第15話 からかわれ上手の琥珀さん

馬車の揺れは都が近いせいか気にならない。

横に座っている雅楽さんは、きっと絹路(シルクロード)商会の女主人なのだろう。

まぁ、人さらいではないと思うけど人さらいから人は買ってそうだわ。

ふと前を見ると、女の人が座っていた。

黒髪を肩上で整えている、前髪は左右に分けられ顔は少し隠れている。

薄い唇が、口角が上がった。

「きゃっ!」

思わず腰が浮いた。

たしかに女性がいる、そして今、笑ったのよ。

馬車に乗って少し時が経っている。

なのに気が付いたの今だっておかしいでしょ。

顔色は良くないし馬車に住んでいる妖の類かと思った。

となりの雅楽さんには、どう見えているのだろう。

そう言えば、雅楽さんもすでに憑りつかれているかもしれない。

あの派手な衣裳、この近くの人の趣味とは思えないもの。

顔が引きつるけど眼が離せない。

他所を見た途端、私の背中に回って私の首筋に牙を立てるかもしれないもの。

お父様がここにいればと本気で願った。

冷や汗がこめかみから頬を伝った。

突然、手を叩いて大笑いする声がした。

それは聞き覚えのある雅楽さんだった。

「おばけやあらへんで、れっきとした人間や、失礼な娘やな」

「わ、わかってますよ、そんな事」

私は、お化けに会ったような顔をしていたのだろうか。

だって雅楽さんに圧倒されて周りに気が回らなかったのだもの。

雅楽さんは馬車の窓を少し開けて光を取り込む。

その光が当たって、女性がはっきり見えた。

「うちの番頭の薄(ハク)や」

雅楽さんが面白そうに教えてくれる。

私は薄さんに挨拶をする。

「影が薄いやろ、本名は忘れてしもたわ」

遅いって、薄さんって言ってしまったもの。

雅楽さんが目立ちすぎで、普通の女性が横にいても目立たないと思う。

それにしても印象の薄い女性だとは、ごめんなさい思います。

「いいのよ、もう薄で」

控えめな口調で、薄さんは続けて雅楽さんに話しかける。

「この娘さんをどうするおつもりですか?」

雅楽さんの”あかんわ”という言葉の意味を尋ねているらしい。

そして、釘を刺す。

「姫さんの嫁ぎ先とはいえ絹路商会もお金を落とす事もお忘れなく」

それを聞いた雅楽さんは私に覆いかぶさるよう耳元で囁く。

「な、うちの番頭は薄情やけど、有能やねん」

「薄情は余計です」

「じゃ、あんたならどうやってお金を稼ぐん?」

案外まじめな口調で雅楽さんが尋ねると、真顔で薄さんが答えた。

「次の町で妓楼に寄りますから、そこで働いてもらいましょうか」

見た目の印象は薄いけど、話し方はちょっと印象的だわ。

私を妓楼で働かせるという言葉が冗談に聞こえない。

それを聞いて私は驚いて声が出なかった。

「しもた、まだ寄る所があったんや」

と、手をポンっと叩いて雅楽さんは妓楼ねぇと私を見る。

年いくつ?と聞かれて14歳と応える。

「なら年明けまで、客は取らせたらあかんやん」

妓楼の規則はそうらしい、っていうか関心どこまで本気かわからない。

「若さんの事やから、てっきり幼女に見えるだけと思ってました」

それを聞いて雅楽さんは涙を流しながら笑う。

御者が何事かと小窓を開けるが、薄さんがぴしゃりを閉めた。

雅楽さんの親戚の若様に対しての発言にさすがに驚く。

<若様って、幼女趣味なの?>

「これ薄、うちの親戚の事やから、それぐらいにしたって」

おぅ怖と言いながら雅楽さんは私を見ていくら稼げるんやろと呟く。

さすがに雅楽さんは強引に話題を変えてきた。

その気持ちは分かるのですが、もう少しましな話題なかったですかぁ?

「琥珀ちゃん、もう男知ってる?」

「知りません」

「そういう事が何かは知ってるって事やね」

そう言って着物の上から胸を軽く揉まれた。

それは、とても嫌な思いがした。

思わずその腕を掴んで払うと雅楽さんは驚いたような顔をして私を見る。

払った私もわけがわからなかった、それでも襟元を整える。

「どうしたんです、姐さん?」

薄さんが雅楽さんに尋ねた。その言葉に我に返ったように呟いた。

「この娘、胸は無いけど力は強いわ」

胸が無いは余計だわ。

雅楽さんは私が掴んだ腕をさすりながら私に謝る。

「嫌な事があったんやね、うちも悪いが薄も悪いんよ」

私は襟元を直して、ペコリと頭を下げる。

「もう嫌な事はせんから」

「はい」

馬車の進みがゆっくりになって車輪の音が石畳が混じりだした。

どうやら町に着いたようだ。

外で人の声が聞こえてくる中、馬車はゆっくり進んで行く。

妓楼に寄るらしいけど働かされる事はもう無いと思う。

そうなると俄然、妓楼に興味が湧いてくる。

「なんや、嬉しそうな顔してるやん」

耳元で雅楽が私に囁いた。

思わず顔が真っ赤になる。

油断すると思っている事が顔に出る癖は抑えないとと思う。

助けを求める気はないけど薄さんの顔を見てしまった。

「興味深々って事ね、見学くらいなら頼んでみるけど」

「け、結構です」

「結構って見たいって事かな、それとも見たくないって事かな」

薄さんは、結構という言葉の曖昧さを説明してくれる。

で、どうすると真顔で尋ねてくる。

「ち、違います、あんなの見たくないです」

「あんなのって何が?」

「・・・・・」

雅楽さんが腹を抱えて大笑いする中、馬車が止まって扉が開いた。

「琥珀ちゃん、あんた面白い子やわ」

私としては全然面白くない。単にからかわれただけだもの。

薄さんは何事もなかったようにさっさと外に出る。

続いて私は両肩を雅楽さんに掴まれて馬車を出た。

「さあ、稼ぎに行くで」

眼の前に大きな門がある。

その門の少し先に大きな建物が見える。

貴族の屋敷かと思ったけど、今は屋敷とは違うようだ。

派手な色使いの装飾が所々に見える。

昼間で見ても、妖艶さが漏れ出ている。

そうか、ここが妓楼なのか。

私は雅楽さんに背中を押されながら妓楼の門をくぐった。

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