4-4

 授業をサボり屋上に行く。

 学生時代に一度は憧れるようなシチュエーションじゃないだろうか。

 しかし、今は立場も状況も違う。

「さて、覚悟はできているんだろうな」

 誰もいない屋上で凄まじい力を持った魔王と対峙する。魔王は一見冷静なようだが、その声は明らかに苛立ちを含んでいた。

 だがな、何もイラついているのは向こうだけの話ではない。

「そっちこそ覚悟ができているのか? 教室では言えなかったが、言いたいことが山程あるんだよ、こっちには!!」

 あのまま言われっぱなしというのは癪だ。

 殺されるなら殺されるで構わないが、死ぬ前に言いたいことは言わせてもらう。

「……なんなんだ、お前は一体」

「三年A組担任の小手指守だ! それ以上でもそれ以下でもない! 一介の教師としてアンタの間違いを正してやるよ!」

「間違いだと? 俺様の何が間違っていると言うんだ!」

 あぁ、どんなに凄んできても怖くない。魔王がなんだ、保護者がなんだ、こいつは俺の生徒を無意味に傷つけたんだ。その事実が俺のストッパーを完全に外した。

「上っ面だけ見て娘の頑張りを否定するんじゃねぇ! ユノーが今日の日に向けてどれだけ準備をしてきたのか! ここまでにどれだけの苦労があったか知らないだろ!」

「だからどうした! この世は結果が全てだ!」

「……それはそうだな。人生では結果が求められる場面も多々あるだろうさ。それは否定しねぇよ。けど、アンタはユノーの父親だろ!? 身内のアンタくらいは娘の成長過程に目を向けてやれよ! それを認めてやれよ! 誇りに思えよ! よくやったって褒めてやれよ!」

 正直なところ、自分が無茶苦茶なことを言っているのは分かっている。

 けど、こういうのは理屈じゃないんだよ。愛の問題だ。

「……魔王になるには圧倒的な力が必要だ。甘さは許されない。力を持つ人間にはそれなりの振る舞いが求められる。あんな人頼みの姿勢では————」

「人頼みなんかじゃない! ウルゥもカイムも俺も、ユノーだから協力したんだ。それはあいつが積み重ねてきた信頼と努力の結果なんだよ! 誰かに頼ることだって決して簡単じゃない! そうやって頼れる友達を作ろうとあいつは努力したんだよ! そして、ユノーがそうやって頑張ったのは……父親であるアンタにも認めてほしかったからだ!」

 魔王の言っていることも間違ってはいないのだろう。権力者には、自力で解決する力なんかも必要になってくるのかもしれない。

 でも、それはユノーの努力を否定する理由にはならない。俺は魔王としてではなく、父親としてどう思うのかを知りたかった。

「…………俺に認めてほしかった?」

 魔王の一人称が変わる。

「あぁ、そうだよ! ユノーは友達が欲しいという想い以上に、アンタに認めてほしいと願っていた。だからあいつは頑張った。俺なんかに相談を持ちかけて、必死に友達を作って、今日だってうまく進行できるよう、休みを返上してまで事前準備や交渉をしてたんだ!」

「な、なぜだ……? どうして、俺に認められようと……」

「んなの、親子だからに決まってんだろ!! アンタがどう想っているのかは知らんが、ユノーにとっては唯一無二の大事な家族なんだよ!! だから嫌われたくないし、構ってほしいし、愛してほしいんだろ!!」

 狼狽える魔王に対して、頭に浮かんだ言葉を思いっきりぶつける。

 俺にはもう目の前にいるのが巨大な力を持つ魔王ではなく、我が子との付き合い方に困っている一人の父親のように見えていた。

「……ユノーはこの一ヶ月どんな風に過ごしてたんだ?」

「少し、長くなるけどいいか?」

「構わん」

 少しでもユノーの頑張りが魔王に伝わればと思い、かなり冗長的ではあるが『今日までユノーがどのように過ごしてきたのか』その全てを微に入り細に入り、懇切丁寧に、時には情緒的かつ熱烈的に語った。

 ————————————そしたら、魔王が泣いた。

「うぉぉぉぉぉぉ!! ユノー、ユノー!!」

「え、あれ?」

 目の前にいるのってさっきまでと同じ人だよね?

 いや、娘には人前で泣くなとか、めっさキレてましたやん(謎の関西弁)。

「す、すまない……。ユノーもユノーなりに必死で頑張っていたんだな、と思ったら、涙が止まらなくなってな……それを知っている先生が怒るのは無理ない」

「うん、いや……はい、そうなんですけど……。なんか思った以上に物分かりがよくて、びっくりしています」

 なんなら若干引いてます。

「……自分でも驚いている。なんか先生の前だと素の自分で話せるんだ」

「こっちが素なんすね……」

「ぐははは! さすがに今時あんなコテコテの魔王もいないぞ! もちろん、周囲には必死に隠しているがな……。だからこう、素で誰かと喋るのも久しぶりなんだ」

 笑い方は完全に魔王だったけど、喋っていることは穏便以外の何でもなかった。

「いや、こっちが素なら何でユノーに厳しく接しているんですか……」

「何というか……ユノーを前にするとつい厳しくなってしまうんだ。本当はもっと甘やかしたいし、娘がよければ一緒にディ○ニーランドに行きたい」

「ちょ、イメージが崩れるんで一回落ち着いてください! なんか魔王……さんとどう話せばいいのか分からなくなってきました……」

 何、つまりあれか。親子揃ってツンデレだった……ということか?

 あと高校生の娘と一緒にディ◯ニーに行くのはわりと難易度が高いと思う。

「先生、魔王さんなんて堅苦しいぞ! 俺にはベルゼス・ゼン・マキャヴァリアスって名前があるんだからさ。ベルって呼んでくれると嬉しい。あとライン交換しないか?」

「あ、そこはベルゼスさんで、さすがに。ラインの件は一旦保留させてください。ちょっとベルゼスさんの変わりようについていけてないので……」

 なんか頭が痛くなってきた。それとアドレナリンが完全に切れたので、なんかドッと疲れたような感覚もある。この展開はちょっと予想できなかった。

 途中までは、命を懸けて魔王に挑むカッコイイ主人公って感じだったのに。

「ぬ、いけずだな……先生。まぁ、そこはおいおいだな。それで先生には頼みがあってな……娘と仲良くするのに協力してくれないか?」

「いや、娘さんと同じようなこと言わないでくれます!? ……というか、それはそこで盗み聞きしているユノーに直接言ってください」

「そ、そこにいるのかユノー!?」

「————————な、なんでバレたの!?」

 扉を開けてユノーが屋上に足を踏み入れる。

 その背後には、ウルゥやカイムをはじめとした見知った顔もあった。

「うわ、ほんとにいた!」

「……って気が付いてなかったの!?」

「いや、何となく黙って教室にはいないんじゃないかな、と思って賭けてみたんだが……というか、教室で自習って言っただろ!」

 またしてもギャンブルに勝ってしまった。

 なんか、このツケが別のところで回ってきそうな気がするぞ。

「だって……あたしの問題なのに、守を一人では行かせられないでしょ!」

「まぁ、気持ちは嬉しいけどな。それに、ちょうどよいっちゃ、ちょうどよかった。ここまでの話を聞いていたなら分かるよな? 魔王…………いや、ベルゼスさんとちゃんと話してこい。——————ってことで、俺とお前らは撤収!」

 ここは親子水入らずで話をさせてやろう。

 扉の向こうで待機しているウルゥたちに声をかけて、教室に戻ろうと————————

「い、いえ、アンタはここにいて!」

「そ、そうだ! 先生にはいてもらわないと困る!」

 ……うん、前言撤回。やっぱりこの親子は似たもの同士だわ。


「わるーい、お前ら。ちょっと先に教室に戻っててくれー」

「はーい! 早く戻ってきてくださいねー守先生!」

 家族の問題ということで、ウルゥたちはすんなりと引いてくれた。

 いや、それで言ったら俺も完全な部外者なんだけどな。

「はい、ということでどっちから喋ります?」

「ゆ、ユノーからでいいぞ!」

「い、いえ、先にお父様から!」

「いやいや、ユノーから!」

「そんな、ぜひお父様から!」

 ……なんてやりとりが三往復くらいする。

「あーもう! めんどくせー! じゃあ、ユノーから先に!」

 このままだと決まりそうもないので、俺が勝手に決めさせてもらう。

 今の成長したユノーなら、ちゃんと自分の気持ちを言葉にできると思うから。まずは先に思いの丈を言葉にしてもらおう。

「……その、お父様。ごめんなさい」

「い、いや! そ、それは俺の方こそ!」

「違うの、あたしが手紙で見栄を張ったから……お父様の期待値も上がってたんだな、と思ってる。安心させたいと思ってたのに、逆に心配させるようなことしちゃったよね……。これからはあたしなりのペースで頑張るから……それをお父様にも応援してもらえたら嬉しい」

 ユノーは気恥ずかしそうに顔を赤く染めながら、途中言葉に詰まりそうになりながらも、それでも必死に自分の言葉で想いを告げた。

「あぁ、もちろんだ。俺の方こそ……そのすまなかったな、今まで。お前には亡くなった母の分まで強く、逞しく、そして幸せに生きてほしかったんだ。だから厳しく接していたのだが、先生に言われて気が付いたよ。俺はそうやって魔王としての仮面を用意することで、お前と真正面から向き合うことから逃げていたのだと。……寂しい想いをさせてごめんな」

「お父様っ……!」

 二人は目に涙を浮かべ抱擁を交わした。

 これまでの溝を埋めるように、固く……そして強く。

 そんな様子を見ていたら、俺の方も涙が止まらなかった。もう大号泣だった。

「いや、守……泣きすぎでしょ……!」

「だっでよぉお!!」

 なんかもう三人揃って屋上でわんわんと泣いていた。なんだこの絵面。

「————そういえば、ユノー。先生からこの一ヶ月のお前の頑張りを聞いたよ。慣れない異世界の地でユノーなりに努力したんだな。その……なんだ……えらいぞ」

「あ、ありがとう……」

 号泣タイムが終わってからも、まだ距離感の分からない親子のぎこちない会話は続いた。

「それでもしよかったらなんだが……ユノの頑張りを祝して……一緒に食事でも……」

「え……! うん、行きたいっ……!」

「それはいいですね。今度こそ親子水入らずでゆっくりと」

 いいじゃないか。そうやって少しずつ親子で歩み寄っていけば。

「何を言ってるんだ、先生! もちろん先生も一緒に!」

「いやいや、もちろんの使い方がおかしいですよ!? 絶対に自分はその場にとって不要な人間でしかないでしょ!?」

「いや、俺は先生のことが気に入った。もうなんなら俺の息子にしたい! だから明日にでもユノーと結婚して、家族三人で食事をしようじゃないか」

「無理やり自分がその場にいる合理性を作り出すのやめてくれます!? 大体ユノーの意志はどうなるんですか! ユノー、お前だって嫌だよな?」

「あ、あたしは別に守と結婚しても……も、問題ないけどねっ!」

「いやいや、いつものツンデレはどうした! そこはちゃんと拒否れよ!」

 なんかもう無茶苦茶になってきた。

「さて、式場の準備をしないと……!」

「待ってください! 分かりましたから、一緒に食事には行きますから! ちょっとその結婚話を勝手に進めるのは勘弁してください!」

「あ、あたしとの結婚になんの不満があるっていうのよ!」

「そうだ、うちの可愛いユノーに文句があるっていうのか!」

「そういうわけではなく!!」

 ……もう嫌だ、この似たもの親子。

 こうして紆余曲折の末、授業参観はなんとか無事に終了したのだった。

 ちなみに、後日ユノーとベルゼスさんと三人でご飯に行くことは確定しました。

 本当に意味がわからん。

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