし、水をくれた。

 その笑顔は、疲れ切った俺にとって、神のように見えた。

 

「あなたのような人が、もっとこの世界にいてくれたら……きっと未来は変えられます」

 

 彼女の言葉に、俺は微笑みを返した。


「じゃあ、俺がやるよ。変えてみせる、この世界を」


 あの日、妹を救えなかった俺が。

 今度こそ、誰かを救えるように。

 

 

 ──だが、その“決意”こそが、世界にとって最も残酷な毒だったことに、

 このときの俺はまだ知らなかった。


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