第23話『崩壊』
ひかりが記憶を失ってから一週間後、私は奇妙な知らせを受けた。
聖カトリーナ学園で、新たな宗教的事件が発生しているというのだ。
ひかりは入院しているのに、なぜ?
私は急いで学園に向かった。
学園の門前には、警察車両が何台も止まっている。
中から聞こえてくるのは、怒声と悲鳴だった。
何かとんでもないことが起こっているようだった。
私は警察の隙を突いて、学園内に侵入した。
校舎に入ると、そこには想像を絶する光景があった。
廊下には血が飛び散り、壁には「照神復活」という文字が血で書かれている。
そして、数人の生徒が倒れていた。
みんな重傷を負っているが、まだ生きているようだった。
私は急いで礼拝堂に向かった。
そこが騒ぎの中心地のはずだった。
礼拝堂の扉を開けると、中では壮絶な戦いが繰り広げられていた。
約30人の生徒が、二つのグループに分かれて争っている。
一方は黒いローブを着た集団。
もう一方は白いローブを着た集団だった。
黒ローブの集団が「照神復活!」と叫んでいる。
白ローブの集団は「ひかり様に栄光を!」と応戦している。
照派とひかり派が、内戦を起こしているのだ。
でも、ひかりはもう病院にいる。
なぜまだ信者がいるのか?
私は混乱していたが、やがて理解した。
これは、ひかりが記憶を失う前に作られた組織の残骸なのだ。
指導者を失った信者たちが、勝手に戦争を始めているのだった。
戦いは激烈だった。
黒ローブの少年が、白ローブの少女をナイフで刺した。
少女は悲鳴を上げて倒れたが、別の白ローブの少年が復讐に立ち上がった。
血で血を洗う報復の連鎖だった。
祭壇の前に立っているのは、見覚えのある顔だった。
田村美咲。
以前、ひかりの拷問に参加していた少女だった。
彼女は白ローブを着て、血まみれの剣を握っている。
「ひかり様の敵は許さない!」田村が叫んだ。
彼女はまだひかりを信じているのだ。
記憶を失ったひかりのことも知らずに。
黒ローブの男子生徒が田村に向かっていく。
「照様こそ真の神だ!」
二人は激しく戦った。
剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。
ついに、田村の剣が男子生徒の胸を貫いた。
男子生徒は血を吐いて倒れた。
でも、田村も深手を負っていた。
腕から大量の血が流れている。
それでも彼女は戦い続けた。
狂気に支配されていた。
私は戦いを止めなければならないと思った。
でも、どうやって?
30人の狂った信者を、一人で止められるのか?
その時、礼拝堂の奥から新しい声が聞こえてきた。
「やめろ! みんな、やめるんだ!」
声の主は、意外な人物だった。
佐藤太郎。
第1話で階段から転んだ、普通の生徒だった。
彼はいつの間に神さまごっこに参加したのだろう。
佐藤は両手を上げて、戦いの中央に立った。
「もうやめよう」佐藤は必死に説得した。「これは間違ってる」
「佐藤、どいて」田村が警告した。「邪魔をするな」
「邪魔じゃない」佐藤は首を振った。「みんなを止めてるんだ」
「止める?」田村は怒った。「なんで?」
「これは宗教じゃない」佐藤は叫んだ。「ただの殺し合いだ」
佐藤の言葉で、戦いが一時的に止まった。
みんな、彼の方を見ている。
「神さまごっこは終わったんだ」佐藤は続けた。「ひかりも照も、もういない」
「いない?」黒ローブの生徒が反論した。「照様は我々の心の中にいる」
「心の中?」佐藤は首を振った。「それは幻想だ」
「幻想じゃない!」田村が叫んだ。「ひかり様は本当の神様だ!」
「神様なんていない」佐藤は断言した。
その瞬間、信者たちの表情が変わった。
今まで見たことのない怒りが、彼らの顔に現れた。
「神への冒涜だ」
「許せない」
「殺せ」
信者たちが一斉に佐藤に向かった。
照派もひかり派も関係なく、佐藤を敵と認定したのだ。
佐藤は必死に逃げようとしたが、包囲されてしまった。
30人に囲まれて、逃げ場がない。
「待って」私は思わず叫んでいた。
信者たちが私を振り返る。
30対の狂った目が、私を見つめていた。
「また異端者だ」田村が私を指差した。
私も佐藤と同じく、敵と認定されてしまった。
信者たちが私にも向かってくる。
私は自分の力を使おうとした。
でも、相手が多すぎた。
30人の狂信者を同時に止めるのは無理だった。
その時、佐藤が大きな声で叫んだ。
「みんな、目を覚ませ!」
佐藤は必死に説得を続けた。
「ひかりも照も、ただの人間だったんだ」
「黙れ!」田村がナイフを佐藤に突きつけた。
「神を冒涜するな」
「神じゃない」佐藤は譲らなかった。「人殺しだ」
田村の手が震えた。
佐藤の言葉が、彼女の心に届いているのかもしれない。
「ひかりは何人殺した?」佐藤は続けた。「100人? 200人?」
「それは」田村は言葉に詰まった。
「照だって同じだ」佐藤は畳み掛けた。「人を殺して楽しんでた」
信者たちの間に、動揺が広がった。
佐藤の言葉で、彼らの記憶が蘇ってきているのだ。
友人たちの死。
目の前で行われた拷問と処刑。
そして、それを見て喜んでいた自分たち。
「俺たちは」黒ローブの生徒が呟いた。「何をしてたんだ?」
彼は自分の手を見つめた。
その手は、人を殺した手だった。
「悪夢だ」白ローブの少女が震え声で言った。「全部、悪夢だった」
信者たちが次々と正気を取り戻していく。
狂信的な表情が消えて、普通の高校生の顔に戻っていく。
でも、それは新たな恐怖の始まりでもあった。
自分たちが犯した罪を思い出したのだ。
殺人、拷問、裏切り。
全ての記憶が戻ってきた。
「俺は」一人の男子生徒が泣き始めた。「友達を殺した」
「私も」少女が自分の頭を抱えた。「何人も殺した」
罪悪感が信者たちを襲った。
彼らは床に崩れ落ち、慟哭し始めた。
でも、中には罪悪感に耐えられない者もいた。
田村は自分のナイフを見つめていた。
そして、それを自分の首に当てた。
「田村、やめて」私は慌てて止めようとした。
「やめない」田村は涙を流しながら言った。「こんな罪を背負って生きていけない」
「生きて償って」私は懇願した。
「償える?」田村は首を振った。「殺した人は戻ってこない」
田村はナイフに力を込めた。
血が首から流れ始める。
「田村!」
私は彼女に飛びかかったが、間に合わなかった。
田村は自分の首を深く切った。
大量の血が吹き出し、彼女は床に倒れた。
私は必死に止血しようとしたが、手遅れだった。
田村は私を見上げて、最後の言葉を呟いた。
「神なんて」田村は血を吐きながら言った。「いなかったのね」
そして、田村は息を引き取った。
他の信者たちも、田村の死を見て動揺した。
何人かは同じように自殺を図ろうとした。
でも、佐藤が必死に止めた。
「死ぬな」佐藤は叫んだ。「死んだら本当に何も償えない」
佐藤の説得で、自殺は食い止められた。
でも、信者たちの心は完全に壊れていた。
神さまごっこから解放されたが、今度は罪悪感に支配されている。
結局、彼らは自由になれないのかもしれない。
その時、礼拝堂の外から大きな音が聞こえてきた。
爆発音だった。
何かが爆発したのだ。
私は窓から外を見た。
学園の別の校舎が炎に包まれていた。
まだ他にも、狂った信者がいるようだった。
学園全体が、混乱に陥っているのだ。
私は佐藤に言った。
「ここにいて、みんなを見ててて」
「どこに行くの?」佐藤は心配した。
「他の場所も見てくる」私は答えた。「まだ危険な状況が続いてるかもしれない」
私は礼拝堂を出て、校舎を走り回った。
あちこちで小規模な争いが起こっていた。
信者同士の戦い、信者の自殺、そして建物の破壊。
学園は完全に無法地帯と化していた。
私は一つ一つの現場で、暴力を止めようとした。
でも、一人の力では限界があった。
どこかを止めても、別の場所で新たな暴力が始まる。
いたちごっこだった。
夕方になって、ようやく警察の機動隊が到着した。
彼らは強制的に信者たちを取り押さえ、事態を収束させた。
でも、その時には既に30人以上が死傷していた。
生き残った信者たちは、全員が精神的な治療が必要な状態だった。
神さまごっこは終わったが、その後遺症は深刻だった。
私は疲れ果てて、学園の屋上に座った。
夕日が街を赤く染めている。
美しい光景だったが、私の心は暗かった。
結局、何人の人が死んだのだろう。
神さまごっこが始まってから、数えきれないほどの犠牲者が出た。
そして、今日もまた新たな犠牲者が増えた。
田村もその一人だった。
彼女は最後に真実に気づいたが、それが彼女を救うことはなかった。
むしろ、真実を知ったことが彼女を死に追いやった。
知らないままの方が、幸せだったのかもしれない。
でも、それは逃避でしかない。
真実と向き合わなければ、同じことが繰り返される。
私は立ち上がった。
まだやるべきことがある。
ひかりの件もある。
石像の封印も、完全ではないかもしれない。
そして、生き残った信者たちの心のケアもある。
長い戦いになりそうだった。
でも、諦めるわけにはいかない。
これ以上の犠牲者を出さないために、戦い続けなければならない。
たとえ一人でも。
屋上から学園を見下ろすと、警察のサイレンが響いていた。
今日の事件も、きっと「集団ヒステリー」として処理されるのだろう。
真相は隠蔽され、表面的な平穏が戻る。
でも、根本的な問題は解決されない。
石像は地下に眠り続け、いつかまた誰かを狂わせるかもしれない。
私は空を見上げた。
星が輝き始めている。
美しい夜空だった。
でも、その下では今も、人間の狂気が蠢いているのだ。
永遠に続く戦いが、そこにあった。
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