贄の輪廻
永守
第1話:君を救えなかった朝に
踏切の警報が鳴り響いていた。赤い点滅。警笛。地面の震え。
人々は騒然としながらも、線路から数歩退き、スマートフォンを構えている。
その真ん中に、彼女は立っていた。小さな背中を震わせ、涙を流しながら、線路の上で立ち尽くしていた。
妹──ヒナ。
俺は叫んだ。「ヒナ、戻れ!」
足が勝手に動いていた。思考が追いつかない。心臓の鼓動と血の熱だけが身体を突き動かしていた。
そして次の瞬間、俺は彼女を突き飛ばした。
冷たい鉄と、焼けつくような衝撃。
身体が浮き、砕け、世界が反転する。
音も色も消えて、ただ、一つの言葉だけが脳裏に焼き付いた。
──お前は、世界を救いたいか?
________________________________________
目を覚ました瞬間、全身が砂に埋もれていた。
息が苦しい。空気は乾いていて、鼻に砂が入る。思わず咳き込む。
上体を起こすと、見知らぬ青空があった。どこまでも広がる、大地と荒野。
近くでは、小さな羊のような動物がのんびりと草を食んでいる。
……なんだ、ここは?
服装も変わっていた。重たい外套、ブーツ、革のベルト。ポーチの中には水筒とパンのようなもの。
背中には剣が一本。──本物の剣だった。振れば風を切る音がする。
「まさか……異世界転生ってやつか?」
俺は苦笑しながら、口の中に苦味を感じた。
妹を……俺は助けられたのか?
その瞬間、脳裏に焼き付いた“声”が響いた。
──お前は、“世界修復因子”である。
──この世界の修復を目的として選ばれ、投入された。
──任務失敗時、記憶保持状態で初期位置に巻き戻される。
──固有スキル【輪廻回帰】、発動条件:死亡時。
「……は?」
思わず声に出た。何だ、今の。
まるでゲームのチュートリアルみたいな説明だったが、頭の奥に“確かに刻まれている”と感じる。
輪廻回帰──死んだら巻き戻る?
その瞬間、砂漠の向こうから煙が上がった。何かが燃えている。悲鳴が……人の悲鳴が聞こえる。
「……どうする、俺」
だが、答えは決まっていた。
「妹を守れなかった俺が……今度こそ、誰かを救ってみせる」
________________________________________
焼かれていたのは、小さな村だった。
数十人ほどの集落が、黒い影のような魔物に襲われ、抵抗もむなしく蹂躙されていた。
「助けて……!誰か……!」
女の子が泣き叫んでいた。あの日のヒナの姿が脳裏をよぎる。
迷う理由などなかった。
「おい、こっちだ!」
叫びながら魔物の前に飛び出し、剣を抜いた。経験などない。だが、身体が勝手に動く。
“訓練済”のように剣を振り、魔物の首を斬り飛ばしていた。
誰かの悲鳴。魔物の咆哮。火の匂い。
だが、気づけば数体の魔物を退け、少女を背負って逃げ出していた。
「だ、大丈夫……?」
少女は頷いた。震える手で俺の服を掴み、消えそうな声で言った。
「ありがとう……おにいちゃん……」
________________________________________
村の裏手の森で、俺は意識を失いかけていた。
初めての戦い。緊張がほどけた今、全身がガタガタと震えていた。
そのとき、馬に乗った銀髪の女性が森に現れた。甲冑を身にまとい、長剣を携えている。
「あなた……一人で村を救ったのですか?」
「いや、救えたってほどじゃ……」
その人──フィアと名乗った女性は、俺を抱き起こし、水をくれた。
その笑顔は、疲れ切った俺にとって、神のように見えた。
「あなたのような人が、もっとこの世界にいてくれたら……きっと未来は変えられます」
彼女の言葉に、俺は微笑みを返した。
「じゃあ、俺がやるよ。変えてみせる、この世界を」
あの日、妹を救えなかった俺が。
今度こそ、誰かを救えるように。
──だが、その“決意”こそが、世界にとって最も残酷な毒だったことに、
このときの俺はまだ知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます