第19話 身請け
「良かった~」
「身請け代には十分だろ」
賭博王のおじさんは館主に話掛けると番頭さんに顎をしゃくる。
番頭さんは、無言でおじさんの横に寄ってくる。
「今の勝ち、三倍返しだからな」
そう言って、酒を一口飲む。
「分かってます」
分からないのは、私の見間違い。
”酒”の五を”酒”の二に、そして”武人”の五を”姫”の五とどうして見間違えた?
それともっとわからないのが私が見間違えたからといって勝負に関係ないはず。
あるとすれば、私の見間違えを妓女さんがそのまま信じた場合だけ。
「!」
私は、まだテーブルの向こうで放心状態の妓女さんを見る。
妓女さんは、私の視線に気が付くときっと睨んで唇が動いた。
それでも何も聞こえなかった。それでも何を言ったかはわかった。
くそがき、その唇の動きに私は驚いて眼を見開いた。
<私、口に出してた!>
あわてて、口の手を当てた。
私は何かを覚える時、口に出して覚える癖があったのを思い出す。
集落の寺でも、それを笑われた事があったっけ。
顔色どころか、口にも出てたなんて、私チョロすぎる。
番頭さんが、おじさんの勝ち分の計算が終わったらしい。
館主さんも近づいてきて確認すると渋々納得する。
「強運だな、あんた」
「どうしても返して欲しかったんだ、必死さ」
必死には全然見えなかったけど。
おじさんが欲しかった妓女さんの証文がおじさんに渡される。
かわりに、そこにあったおじさんのお金の山を番頭さんが引き上げていく。
「もう、ここには来ないでくれ」
館主さんはそう言って部屋を出ていった。
それでも少し残ったお金の半分って、それでも多いよを私の掌に載せる。
「お嬢ちゃん名前は?」
さっき聞かれた気がする。
「琥珀です、王に虎に王に白って書くのよ」
「虎かあ、最後に引いたのも虎だしな」
おじさんは上機嫌に笑った。本当に普通のおじさんだわ。
この艶戯には、テーブル以外での駆け引きがあったみたい。
それでも、最後に”虎”を引いたのは、紛れもなくおじさんの強運。
私は深々と頭を下げて、雅楽さんの方へと戻った。
雅楽さんは、私を見てクククッと笑う。
「あんた、むっちゃ稼ぐやん」
そう言って、私の手提げの茶巾から一枚の金貨を抜き取る。
「あんたを運ぶ代金、身体を綺麗にした代金、その綺麗な衣裳の代金」
「えっ、お金取るの?」
運び代は、貴族に請求して欲しいし、身体を綺麗にしてくれたのはいい。
正直、恥ずかしかったけど気持ちは良かった。
でも、この綺麗な衣裳は押し売りじゃないですか。
「当たり前やん」
「それと館主が怒って商談が無くなった分」
薄さんが続けて銀貨を数枚に抜いていく。
「まいどあり~」
薄さんがさらっと言った。
「で、あの男の人の名前は?」
雅楽さんの質問に仲介料と私は手を出す。
すると可愛げがないでと私の手を叩いて、独りでおじさんに近づいて行った。
<どうでもいいわ>
雅楽さんの商売とも、おじさんとも私は関係ない。
妓楼に寄ったのは雅楽さんの都合だもの。
まっすぐ若様、そう若様の住む屋敷に行けかったのは私の身なりと臭いだ。
今なら分かるんだけど、まさかついでの妓楼とはね。
15歳を超えている女の子が着れる養女の衣裳一式を雅楽さんが買い取ったらしい。
この衣裳代は貴族から、あるいは義父から請求するつもりだったのかもしれない。
そこはわからないけど雅楽さんなら怪しいなぁ。
<ここを出たいなぁ>
ここでかなり時間を潰してしまったのはお日様の位置で分かっている。
若様が先にお屋敷に戻ったかもしれない。
ならば私も若様の元に行きたいだけ。
まだ客の入りは少ないとはけど、それでも増えてきている。
夜になればきっと妓女さんのあの声?が漏れ聞こえてくるのだろう。
まだ日が出ているから鳥のさえずりが庭から聞こえるだけ。
私は廊下の手すりに手を掛けて庭を眺める。
とても整えられた庭だわ、それに大きな桃色の花も咲いている。
ほぉあっと欠伸が出た。
部屋の中で雅楽さんは、おじさんとまだ話をしている。
何の話をしているのだろう、どうでもいいけど。
そんな事を思っていると廊下の向こうから男女が歩いてくる。
番頭さんとその後ろを地味な衣裳の女性が小さな荷物を持って続く。
あの女の人をおじさんが引き取るのだろう。
顔に妓女の化粧は施していないから間違いないわ。
私の横でずっと帳面とにらめっこしていた薄さんも顔を上げた。
若いかな?確かにおじさんよりは、はるかに若いけど。
二人は私達の前を通って部屋に入って行く。
おじさんは嬉しそうに女性に歩み寄る。
思わずツバを飲み込んだ、熱い抱擁とかあるかしら。
実際は、あっさりしていた。
おじさんは、その女性の手を取ると別の扉から出て行ってしまったのだ。
「・・・・・」
「つまらないわね」
そう、呟いたのは、薄さん。私じゃないから。
私達より近くで見ていた雅楽さんが苦笑しながら戻ってくる。
「帰ろか」
その言葉に私はほっとする。
商談をするには時間切れのようだ。
今からだと都に着くのは夕方になるらしい。
「金貨一枚の稼ぎか、まあええわ」
薄さんも、帰るよと私の尻をポンを叩いて廊下を歩き始めた。
銀貨は薄さんの稼ぎなのだろう、まあええわ、あ、これ雅楽さんの口癖だわ。
その時、キャーという絶叫が妓楼の建物の中に響いた。
「客が何かやったな」
よくある事と雅楽さんは気にも留めていない。
雅楽さんの意見はそれとして私は薄さんを見る。
妓女は客に惚れさせるのが仕事やからと、呆れたように呟く。
「本気になるなんて馬鹿」
馬鹿か、身を焦がすような恋、確かに憧れるけど、そうよね。
妓楼の中を何人かが走っている。男衆が何か叫んでいるみたい。
そして大きな門がギィっと音を立ててドンっと閉まる音が響いた。
<正門かな?>
まさか出られない?
雅楽さんは立ち止まってその音を方向を見ている。
「まさかね」
そう呟いた雅楽さんの横で薄さんが片手を顎に当てて考えている。
ふいに風が頭の上を通り抜けた。
妓楼のどこかの扉が開いたのだろう、外の匂いが嗅いだ事のある匂いがする。
ふいに頭の中に嫌な感じの光景が浮かんだ。
「まさか」
思わず駆け出した私の肩を雅楽さんに掴まれる。
「あんたに関係あるんか?」
そう言われて雅楽さんの顔を見返す。
「無いです」
「そうやろ」
薄さんも諭すように私に言う。
「貴女は屋敷に行きたいのでしょう?」
そう言った後に言葉を足した。
「ただ、私達は出られるのでしょうか?」
雅楽さんは私の肩から手を離して押した。
「見といで、何もしたらあかんで」
「はい」
私はその場を小走りに離れて玄関の方へと角を曲がった。
二人で何やら話していたけど、まあええわ、あ、完全に口癖が感染ってる。
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