3-8

 告白という一大イベントがあったことが嘘みたいに、それから特になにもなかった。

 うん、まぁ、予想通りです。

 秋津さんとは他愛のないことを話すだけでした。


 「あ、ショウリョウバッタ」「あ、イナゴ」「あ、トノサマバッタ」みたいな感じで……いやバッタの話多すぎだろ。

 どんだけバッタ好きなんですか、秋津さんは。

 そんなこんなで、バッタを捕まえようとする秋津さんを制止しながら歩くこと数分、鷺ノ宮が言っていた小川に到着した。


 川の幅は少し足を広げたくらいで、深さは足首がギリギリ浸かれるくらい。

 清らか、という言葉が大げさではないくらい澄んだ色をしており、透明な水面は太陽の光を反射してキラキラと輝きを放っていた。


「じゃあ、ちょっとズボンとか脱ぐんで後ろ向いててもらっていいですか」


 言うまでもなく、ここに来た目的は汚れたズボンと下着を洗うことだ。

 まさか十七歳にして自分がお漏らしをする……なんて想像もしてませんでしたが、悲しいことにこれが現実なんです。


「断るわ」

「なんで!?」

「好きだからよ」

「じゃあ仕方ないですね————とはならないですから! そんな万能じゃないですよ、その言葉は!」


 思わずノリツッコミをしてしまった。

 まったく、男の着替えなんて見ても何もないでしょうに。


「好きな人の性器を見たいと思うのは当然のことだわ」

「いや、え、どうなんでしょ。男には少なからずそういう欲求はありますが……」


 女の人にもそういう欲求があるのだろうか。

 童貞には分かりません。だれかエロい人、教えてください。


「自分にないものって気になるでしょ?」

「それは、まぁ、たしかに。俺も興味ありますし。でもですよ! どちらにせよ、俺が恥ずかしいんで、今回は遠慮してもらえますかね!?」


 全裸になること自体は嫌いじゃないのですが、『見ます』と宣言された状態で股間をまじまじ見られるのはさすがに嫌なんですよね(ワガママな変態)。

 それに見たところで、ですよ。どうぜゾウさんのモザイクがかかってますし。


「断るわ」

「あのですね、ちょっとは諦めるって言葉を覚えてください!」

「じゃあ、わたしも脱ぐわ。これが等価交換よ」

「ちょっと何言っているかわからないんですが!?」


 何、その頭のおかしい提案。

 この人は羞恥心という概念をお母さんの子宮に忘れてしまったのか。


「ぬぎぬぎ」

「ちょ、脱がないでくださいよ!?」


 秋津さんは有無を言わさず着ていたYシャツを脱ぎ捨てる。

 わお、生まれたての姿。ちゃんと謎の光が大事なところは隠していますが、むしろ隠されている方がエロいんじゃね? っていう状態です。

 僕思うんですよ。アニメのブルーレイ版とかで乳首解禁されることあるじゃないですか。いや、ね。たしかに見れるものなら見たいというのが人情だと思うんですがね。

 あれ、たまに解釈違いが起こってることありません?


 色、形、乳頭や乳輪の大きさ。これ、かなーり大事な要素だと思うんですよ。

 適当にポチってつけておけばいいものじゃないんです。そのキャラクターの属性や性格、それらすべてを考慮した上で入念に描く必要があります。

 それくらい乳首って大事なんです。乳首を笑う者は乳首に泣きます。

 もし、あなたの推しキャラの乳首が想像と違ったらどうしますか? 思ったより黒ずんでいる、乳輪がでかい……許せますか?

 素晴らしい乳首を描く自信がないのであれば、むしろ乳首は描かない方がいい。


 なぜなら、ユーザーの頭の中にはそのキャラクターの理想の『乳首像』があるからです。それを破壊するような権利は、たとえ神にすらないと思っています。

 だから、これから乳首に挑む多くの者たちよ。

 きちんと乳首向き合ってください。それが私の願いです。想いです。

 まぁ、つまりですよ。秋津さんの乳首は猫箱の中にある。それがいいんです。

 シュレーディンガーの猫ということですよ(違う)。


「江古田くん、そんなじっとと見られると……少し恥ずかしいわ」

「あ、すみません!」


 秋津さんは少しだけ恥ずかしそうに身をよじっていた。

 そう、これだよ! これが女の子がすべき反応! いい、素晴らしい!

 リトル・俊介も喜んでいます。堂々とされるよりは恥じらいがあった方がいい。いや、むしろないとだめでしょう。羞恥心がない……なんて思ってしまいましたが、秋津さんも少しずつ感情を手に入れているのかもしれませんね。

 これも恋のおかげ……? 

 まぁ、相手が俺というのがなんともコメントしづらいとこですが。


「ってことで、秋津さん。わかったでしょ? 異性に裸を見られるってのは恥ずかしいんです。俺の気持ち理解してくれましたよね? そういうことで早く服を着て後ろを向いてください。今から俺も着替えるんで」

「それとこれとは話が別よ。江古田くん、早く脱いで」

「はぁ……そんなに言うなら勝負でもしますか」

「勝負?」

「はい、俺が負けたら文句は言いません。その代わり秋津さんが負けた場合は、諦めて後ろを向いてもらうということで」


 このままじゃ埒があかないのでそう提案をした。押し問答を繰り返すよりは、勝負事で雌雄を決する方が建設的だろう。

 さて、肝心なのはなんの勝負をするのかということだ。出来ることなら自分にとって有利な種目で競い合いたいところだが……。


「じゃあ、互いの指の骨を順番に折っていって、先に泣いた方が負けっていうのは?」

「……ん? …………いやいやいやいやいや!? なに言ってるんですか!? なんなんですか、その狂気的かつ猟奇的な発想は! 却下です!」


 カ◯ジの禍々しいゲームすらまともに見える。

 なんだかんだ、あれはきちんとゲーム性などがあった上での狂気だからな。それに比べて、秋津さんの提案はもはやゲームでもなんでもない。

 こんなのものは頭のおかしい人専用の我慢比べだ。百害あって一利なし。この勝負を受けるくらいなら、大人しく服を脱いでしまった方がまだ実害が少ないだろう。


「じゃあ、『相手の人間としての尊厳』を先に奪った方が勝ちゲームは?」

「こわ!? めちゃくちゃ怖いんですけど! 人間としての尊厳なんて簡単に奪えるようなものじゃないですよね!?」


 具体的に何をされるのか想像つかない分、余計に恐ろしい。


「フフフ」

「このタイミングで笑わないでください! 一体、何をする気なんですか!? ……いや、やっぱ聞きたくないです! とにかくこの案も却下で!」


 秋津さんに何をされるのかが怖すぎて当然のように却下。こんな俺でも人間としての尊厳くらいは守りたいです。


「じゃあ、江古田くんはなにかいいアイディアがあるの?」

「そ、そうですね……じゃあ……」


 考えろ、俺。自分に有利かつ身体的なリスクがない勝負を。俺が得意なこと……得意なこと…………そうだ、笑いがあるじゃないか。

 俺は人に笑われることが得意だ(笑わせるではなく笑われる)。道化力だったら俺の右に出るものはいないだろう。

 そして、秋津さんは見るからに人を笑わせるのが苦手そうだ。もちろん、なかなか笑わないという高い防御力を持っているが、長期戦になれば自力の差で間違いなく俺が勝つ。

 これしかない。これなら勝てる。


「秋津さん。では、先に笑った方が負け……というのはどうでしょ?」


 さて、問題は秋津さんが勝負を受け入れるか。

 明らかに自分にとって不利と判断し、提案を却下されることは大いにあり得る。

 そうなったら、また別の勝負案を考えないといけないが……。


「わかった、じゃあそのルールでいいわ」


 よし、秋津さんが勝負に乗った。自分なら絶対に笑わないと考えたのだろうか。

 甘いですよ、秋津さん。俺はこれまで幾度となく笑われてきた実績がある。それに秋津さんも全く笑わない無感情モンスターではない。

 これまでに何度か笑顔を見せてくれた場面があった。

 その前例があれば十分。見せてあげましょう、ピエロ・俊介の力を!


「では、早速スタートしましょう! 先行は俺がもらいます! いくぜ、俊介七つ奥義の一つ!みだれアヘ顔ダブルピース!!」


 この技は真顔とアヘ顔ダブルピースを一瞬のうちに繰り返す。

 コンマ一秒で変化する表情に相手は笑いを堪えることができない!


「変な顔ね」

「ふっ……やりますね、これくらいじゃダメですか」


 さすがは秋津さん。こんなのではビクともしないな。

 だが、まだまだ俺の技はこんなものじゃない。


「では、続けていきます! 俊介七つ奥義! 顔面ア◯ル!!」

 この技は顔面で肛門(*)を表現する。あまりのリアリティーにモザイクは必須。

 駄目押しでパラパラを踊れば相手は笑いを堪えることができない!


「変な顔ね」

「……ふっ、まだまだこんなもんじゃないですよ!」


 それから『高速ハイハイ』『エア四十八手』『キノコの名前(イケボ)』『謙虚すぎるゴリラ』『ピチピチの海老真似(ガチ)』と数々の奥義を披露するも不発。


「もう、おわり?」


 思った以上に秋津さんの守りは固かった。笑いのツボがどこにあるか分かれば、それに合わせたギャグを披露できるのだが……。

 とにかく、今は作戦の立て直しが必要だ。そのための時間がほしい。


「はぁ……はぁ……一旦俺の攻撃はいいです。次は秋津さんの番です」


 秋津さんの攻撃はたかが知れているので、軽く聞き流してツボにはまりそうなギャグをなんとか考え出してみせる。いわば休憩タイムだ。


「そう、わたしの番ね」


 果たして秋津さんが何を言うのか、余裕だと思いつつも緊張はしてしまう。

 もしかしたらクリティカルヒットする可能性もなくはない。大事なのは最初のギャグ。それさえ耐えられればなんの問題もない。


「……ごくり」


 思わず生唾を飲み込んでしまう。一秒が長い。

 意識的なのか偶然なのかは不明だが、絶妙な間の取り方だ。これでシュールギャグでも飛んでこようものなら笑ってしまう可能性もゼロではない。


「江古田くんにお願いがあるの」

「……なんですか?」

「笑って」

「ん? それなんかのギャグですか?」


 拍子抜けしてしまった。どういう意図なんだろこれは。あれか、笑っちゃ駄目な勝負なのにあえて『笑って』とお願いしてみた! 的な? 

 ……うん。やはり、秋津さんにギャグセンスというものはないようだ。

 よかった、取り越し苦労だったな。このレベルならもう問題はない。


「江古田くん、笑って」

「どんなにお願いしても駄目ですからね」


 仮に上目遣いで、猫耳を装着し、語尾ににゃんとつけても懇願されても断る。あ、でもイラスト化できるならそれはそれで見たいかも……いかんいかん。

 とにかく、これは真剣勝負だ。そんな色仕掛けに屈するような俺じゃない。

 浮世離れしている秋津さんに現実というやつを少し教えてあげよう。


「どうしよう、困ったわ」

「……頑張ってギャグの一つでもひねり出してみてください」


 すみません、秋津さん。今回は俺も心を鬼にします。秋津さんに不利な勝負だと分かっていましたが、勝負を受けた以上は手加減しませんよ。


「本当に困ったわ。江古田くんが笑ってくれないなら……壊すしかないもの」

「こ、壊す?」


 え、なになに。急に物騒な話になっているんですが。

 一体何を壊すんでしょうか。既得権益、社会の悪、それともN◯K?


「江古田くんの心」

「うへ? ——ちょ、何やってるんですか、秋津さん! そ、そんなところ触らないで、ちょ! いや! らめぇえええええええ!!」


 ————そこから先の記憶はない。

 気がついたら顔を涙、よだれ、鼻水でぐちゃぐちゃにして、壊れたような笑いを浮かべている俺がいた。そして、それを客観視する魂の自分がいるという構図。

 魂と肉体が恐ろしいくらいに乖離していた。幽体離脱。

 なんかいつの間にか体を縄で縛られてるし……いやマジで何されたんだ、俺。

 とにかく、このまま壊れているわけにもいかないので魂を肉体の中にぶち込む。


「ハッ!? 俺の身に一体何が……?」

「おかえり、江古田くん。これでわたしの勝ちね」

「あ、秋津さん……? 俺に何をしたんですか……?」


 なんかやばい薬とか打たれたのかも知れない。


「ちょっと、くすぐっただけよ」

「くすぐりだけでこんな状態に!?」


 一瞬でも人の心を壊す恐ろしい技だ。とんでもない高等技術。これ女の子相手にやったらエロいことになりそう。ほんと男ですみません。需要なし。


「もう一回する?」

「やめておきます! 降参です!」


 もう一回する? の言い方がちょっとえっちだな……とか思ったけど、そんなことはどうでもよくて、とにかく意識がぶっ飛ぶようなくすぐりを味わうのは勘弁願いたい。


「じゃあ、早く脱いで」

「はひ……」


 俺は涙を堪えてズボンとパンツをずり下ろす。

 やっぱりめちゃ恥ずい。

 見たくない人に見せるのは恥ずかしくないが(というか犯罪)、積極的に見たがっている人にはむしろ見せたくなくなる。天邪鬼なんだろうか。


「このゾウのモザイクはどうしたら消えるの?」

「……わかりません。ブルーレイ版か。十八禁版じゃないですかね……? まぁ、そんな誰得な映像のために誰も買わないと思いますけど」


 秋津さんはまじまじとリトル・俊介を観察している。

 あーこれ、もう駄目だな。すみません。……元気になっちゃいました。

 美少女にこんなに見られたら、そりゃこうなりますぜ。


「何度見てもすごいわ、海綿体の神秘」

「何度も見るものじゃないですけどね!? というか、もう服着替えますからね!」


 そもそも着替える時に後ろを向いてもらうか、もらわないかの話であって、ずっとリトル・俊介を見せている必要性はないわけだ。

 であれば、早々に着替えてしまった方が恥ずかしさも軽減される。俺は用意していた金色の全身タイツに速やかに足を通そうとする————


「江古田くん待って、それなに?」

「え、これですか? いや、見ての通り全身タイツですが……金色の」


 なぜか秋津さんは全身タイツに興味を示す。

 ウィーーーーン。俺の頭の中でサイレンが鳴っている。

 秋津さんが何かに興味を示す、というのはなにやら危険なにおいがするぞ。


「わたし、それ着てみたいわ」

「……駄目ですって! 俺が鷺ノ宮からなんて言われるか」


 こんなぱっつんぱっつんの服をノーブラの秋津さんに着せようものなら、主に一部分を見れなくなることは容易に推察できる。

 そして、そんな状態の秋津さんを連れ帰ったら、鷺ノ宮の頭からツノが生えてくることもまた当然のように想像できてしまった。


「また、心壊す?」

「どうぞ、着てください」


 あれは一度味わったらもう二度と体験したくない。というか、当然のように『心壊す』って言葉をチョイスする秋津さんが一番怖い。

 ……まぁ、それに対処のしようはいくらでもある。


「秋津さん着てもらってもいいですけど、最後にシャツを羽織ってくださいね」

「うん、わかった」


 これで”秋津さん”の問題は解決することができる。

 問題は俺だ。下に履くものが一切ない。

 上に着ているインナーではどうやっても股間を隠すことができない。


 かといって濡れた下着やズボンを履くのははばかれる。かくなる上は————

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