委員長リコール 終

「フランス革命は……勿論知ってるよね。でも、中学校じゃそこまで詳しくは説明されていなかったし、中学生程度じゃあ、横暴を働いた王政を打倒して、少しの共和制をへてのナポレオンの台頭。中学生の知識なんてこんな程度ですし、こんな程度で良いんですけど、やっぱり詳しく調べてみれば見方も変わってくる。この革命が、僕は嫌い。だって、美談として語られがちだけど、結局は血を流して、盗って盗られてを繰り返しただけの革命。そんなのが持て囃されてるのが僕は違和感を覚えるんだ」

「でも、フランス革命で実際に絶対王政は終焉したわけじゃない。結果的に見れば、良いことなんじゃないの?」


 確かにその一点においては僕も賞賛に値する。言ってみればこの学校で、教師を打倒し生徒中心の学校に作り直したような、行動なのだ。

 この絶対王政の崩壊は、第三身分にとっては酷く好まれ、受け入れられた。そこまでは確かに良かったのだ。

 だが、ある偉人が言う。権力は腐敗すると。


「それもそうなんだけれど、やっぱりその後の行動と結末が美談にするにはあまりにも悲劇的で、激情的で、なんて言うんだろ……人間の貪欲さと残虐性が全面に出てる醜悪な歴史かな」

「言い過ぎじゃない?」

「それがそうとも限らないんだよ。絶対王政の後の共和制における指導者、ロベスピエールは民衆の政治、民衆の人権、民衆の自由を求めて絶対王政を打倒した。でも彼は結局絶対王政と何ら変わりのない恐怖政治をし始めて、最終的には失脚。その後も立憲王国が誕生したと思ったら、すぐ皇帝ナポレオンが台頭した。それも民衆によって皇帝が誕生したんだ。自ら、彼らは絶対王政時代に回帰したんだよ。その後もフランスは帝政から王政に戻って、クーデターで別の国王を擁立したと思えば再び革命を起こして、その国王を引きずりおろした挙句、また帝政が返り咲く。まあ今は共和制の通り、その後に晴れて共和制になったけれど、その間大体80年間、この国は彷徨い続けていた。そしてその都度血は流れ、民は苦しみ、僕らはそれを美談として扱う。それが僕は嫌なんだよ。革命は重要だし、それが無ければ絶対王政は続いていただろう。だけれど、だからと言ってこの革命が民衆のための行為であり、その全てがフランスという国家のためだったという風潮は、あまりにも錯誤塗れだ」


 ちょっとした歴史の授業を彼女は静かに聞いている。僕はあんまり意味のないフランス革命の話、もといフランス革命の愚痴を吐き出し続けた。このフランス革命に対する嫌悪感が、今の生自総連が嫌いな理由の唯一で最上級の要因でもある。


「生自総連も、全く同じ運命をたどる可能性があるから、詩乃音は今の生自総連が嫌い。そういうこと?」

「十中八九その通り。今は教師と生徒の対立、フランス革命で言うところのバスティーユ牢獄前後。だからこそ次に起こり得るのは、」

「教師が打倒されたのちの、生自総連の恐怖政治」


 その通りだと、僕はただ頷く。生自総連は今、晏屋が危惧していた事態、権力を持つ組織が変わるだけという事態に、必ず巻き込まれる運命にある。

 それは、権力は腐敗するから。

 絶対に腐敗するから。


「だとしたら、貴方がどうにかしたらどうなの?」

「うーん。ストライキとかの強行路線は晏屋の独断で始まったことだし、僕には厳しい……どうすることも出来ない。」


 僕や尊のように、生徒会総選挙で平和的に権力の移譲を目指していた派閥はもはや息をしていない。たまたまストライキが上手くいってしまったから。強硬手段を用いた時点で、生自総連はフランス革命と同じ轍を踏むことが確定したわけだ。それがたまらなく嫌いだ。危険であることは良いのだ。だが、むやみやたらに生徒だとか外部の人間を巻き込みたくない。


「じゃあさ……もう、貴方も投げ出しちゃえばいいんじゃない?」

「……はあ」


 素っ頓狂な声が寸前で喉につっかえ、掴みどころのない声で反応してしまう。


「私だって、貴方に委員長を放り投げられたんだから、貴方も生自総連抜けても良いんじゃないって。というか、私にもその権限、あると思うんだけど」


 おちゃらけた口ぶりと、少しばかり高い声色から、からかっている冗談めいた言葉であることが分かる。

 ただ、その提案は僕に深くは刺さらなかったが、心の表面には刺さっていた。それも返しが付いているタイプの針が刺さっていた。


「私も別に、貴方の行動を決めるわけじゃないから、強引に命令したりはしないけれど、やっぱり生自総連って、貴方らしくは無いかなって、私は思うの……貴方って、自分が思ってるほどに優しいから。たとえそれが自分のため、私情のためだったとしても、その優しさは、正真正銘誰かに向けられた純粋な心だと思う。生自総連とは、やっぱり違うのかなって」


 そこまで言われて、後は貴方が決めろというのは、確かに酷な物で、冷たい人という印象も受けかねないな。まさか、つい数十分前ぐらいに僕がやった行為をそのまま返されるとは思いもしなかったが、この返しは取れそうにもない。ならば、真の言葉を出来るだけ反映しながら、私情も織り交ぜて、自分だけの考えをもう一度作り直さなければいけない。

 確かに、今までの僕の学校生活というものは復讐に満ち満ちていた。だがしかし、その上で人生の楽しみを捨てきったことも無い。僕の学校生活というものは、復讐と生自総連の活動が殆どを占めていた。これは人生の楽しさとは言え度、支配から脱さなければ、僕も真の意味で真と同じ位置には立つことは出来ない。残り少ない学校生活ではあるものの、楽しみが無くなることは痛いが、それも真と一緒に居れば、それなりに楽しい人生が送れるというのも、また事実ではあった。だが、


「申し訳ないけれど、僕が始めたこの活動を、僕は最後まで完遂しなければいけない。そんな使命感に駆られているんだ。それは暴力革命の抑止とかもあるだろうけれど、何よりも今投げ出してしまって、多くの同志を捨てることは、あまりにも私情が混じりすぎている。たとえ私情で生きていたとしても、最初で最後の組織人として、僕は生自総連の仕事を完遂させたい。真の人生を勝手に変えてしまったのは申し訳ないけれど、僕はこれだけは、最後までやり切りたい。そしたら、もう、君の好きなように僕も生きよう」


 僕にはこの生自総連の行く末を、学校の偶発的な未来を、見届けなければいけない。それが楽しさを求めて学校を崩壊させようとした人間の、ある種けじめであった。


「そう……なら、私は目一杯応援するから。止めはしない。けれど、絶対に私を悲しませないでよね」

「勿論」


 日も落ちて、校庭には煌々と明かりが灯っており、シルエットしかもはや見えなくなっている教室とのコントラスト。それが嫌に情緒的で、感情的になりそうな雰囲気を醸し出している。


「じゃあ、もうこんな時間だし、帰ろっか」

「うん」


 僕らは真っ暗な教室を器用に机を避けながら出て行く。廊下さえも残り少ない夕陽で床だけがオレンジに光っているだけだった。それ以外の光源は非常口の淡い蛍光色だけ。そんな廊下を二人だけで歩く。

 言葉も交わさずに、どんどんと、感情だけが僕らを揺さぶる。その感情が爆発してしまったことは、言うまでもないだろう。



「遅かったな。詩乃音執行部長」

「すみません。少々予定が出来てしまいまして」

「まあ、今日は祝賀会ということもあるから、目は瞑ろう……で、何なんだ。その予定ってのは」

「……彼女との時間ですよ」

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