2024年1月11日
2024年1月11日。
三限からだったので、朝は少しのんびりできた。
母は買い物に出かけていて、家には僕ひとり。
昨日の残りの親子丼を温めて食べ、学校の準備を済ませて家を出た。
三限の授業を終えると、僕はその足で図書館に向かった。図書館に着いたら僕は武田さんにLINEを送った。
『図書館に着いた。もうついてる?』
『二階にいるよ』
武田さんの返信は早かった。
僕は二階へ移動した。二階には、テストの勉強をしている人や、レポートを書いている人がたくさんいた。武田さんは一番奥のテーブルに座っていた。一番奥のテーブルの周りには他に人がいなかった。
「お疲れ、じゃあレポートやろうか」
「お手柔らかにお願いします」
僕の声は少しだけ裏返っていた。武田さんの前だと、どうしても肩に力が入ってしまう。
「うん、じゃあまずは一回目に出したレポートと教授からのメール見せて」
図書館で喋ることはあまりよくない。そのために人のいない一番奥の場所をとっておいてくれたのだろう。
僕は言われるがまま、パソコンのWordの画面とスマホのメールの画面を差し出した。武田さんに見せると、まじまじと弱点が見られているような気がして、恥ずかしかった。
「なるほどね。それならこの本、読んでみて。もう一度、レポートを書き直してみよう」
そう言って武田さんは、すでにテーブルに置いてあった本を渡してきた。
「あの教授は講義で答えを教えないで、考えてきてって感じの授業だから、教授が言ってたことをそのまま書いても多分いい評価はもらえない。だから、自分でいろいろ考えて、そのことについて書いた方がいい評価くれると思う。この本はいろいろな考えが載ってるから、自分が面白いと思ったものを選んで書けばいいよ。幹人君の内容的には第二章がいいかな」
そんなことまで考えて授業を受けているのかと衝撃を受けていた。授業の方法や教授の考え方からどのようなものを書けばいいかを考えているとは思わなかった。武田さんの口から出る言葉の一つひとつが、自分とは別の次元の人間のように思えて、少しだけ息が詰まる気がした。
「わかった。本当にありがとう」
今回のことは本当に勉強になった。ただレポートについて教わるのではなく、僕が一人でもできるようになるために教えてくれた。そのことがこれからの学びに繋がった気がする。僕でもできるような気がしてきた。
「多分大変なのはこっからで、参考文献の書き方を説明していくよ。これは説明聞きながらやった方が間違えないと思うからパソコン返すね」
そう言って武田さんは僕にパソコンを返してきた。僕は参考文献のところにカーソルを置いて、武田さんの話に耳を傾けた。
「ええと、まずは、教科書のところからだね。この教科書は章によって、著者が異なるやつだから、編者の名前だけじゃだめだね。著者、出版年、章のタイトル、編者、書籍のタイトル、出版社、ページ数を書かなきゃだめだよ」
武田さんが指を折りながら教えてくれる。しかし僕の指は途中で追いつけなくなり、僕のパソコンには、編者以降が抜けたままになっていた。
「ごめん。もう一回お願い」
武田さんは嫌な顔一つせず、快くもう一度教えてくれた。
「いくよ。著者、出版年、章タイトル、編者、書籍タイトル、出版社、ページ数」
一応確認のため、僕はそのまま繰り返してみた。
「あってる?」と聞くと、武田さんは頷いた。
「うん。あってる。次は……インターネットのWebサイトは閲覧日書いた方がいいかな。とりあえずはそんなもんかな。あーあと、さっき渡した本も教科書と一緒で章ごとに著者違うやつだから気を付けてね」
「わかった。ほんとにありがとう。今日教わってなかったら、たぶんこのレポート、絶対通らなかったと思う」
僕の言葉は、素直に胸の奥から出てきた。
「全然大したことはしてないよ。またわからないことが出てきたら聞いて」
武田さんは何も気にする様子もなく言った。本当に頭が上がらない。
「わからないことが出てきたら聞いてとか言っといてなんだけど、これからテスト勉強本気で勉強するから、また前の席で授業受けるね」
武田さんは申し訳なさそうに言った。僕はもうすこし隣で授業を受けたかったが、武田さんは主席の防衛がかかっているので仕方ないし、僕に止める権利もなかった。
「わかった。勉強頑張ってね。僕が一番頑張らなきゃなんだけどね」
そういうと武田さんはまたふっと笑った。
武田さんが席を立ったあとの図書館は、ぽっかりと穴が空いたように静かだった。でもその分、僕の中に残った彼女の存在は、やけに近く、やけにあたたかかった。僕はその温度を、パソコンのキーボードを打つ指先にそっと閉じ込めるように、レポートに向かい始めた。
僕は帰りの電車の中で借りた本を読み始めた。第二章だけでも良かったのだが、面白いものがあるかもしれないと思って、すべて読むことにした。電車の中で半分ほど読み終えたころ、家に着いた。
それから家族三人で夕食を食べ、寝る準備をしてから続きを読んだ。
最後のページに、小さな付箋が一枚貼られていた。
「勉強頑張って‼」
武田さんの字だった。
僕はそっとその付箋をはがして、机の端に貼った。代わりに、自分の字で「テスト頑張れ!」と書いて、そっと本のページに戻した。
きっとこのやりとりは、誰にも気づかれない。でもそれでいい。
明日も、頑張れる気がした。
――たぶん、レポートだけじゃない。
武田さんに出会ってから、僕の中の何かが、ゆっくりとだけど、変わり始めていた。
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