コソコソ話す秘密作戦4
掃除が終わって、生徒会室に一足早く乗り込む。この前来た時と、全く変わらない風景。
生徒会が今現在機能していないからしょうがないところはあるのだけれど、掃除ぐらいはして欲しいものだ。埃っぽくて敵わない。こんな僕でもこの教室の掃除をしてしまいたいと考えてしまう程だ。多分、それは生徒会が機能していても同じだろうけれど。
辺りを見渡して、結局何をするでもなくこの前座っていた椅子に座り直す。今日は特に何も書いていないことをホワイトボードを見て確認し、長机に身を放り投げて、自分の頭を腕にくっつけて仮眠の態勢を取る。
眠い。
突如として睡魔が襲ってきた。そういえば今日は居眠りをしていなかったな。
目を閉じて、思考が冴える。今日の事件を含めて、教科書の紛失、九・二四スト、生徒会リコール、これから起きるであろう第二次ストライキ。受験どころではない程に、事件が多すぎる。ただ、これを解決することが、今の僕の役目であり、それが僕のためにもなる。どんなに苦痛であろうと、どれだけ面倒くさかろうと、僕は遂行して解決しなければいけない。
全てを投げ出すことも可能だけれど、それでは、あの時と同じだ。あの時の僕のような、愚かで可哀想な人間を創造してはいけない。
笑みがこぼれる。僕はそんな、大層な野望だとか大義なんぞ本当は微塵も思っていないだろう。結局僕の構成要素は復讐と利己しかない。
少しずつ、少しずつ冴えていた思考を睡魔が鈍らせ、睡魔が思考の大部分を占める。僕は彼に抵抗することは諦めた。どうせ、言ノ葉が来るまでは暇なのだ。寝ていたって構わないだろう。そう思って、思考が途切れた。
「……詩乃音……」
異様に重たい瞼を少しづつ持ち上げる。目の前、僕の顔を覗き込むように、言ノ葉は僕を見ていた。特段焦ることもなく、ゆっくりと身を起こして欠伸をしながら伸びをする。一瞬、椅子の背もたれに体重をかけすぎたがために倒れそうになった。思考が鈍っている。
「おはよう。詩乃音。ごめんなさいね、私が呼びつけたのにこんな時間まで待たせてしまって」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。僕も今日の分の睡眠不足を清算できたわけですし」
もう一度、数十分ぶりか、一時間ぶりか辺りを見渡す。今日の会議はどうやら資料も、事前にホワイトボードに書いているなども無かった。今日はどちらかと言えばディスカッション形式なのだろうか、なんて考えてみる。
頭慣らしだ。
「して、何か進捗があったんですか?」
「ええ。外堀が少し埋まった程度だけれど、一応詩乃音にも報告しておこうかと思ってね」
……あの教師とは大違いだ。いや、まだあの教師のミスとは限らないけれど、そう形容してみた。
言ノ葉も言ノ葉で、中々に誠実的で有能だ。正直、今まで陰でしか無かった委員長という地位を、ここまで多くの責任を抱え、威厳のあるものへと昇華させてしまっている。その功績と、その失態は僕とて目を見張るものがある。
「報告有難いですね。今の時勢にも、何か関わってそうですし」
「あの事件は申し訳ないけれど詩乃音に任せるわ」
「ええ、勿論。逆に僕が生徒会の事件に関与できていないのが申し訳ないぐらいです」
へりくだって答えた。円滑な人間関係には必要なのだ。こういう上下関係、隷属関係というのは。僕の責任が隠れるのだし。
ただ、問解として全くもって生徒会のために働いていないことも、それに僕が心を痛めていることもまた事実だ。この時ぐらい、彼らに知見を与えてやらねばならない。僕は続けて質問をする。
「じゃあ早速本題に入りましょうか。進捗について、教えてください」
「分かったわ──これを見て。この資料、詩乃音なら見覚えがあると思うのだけれど、これが一つの原因だと、私は思うの」
渡された資料。それは僕は見覚えがあった。見覚えがあって、何かが違った。アハ体験というのだろうか。それにしては、明らかに変化に富んだ、可笑しな大変革だったが。
「これ、まあ確かにこれが流出してしまったのなら、生徒会に対する非難は集まりそうですね。一部の人にはよっぽど怒りが湧いてくる改悪だ」
内容。それは僕が書記時代に均等にした部活動費の内訳だった。しかもその部活動費は、あまりにも僕の頃の費用とはかけ離れていた。端的に言ってしまえば、不平等であった。
「この内訳って、いつのですか?」
「前期生徒会が、後期生徒会として活動するにあたって作成した部費公正案よ。代表者名は瀬戸氷空。間違いなく、後期に行うはずだった施策の一つね」
生徒会総選挙では全くもって公表されていなかった施策。それも、前期の時点でこの案が出ていたということは、それ即ち瀬戸氷空の続投が確定であったようにも感じてしまう。教師のちょっとした陰謀というのを、感じてしまう。そしてこの内訳には割に合わなすぎるこの、部費公正案などという大義を掲げたような名前に、少し苛立ちを覚えた。
「大層な名前を付けて、その実野球部だとか、サッカー部なんかの学校に得のある部活に部費を一極集中させて、それ以外の零細の部活から摘発する。恐ろしいものですよ。僕の努力は一体どこへやら」
「これ、実のところ詩乃音が均等にしてからも少しづつ部費が偏って行っていたのよ。つまるところ、この部費公正案は最終段階ってことでしょうね。昔の不平等な構造に戻すための。そしてこれが先日誰かによって流出した。多分煌綺さんなのだろうけれど、それを今目一杯に批判している」
晏屋も根回しだとか演説手法が上手いな。本当に、今回の選挙では勝利する気のようだ。そして敵対関係を崩さないというやり口も狡猾だ。
何も分からない人間がこういう不平等を見てしまえば、部活に敵意を向けるだろう。だが、部活そのものは決して悪くはない。全ては教師の意向なのだ。それを晏屋は分かっている。だからこそ部活ではなく瀬戸氷空と教師をやり玉に挙げて批判を繰り返している。馬鹿ではあるが中々有能なようだ、晏屋は。
「これでさらに瀬戸氷空さんが不利になったわけですか」
「ええ。でも、もう一つ教師に対する非難と、煌綺さんの権力を増やすことになった要因があるの……二年B組の担任が、煌綺さんに圧をかけていた」
「圧?それは生徒会選挙を降りろだとか、そういう?」
一応、大体は予想で来ていたけれど、質問を言ノ葉にする。きっとこの程度では収まらない、圧どころではない脅迫の類。
「もう少し過激なの。選挙を降りろは勿論のこと、後は進学先の制限だとか停学の強制を行うってところまで」
「それは酷いですね」
言ったところで少し、訂正をしようかとも思った。なんてったって晏屋煌綺は正真正銘この学校の崩壊を招き、あろうことか九・二四ストまで引き起こしている。そんな人間が、悠々自適に中学校生活を満喫出来ているのがそもそもおかしいのだ。ただそれも晏屋煌綺がバレていないだけだが、それでも停学の脅迫を受けるのは、妥当だとも考えられる。色々と思考が巡り廻って、一旦話を整理しようと、メモ用紙を取り出す。
「これが今の所の進捗でしょうか」
「そういうことになるわね。あまり、事件の解決には近づかないかもだけれど、煌綺さんによる革命がこの先も隆盛を築き、果ては生徒会長に、果ては学校全体に煌綺さんの独裁が始まる可能性があるという予想が、少し強固になったということは分かった」
「独裁ですか……」
少し引っ掛かる。晏屋が果たして独裁をするのか。いや、独裁をするほどの、カリスマ性があるのかだ。
彼は愚直だ。愚直すぎる。危険なつり橋に、自分の信念ただそれだけで動くような愚直。それが独裁をするだろうか。それが独裁を維持できるだろうか。そこに、疑問を感じた。
「多分独裁は無いですよ。多分、彼が生徒会長になったとして、多くの教師の権力を制限して、生徒中心の学校を作り上げるでしょうが、それ以降のことは晏屋は考えていないですよきっと」
あいつは後先考えないですし、と付け加える。
ただ、少しづつだが晏屋に対する制裁に向けて、教師が着々と証拠を集め、教師の見えざる手が生自総連の首を絞めかかろうとしていることが、今分かった。結構事態は急を要することが分かった。もう、過激な道というのも容認しなければ、ならないのだろうか。
メモ用紙に、教師に対する制裁の可能性と書き加えた。
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