3-8

「じゃあ、今からチャッチャと作っちゃいますねー。守先生なんかリクエストとかあります?」

「うーん、そうね……二人の得意料理で頼む」

 なんでもいいと答えたら絶対に怒られそうだったので、とりあえず無難な解答をする。実家の母ちゃんが一番キレる言葉が「なんでもいい」だったからな。

 二十二年も生きてれば、さすがに女の人の地雷も分かるようになる。

「了解です! じゃあユノちゃん始めようか!」

「う、うん!」

 二人はガサゴソと手持ちのトートバックの中を漁り、中から可愛らしいエプロンを取り出す。ウルゥが赤で、マキャヴァリアスが黒。うん、イメージ通りの色だ。

 ……エプロン女子いいな。二人が帰ったら裸エプロンの画像を漁ろう(最低)。

「ウルゥ、これはどうやって切ればいいの……?」

「えーとね、実は切り方にコツがあってね」

 ハイボールに口をつけながら、仲睦まじく料理をする二人を眺めていた。

 ……よかったな、マキャヴァリアス。やっぱり、俺がいなくても問題なかっただろ。

 マキャヴァリアスの表情は豊かで、最初の頃の仏頂面は息を潜めていた。

 二人が楽しそうに笑っているとなんか泣けてくるな。やばいやばい、俺もいよいよ涙脆くなってきたか。こうやっておじさん化が進んでいくと思うと怖い。

「えーと、押して切る……押して切る……」

「ユノちゃん、包丁の持ち方が人殺しの持ち方だよ!?」

 ……。

「電子レンジで三分くらいかな……」

「ダメ! 卵を電子レンジに入れたらダメ! 爆発するから!」

 …………。

「え、あれ!? お砂糖どこにやったっけ……?」

「それよりまず火を弱めないと!」

「ひ、火を弱める!? み、水……水……!」

「違う違う! 油入ってるんだよ!? 今水なんて入れたら大変なことになるよ!」

 ドシャンッガシャンッ!! パリーン!! ズドーン!!

 ………………いやいやいや!? なんかすごいことになってるぞ!? 

 マキャヴァリアスの成長に感じ入っていたのだが、台所から聞こえてくるウルゥの悲痛な叫び、何かが倒れたり、落下したり、割れたりする音が否応なく耳に入る。

 もはや感傷に浸っている場合ではなさそうだった。

「お、おーい!? 二人とも大丈夫かぁー!?」

「だ、大丈夫です! 守先生は座って待っててくださいー! あぁー! ユノちゃん絶対にそれ入れすぎだから!」

「あわわわわわわわわ!」

 どう見ても大丈夫ではなさそうなんだが……。

 しかし、二人が二人三脚で頑張っているところに俺が割り込むのも野暮か。

 俺は信じて待つことにした————————

「ま、守先生……で、出来ました……」

「うぅぅぅ……」

 二人は一皿、二皿……と完成した料理を机の上に置く。

 ウルゥは気まずそうに目を逸らし、マキャヴァリアスは涙目だった。

 置かれた料理の半分は全体的に赤を基調としたスパイスが効いてそうな料理。んで、もう半分は黒を基調とした……というか完全に真っ黒な『何か』だった。

 これを料理と言ってしまったら、世の中の料理人に怒られると思う。

「……マキャヴァリアス、一応形になってよかったじゃないか」

「やめてっ……! 中途半端なフォローは逆に心苦しくなるっ……!」

「じゃあ、とりあえずこんなになってしまった食材に謝っておけ」

「うわああああん! ごめんなさいー! お米さん、卵さん、ネギさん、ベーコンさん————」

 本当に食材に謝り出した。相当ショックだったみたいだ。謝罪している食材の種類を聞いていると、なんとなく何を作ろうとしていたのが分かるな。

 とりあえずチャーハンは確定っぽい。……にしてはそれらしきものが一切ないのだが。

 全てが原形を留めていない。

「大丈夫、ユノちゃん! 誰だって最初はこんな物だよ……!」

「…………しょぼーん」

 ウルゥのフォローは虚しく、マキャヴァリアスは意気消沈していた。

 たぶん料理初心者でもここまでのものは作れないと思う。普通に料理をしてこんなものを作ってしまうのはある意味才能かもしれない。もちろん悪い意味で。

「まぁ、いいや。せっかく作ってもらったんだし食べようぜ」

 ライトノベルでは料理下手なヒロインが作った料理で気絶する……なんて描写が有名だけど、料理で気絶するなんて普通に考えてあり得ない。

 毒物が入っているわけじゃあるまいし、別に食っても死なないだろう。

 俺は苦手なものは先に食べる性質なので、まずはマキャヴァリアスの黒物質から食す。

「ちょ、無理して食べなくても……!」

「もぐもぐ…………いや、これ普通に食えるぞ。なんならちょっと美味いかも」

『え!?』

 マキャヴァリアスとウルゥは目を皿にしていた。

 いや、そんな反応するようなものを人に食わせるなよ……。

「あ、アンタあれでしょ……? 本当は美味しくないけど、あたしを傷つけないために無理して言ってるんじゃないの……?」

 あぁ、それもラノベとかで定番なやつだ。

「いやいや、俺がそんな気を遣えるやつだと思うか?」

「……たしかに」

「即答されると複雑だな、おい」

 つまりそういうことだ。この黒い物体は本当に不味くない。見た目はすごく禍々しいけど意外と美味しかった、みたいな……これもラノベとかでありそうな展開だな。

「よ、よかったね! ユノちゃん! わたしも一口食べてみよー!」

「これが怪我の功名ってやつかしら……あ、あたしも食べてみる!」

 二人も俺に続いて、マキャヴァリアスが合成した黒物質を口にした。

「苦っ!? な、なんかすごくケミカルな味がするよ!?」

「まずっ! ウルゥ、こんなの食べちゃダメだよ……!」

「え、嘘だろ? 普通に食えるじゃん、これ」

 一体何を言っているんだ。よほど舌が肥えているのか。

 もちろん超美味しいわけではないけど、食べ物としては許容範囲だろ。

『!?』

 二人は化け物を見るような視線をこちらに向けて、俺から距離を置いた。

「ユノちゃん、絶対に守先生の味覚っておかしいよね!?」

「間違いないわ……。お酒の飲み過ぎで舌がバグってるのかも」

「あれが美味しいならその辺の雑草も食べれるよね……?」

「ほ、本人が気がついてないなら、あたし達が指摘するのも野暮かも……」

「守先生のお弁当を一生懸命作るのがバカらしくなってきたよー」

 こちらをチラチラと見ながら二人は密談をしていた。

 ……あれ、またオレ何かやっちゃいました? 

 まぁ、いいや。この黒物質が意外と酒に合うんだよな。ハイボールのつまみに黒物質を食す。うん、美味い。

 それからマキャヴァリアスとウルゥはなぜか少しだけよそよそしかった。


 二人が作った料理に舌鼓を打ち、他愛もない話をベラベラとしていたら、いつの間にか外は暗くなっていた。遅い時間まで女生徒を部屋に置いておくわけにもいかないので、いよいよ本日の会はお開きということになる。

 さすがに掃除や料理までしてくれた二人を玄関で「はい、さよなら」というわけにもいかなかったので、学生寮の前まで送ることにしたのだった。

「守先生、わざわざ送ってもらってありがとうございました!」

「俺の方こそ今日はありがとな。何だかんだ充実した一日だったわ」

「えーそんなこと言ってー。ただ酔っ払ってるだけなんじゃないですかぁ?」

 地味に恥ずかしいことを言ってしまった。……確かにちょっと飲み過ぎたかもな。

 そんな俺をウルゥはケラケラと笑いながら揶揄ってきた。

「あはは、そうかもな。まぁ、ってことで……また学校でな」

「はーい! バイバーイ、守せんせー!」

 ウルゥは大きく手を振りながら学生寮の方に向かって歩き出す。

「……ん、お前も戻らなくていいのか、マキャヴァリアス?」

「ユノちゃーん! ほら行くよー!」

 そんな中でなぜかマキャヴァリアスはその場から微動だにもしない。

 何かを言いたそうにモジモジと手のひらを擦り合わせていた。

「ウルゥ、ごめん! ちょ、ちょっと話したいことがあるからー!」

「わかったー! 守せんせー! ユノちゃんに手を出したら承知しませんからねー!」

「出さんわ!」

 ウルゥは言うだけ言って学生寮の中に入ってしまった。

 さて、マキャヴァリアスと二人きりになる。思い返せば、いつもミッシェルもセットだったので、こうして二人きりになるのは初めてかもしれない。

「それで……どうした?」

「そ、その今日は急に押しかけてごめんなさい……」

「あぁ、それな。さっきも言ったけど何だかんだ楽しかったからいいよ、別に」

 開口一番にマキャヴァリアスから謝罪をされる。

 本当に初めて話した時とまるっきり印象が違うな。ただ、この一週間関わってみて分かったことは、彼女が思った以上に素直であるということだ。

「あと、もう一つだけ言いたいことがあって……」

「なんだ、告白か?」

「ち、違うわよっ! ば、バカじゃないの!?」

「冗談冗談」

 ははは、耳まで真っ赤にしてるよ。こういう反応をされると揶揄い甲斐がある。

「もう、揶揄わないでよね……。その、一回しか言わないからよく聞きなさいよ」

「なんだ……?」

「この一週間————————ありがとう。おかげで学校生活がすごく楽しい」

 マキャヴァリアスは飛びっきりの笑顔を見せてくれた。

 その表情が可憐でつい見惚れてしまう。おかげで二の句が継げないでいた。

「…………何か言いなさいよっ!」

「えーと、ご馳走様?」

「何が!?」

 テンパって訳のわからないことを言ってしまった。

「もういい、アンタと喋ってると調子が狂うわ……じゃあ、引き続きよろしくね」

「お、おう! またな」

 マキャヴァリアスは背を向けて学生寮の方に向かって歩き出す。

「……あ、そうそう。今後はユノーでいいから」

「ん?」

 振り返ったマキャヴァリアスがよく分からないことを言い出した。

「だから、ユノーでいいから! あたしも守って呼ぶし!」

「お、おう。分かった……マキャ————」

「ギロッ」

 めちゃくちゃ睨まれた。怖いです。

「えーと、ユノー?」

「————————じゃあね、守」

 今度こそマキャ……ユノーが振り返ることはなかった。

 一人ポツリと取り残される、俺。しばし起こった出来事を咀嚼する。

「いや、守じゃなくて守先生だろ……」

 俺のツッコミがユノーに届くことはなかった。

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