5-6
「さて、気を取り直して……改めてよろしく。治くん」
「えぇ、よろしくお願いします」
ひとまず、俺たちと久さんの関係性がはっきりした。浮かない顔をするサリィに気を配りつつ、中断されてしまった握手を今度こそしっかり交わす。
「さっきファーストの言ったことは、決して脅しではないよ。けど、私は治くんの覚悟は聞いているからね。今更、何も言わないよ」
「はい、もう腹は括っているので。ってことで、サリィ。いつまでそんな顔してるんだよ。大丈夫だって、俺天才だから」
「う、うん」
自分の選択に後悔なんてない。一度決めたことでウジウジ悩まない。そんな通常運転の俺を見て、快諾とは言えないがサリィは頷いてくれた。
「それで早速ではあるんだけど、一つ依頼をさせてもらってもいいかな?」
「承りましょう」
こういう事は時間をおかない方がいい。案ずるより産むが易し、だ。
「助かるよ。じゃあ、依頼人に連絡をさせてもらうね」
部屋備え付けの内線電話から、久さんはどこかに連絡をする。
そして五分もかからないうちに、二人の人物が部屋の中に入ってきた。一人はデュラハンのミーナさん。もう一人は……二足歩行で歩くトラだった。
「ミーナさんありがとう。お待たせ、タイガくん。ご無沙汰しているね」
「いえいえ! 松郷さんもお元気そうで何よりです!」
案内が済んだミーナさんは「それではごゆっくり」と部屋を後にする。
残されたのは日本語を喋るトラ男。名前をタイガというらしい。
獣人っていうのは、サリィみたいに限りなく人間に近い外見の者もいれば、彼のように動物の外見がベースになっている者もいるみたいだ。
「紹介するよ。今回、君の依頼を受けてくれる野老澤治くんとサリィさん」
「あぁ、どうも! わざわざ時間を作ってもらって申し訳ないです! オイラはタイガと申します!」
見た目は肉食獣まんまなので、気性が荒いのでは……なんて邪推をしてしまったが、タイガという人物は明朗快活でとても好印象だった。
俺とサリィもそれぞれ名前を名乗ってペコリと頭を下げる。
「……あれ、ちょっと待ってください。サリィ、さん? オイラとどこかで会ったこととかあります?」
ちょうどサリィが名乗ったところで、トラ男は首を傾げるような仕草をした。そのまま「むむむ」という擬音が出そうな顔で、サリィのことをじっくりと凝視する。
新手のナンパなのか。ムカムカするので間に入ることにした。
「同じ獣人だから、似たような人を見たことがあるんじゃないっすかね?」
「あ、すみません! ジロジロ見てしまって! べっぴんな彼女さんでつい!」
俺の苛立ちを感じ取ったのか、タイガさんはただただ平謝りだった。そんな反応をされてしまうと大人気のない自分が恥ずかしくなる。
「いえ、別に彼女ではないんで大丈夫っすよ。こんなちんちくりん、好き好んで彼女なんかにしませんって」
さてこんなことを言えば、サリィの拳が――ってあれ?
平素ならプンスカと怒りそうなところなのに、何故かサリィはホッとするように胸を撫で下ろしていた。
「どうした、サリィ? らしくないぞ」
「…………だ、誰がちんちくりんよっ!」
ようやく言葉を嚥下して反応したという感じ。何かに気を取られていて話を聞いてなかったみたいだ。
「まぁ、いいか。それでえーと、タイガさん。肝心の依頼ってのは?」
「そうでした! 松郷さん、オイラから話を進めてしまって大丈夫ですか!?」
トラ男は確認するように久さんの顔を見る。
「うん、タイガくんの口から説明してもらった方が助かるよ。いやはや、私はこっちの出身だというのにそういうのには疎くてね」
「承知しました! 実はですね、野老澤さん。オイラの代理で……とあるものを受け取って欲しいんですよ」
「とあるもの、ですか。それがどんなものか伺っても?」
なんか白い粉とか葉っぱとか、そういう系じゃないよな。
「そ、その、この場で言わないとダメですか?」
「お願いします」
トラ男は明らかに動揺している。まさか、本当に……?
「すみません! 耳打ちで勘弁してください! そ、そのエッチなゲームと言いますか、何と言いますか……!」
「あー、なるほどですね」
そういうオチか。いや、なんかそんな気もしていたけどさ。
仮にそうだったとして、そんなことを久さんが許すわけないだろうし。
「普段なら通販で買ってしまうところなんですが、店舗限定特典がどうしても欲しくて」
「ん? タイガさんが自分で買いに行くってのは無理なんっすか?」
「いやいや! オイラはサリィさんみたいに、一部を隠して何とかなる見た目じゃないので!」
「だってほら『認識阻害』でしたっけ? あれを使えば外に出れるんじゃ?」
日本語学校での出来事を思い出す。セフィレムさんや受付のお姉さんは、その魔法(?)を使うことで巧みに正体を隠していた。
「治くん、そこは私から補足させてもらえるかな。君が見た認識阻害というのは、基本的に場所や空間に対して使うもので、個人個人には通常適応させないんだよ」
間に入って、久さんが認識阻害の仕組みを説明してくれた。それで理解できた部分もあるのだが、もう一つ腑に落ちないことがある。
「だとしたら、タイガさんみたいに特徴的な外見の異世界人は、どうやって移動しているんですか? この店だって新宿のド真ん中にありますし、誰にも見咎められることなく移動するってのはほぼ不可能でしょう?」
俺はてっきり、認識阻害を一人一人に適応することで、異世界人たちがこちらで生活することを可能にしているのだと思っていた。
「あーもしかして、野老澤さんは移動魔法陣のことをご存じないんじゃないですか?」
「そうか、そうだよね。私からも説明できていなかったよ」
トラ男と久さんは納得したように頷いている。
「移動魔法陣、ですか?」
「実はね、このお店と……あとは日本語学校もそう。他にもいくつか施設はあるんだけど、これらの場所は物理空間を超えて繋がっているんだ。なんて言えばいいのか……ワープ装置みたいなものがある、っていうイメージかな」
「ど○でもドアみたいな感じっすかね?」
「そうそう、そんな感じ! けどそこまで便利じゃなくて、魔法陣が敷かれた場所間でしか移動ができないんだけどね」
こんな技術……いや、魔法か。世間に知れ渡ったら大変なことになるよな。交通業界、ホテル業界、流通業界、ざっと思いつくだけでもこれだけの業界が大打撃を受けそうだ。
そう考えたら秘匿するしかないよな、この事実は。
「つまり、タイガさんの移動範囲には限界があるってことですね。普段行けないような場所での買い物には協力者が必要だと」
驚きの事実はあったとは言え、依頼内容はシンプルかつ難易度も低めだった。
「では、来週の土曜日に秋葉原の店に行けばいいんですね。それで、ゲームのタイトルはえーと……」
「ちょ、ちょっとその辺は書面でやり取りを! 詳細はメールでお送りしますので!」
「おけです、おけです」
トラ男ことタイガさんの依頼内容は大体把握することができた。
というか、メールアドレス宛に……とか、こっちの生活にかなり馴染んでいて驚く。
普段は久さんの息がかかった――いや、コネクションのある国営動物園で働いているとかで、下手したら俺より社会人力があるかもしれない。
「話がまとまったみたいでよかったよ。細かいお金の話は後日また連絡させてもらうから、野老澤くんもタイガくんも引き続きよろしくね」
久さんが最後に話を締め、依頼を受けるということで無事に決着した。
「ええ、お願いします。あ、ちなみにタイガさん。商品を買いに行くときは、それとなくサリィには離れてもらうんで安心してくださいね」
「あ、ありがとうございます!」
サリィに聞こえないようにして、タイガさんにコソコソ耳打ちをする。種族こそ違えど、同じ一匹のオスとして気持ちは分かるからな。
「えーと、その、治にタイガさん……。私が獣人ってこと忘れてない……?」
「そ、そ、そうでしたー!!」
「どういうことだ?」
サリィの言葉を受け、タイガさんは両手で頭を抱えている。
しかし、いまいち話が見えてこない。サリィが獣人だから何だっていうんだ。
「いや、だからね。小声で話されても普通に聞こえるというか……。嗅覚だけじゃなくて聴覚も優れているのよ、私」
サリィはこちらに目線を合わせずに、小声で話していたところ全部聞こえていたからね、と遠回しに伝えてきた。
「マジか。その……あれです。タイガさん、すんません」
陰で悪口とか絶対に言えないじゃん。いや、別に言わないけどさ。
つか、そうなると俺にも色々と問題が出てくる。
今後どうやって性欲を解消すればいいんだ。そもそもサリィの嗅覚的に厳しいと思っていたのだが、こうなると隠れて発散するのが難しいぞ。
禁煙に引き続き、禁欲生活にも突入かもしれない。
「い、いえ! サリィさんが獣人なことを忘れていたオイラが悪いですって!」
「本当に申し訳ない。……そうだ。お詫びと言っちゃ何ですが一献どうです? もう話も終わりましたよね、久さん?」
「ははは、そうだね。タイガくんやサリィさんがよければそうしようか」
数カ月ぶりに仕事の話をして脳みそがもう限界だ。久さんの許しも出たことだし、パーッと酒を飲みたい。異世界人と交流するって大義名分もあるしな。
「もぉー、ちょっとは遠慮しないさいよ、治」
「いいですね! オイラもこの世界に来てから二年経ちますが、何気にこっちの人とお酒を飲むのは初めてかもしれません!」
サリィは呆れながらも、タイガさんは嬉しそうに、俺の提案に同意してくれた。
よっしゃ、これで全員のコンセンサス(急な横文字)を取れたという訳だ。そうと決まればすぐさま酒宴を始めようじゃないか。
「……そういえば、タイガさんがこっちに来てから二年も経つんすね。その、故郷が懐かしいとかはないんですか?」
すぐにでも酒盛りをしたいところだが、タイガさんの言葉が気になってしまった。
彼は二年という時間ををこちらで過ごしてきたわけだ。今後、俺とサリィが共に生きていく上で、サリィが元の世界に帰るか・帰らないかの問題は付き纏ってくる。
だから、参考までにタイガさんの心境を聞いてみたいと思ったのだ。
――――そんな、何気ない問い掛けのつもりだった。
「そうですね、寂しくないと言えば嘘になりますが――――ん、故郷……? ちょ、ちょっと待ってください!? サ、サリィって、え!? も、も、もしかして……あなた様は、お、王女殿下じゃないですか!?」
それが、タイガさんの記憶の扉を開けるきっかけとなってしまう。タイガさんは目を見開くと、畏まってサリィの前で片膝をついた。
「王女……?」
「は、はい! オイラの元いた国の王女様――サリィ姫殿下! 国王様の生誕祭で一度だけお顔を拝見したことがございまして……」
嘘だろ、という言葉を引っ込める。なぜなら予感はあったのだから。
サリィが最初に着ていた服とか、明らかに訳ありなところとか、高飛車なところとか、生活力が皆無なところとかも。青天の霹靂というには伏線がありすぎたな。
俺はただ黙ってサリィの言葉を待つことにした。
「そうね……。いえ、間違いありません。まさしく、私はファルマン王国、第一王女のサリィ・ファルマンです。異国の地で同胞と出会えて嬉しく思います」
サリィは否定しなかった。恭しく身分ある人間としてふさわしい態度で応じる。
「いえいえ! そんな滅相もない! し、しかし……なぜ王女様がこちらに……。いえ、それはあえてお聞きしませんが……その、祖国は今どのように?」
「それ、は」
タイガさんの問いにサリィは言葉を詰まらせる。
十秒、二十秒、……気が付けば、一分。とても重たい沈黙。誰一人として言葉を発することができない。
「……ごめんなさい。その話は、また今度にしてもらえるかしら」
ようやく、絞り出すような声でサリィが答えた。
「も、申し訳ございません! サリィ殿下を困らせる意図はなく!!」
「いえ、気にしないでください。でも、ごめんなさい。今日は先に帰らせてもらいます」
そのまま飛び出すように、サリィは部屋を出て行ってしまった。
むさ苦しい男三人と気まずく漂う空気だけが室内に残る。
「えーと、あはは……なんかすみません。タイガさんも気を悪くしないでください」
「お、オイラは大丈夫です! むしろ不躾で申し訳ございませんでした!」
「いやいや、そんな畏まらんでも……次会う時までにデザートでも食わせておけば、機嫌直ると思うんで大丈夫っすよ。ってことで、二人には申し訳ないんですが自分はこれで。追いかけないとへそ曲げちゃいそうなんで、彼女」
立ち上がって部屋を後にしようとすると、久さんの手がポンと肩に置かれた。
「彼女と一緒に生きていくんだろ?」
「もちろんです」
短い言葉だが、その意図は伝わった。こんなことで意志が揺らいでいたら仕方ないぞ、そう発破をかけてくれたのだ。
しかし、そんなのは言われるまでもない。
王女とか超どうでもいいのだ。俺にとってサリィは所詮サリィでしかないのだから。
「それじゃあ、また今度だね」
「ですね、今度こそ四人で飲みましょう。サリィは酒飲めませんけど」
久さんとタイガさんに挨拶をして部屋を出た。
やれやれ、世話の焼ける小娘だぜ。ったく、なるべく近くにいてくれよ。
汗だくになるまで走るとか、俺のキャラじゃないからな。
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