第10話 鋼にも心はある②

 どうして他人のためにここまで体を動かしているのだろう。


 普段の俺なら見て見ぬ振りをする。それは当たり前のことだと、思い信じていた。


 彼女は俺なんて、そこら辺の生徒Dくらいにしか思っていないだろう。


 それでも何かが俺を突き動かしていく。柄ではない、が通用しない。


 土のベタつく様な香りが鼻腔を刺激する。周りを見れば、土手の近くまでやってきていたようだ。


 いつかの日みたいな夕陽が顔を出していた。妙に暑くなっていく季節、背中に汗が流れるのを感じる。


 なんだかノスタルジックな雰囲気に、俺は彼女の顔を思い出した。


 話したのはたったの一度。それにとんでもなく嫌悪されていた。


 だから怖くて、できれば学校でも会いたくないと思うほどだった。


 そもそも、いったい俺は何の為に、こんなことを?


 それは――――


「…………見つけた」


 そよ風が、キラキラ光る長い金色の髪をたなびかせて、美しく彩っている。


 小さく座る彼女の先には、小川が流れる。俺はここまで来て、近づくことができなかった。


 車一台分の道を挟んで、俺たちは同じ方を見る。


 ふと、彼女がゆら、と体を動かした。


「見てないで、こっちに来てください。まるで不審者ですよ」


 ため息混じりの声に、俺は急いで隣に向かう。どうも座る気にはなれなくて、どうしても突っ立ったまま黙った。


「よりにもよって、『貴方』なんですね」


「……いなくなった、って聞いて……」


 なんだかいたたまれない感情が、俺を包む。


「…………あの、お願いしてもいいですか?実は今かなり悩んでて……」


 不意に声が落ち着いて聞こえる。彼女は自分を嘲笑するみたいに語る。


「油断してしまって、動けないんです、今。手伝ってもらえません?」


「動けないって、どういう……」


 言いかけて気づく。彼女が先から体のどこも動かしていないことに。


 不自然。違和感。人間では、ありえないパラドクスに一瞬、頭が彼女を否定した。


「どうすればいい?」


 そんな感情を振り切って話しかける。これは、少なくとも今感じることではない。


「私の左手に、水色のカートリッジがあります。」


 言われる通り彼女が動けずに握りしめたままの左拳を開いてみる。


 そこには確かに「RAKU」とローマ字で書かれた水色のカートリッジがあった。


「らく……?」


「気にしないでください。さあ、それを持って」


 手のひらにちょうど収まるくらいのそれを俺の手に移す。


「そのカートリッジを私の……に入れてください」


「え、それはちょっと」


「なんですか、このままだとシャットダウンしてしまいますから、早く」


 シャットダウンしてどうなるのかはよく分からないけど、嫌いな男にうなじを触らせる方がマシに思えることらしい。


「……後悔して訴えたりとかしないでよ……」


「何でそんなことするんですか。いいから早く」


 急かされるまま、俺は彼女の長い後ろ髪を右手の甲で押しやる。


 サラサラで少し擽ったいような感覚の先には、真っ白な肌には似合わない、真っ黒な「何か」が取り付けられていた。


「その『壊れた』バッテリーを取って、代わりにそのカートリッジを」


「わ、わかった」


 意を決してそのバッテリーに触れば、気づく。これは焦げている。だから真っ黒なんだと。


 右上の方に付けられたロックのようなものをスライドさせると、音を鳴らしながらバッテリーが少し浮く。


 慎重に持って、取り外す。生暖かいそれを、左手に持ちながら、右手に持っていたカートリッジで、ぽっかり空いたその空間に埋める。


 ヴン、というスマホの起動音に似た音が鳴って、空間に稲妻のような模様が浮かび上がる。


 あまりのSFっぷりに唖然としていると、鉄矢が顔を上げる。


「助かりました。もう大丈夫です」


 突然向けられた彼女の眼に、俺は。


 真っ黒な眼球にネオンの藍色が映し出された眼に俺は、一瞬恐怖した。


「あ……」


 そんな一瞬のことでも、随分と分かりやすかったようだ。


 彼女はさっと俺から顔をそむけた。


「申し訳ありません。見苦しいものを見せてしまいました」


 流石に察しの悪い俺でもわかる。これは失礼だった。


 年頃の少女の顔を見て「あ」だなんて……。


 最低だ。


 「あのさ…………、嫌だったらいいんだけど。その」


 俺は彼女の隣に座る。


 まだ反対を向いたままの顔に向けて俺は言う。


「君のこと、教えて?」

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