第5話 サミーという女:後編
「私のこと知りたいって……どういう?」
サミーは赤面したまま、目を泳がせた。
「何でパチンコを打ってるのか、どんな人生を歩んできたのか、どうして定職に就かないのか。色々だよ」
いつの間にかできてきた、私の初めての友達。
知りたいことは知るまで質問する。それが私だ。そうやって知識をつけ、能力を得て、公務を全うしてきた。
私の質問にサミーは俯いた。酒の影響か、顔はまだ赤いままだ。
「大した理由はないし、聞いてもつまらないよ」
「それでも知りたいの。私の友達を名乗るサミーが、どんな人間なのか」
「……私は別に普通の家に生まれたよ。アムテックス王国の平均年収世帯に生まれた、何一つ特徴のない、普通の女の子だった」
特徴がないとは思えない。例えば私の「顔」の話題が出たが、サミーだって顔は整っている。小柄で可愛い部類に入るだろう。男性ウケするかは別問題だが。
「勉強は苦手だから進学はしなかった。せっせと毎日働けるほど真面目じゃないから就活もしなかった。気がついたらフリーターになってて、何となく実家に居づらくなって、このボロアパート借りて……」
サミーは自身の20年を咀嚼するように言葉を紡いだ。
「何の理由もなく、惰性でパチンコを打ってみた。そしたら楽しかったし、お金も手に入るし、まぁ失うことの方が多いんだけど。でもパチンコはこんな私でも唯一夢を見られる場所だった。パチンカスはみんなカスだから、カスである自分を肯定できた」
サミーは自虐気味に話すが、重苦しい空気は出さなかった。
「映画や小説だとさ、例えば病気の親兄弟がいるとか実家に借金があるとか定番じゃん。でも私はそういうの無いの。何となく生きてたらフリーターになってて、何となくパチンコ始めてたら辞められなくなってた」
それだけだよ、とサミーは締めて笑った。
「何だか似てるね、私に」
「似てる? メーシーが私と?」
サミーは驚きながらも笑っていた。「王女様と何者でもない私が似てるわけないでしょ〜」と高笑いすらあげていた。
でも、私は確信している。私とサミーは似ているんだ。
「退屈していたんじゃない? 自分自身の人生に」
「ッ!?」
サミーの顔が強張った。
常に笑顔ではあった彼女の顔から、初めて笑顔が消え去った。
「私は王族として生まれたけど、三女で王位継承権は7位。政治の中枢を担うことはなく、やりがいの薄い公務ばかりして、将来はどこかの貴族と結婚させられるのは明白。そんな何もかもが中途半端で、でも先行きはすべて決まった人生だった。刺激も感動も高揚も無かった」
「メーシー……」
「でも昨日、パチンコとサミーに出会った。最初は意味分からなかったけど、大当たりしたら楽しくて、帰ってからもずっとパチンコのことが頭にあった。もう二度と打たないと思っていたのに今日また打ちに行った。当たらなくて悔しくて、でも人生で『悔しい』って思えるほど本気になったものが無いことに気がついて、嬉しかった。夢中になるものに出会えたから」
そしてサミーが、友達と言ってくれた。
これは恥ずかしいから言わないけど。
「だから感謝してる。あの時私のドレスを掴んでくれてありがとう、サミー」
「メーシー……ちょ、やだなぁ。泣けてきちゃう。歳取ると涙腺が緩むんだよ〜」
「まだ20歳でしょ、まったく……」
サミーはぽろぽろ涙を流した。
5分経って、サミーの涙が落ち着いた。サミーは「よし!」と立ち上がって、
「ねえメーシー、今日泊まっていきなよ」
「え、いいの?」
「あ、むしろこっちがいいの? だよね。王女様って外泊とか……」
まぁたぶん大丈夫だろう。今日は仕事もないし、門限もない。
「お言葉に甘えようかな。友達の家に泊まるの、憧れだった」
「それは良かった。明日私は休みなんだけど、メーシーはパチンコ行く?」
「……ううん。公務があるから。今日だって18年で初めての休みだったの」
「そっ……か。じゃあ一緒にパチンコ打てる日は遠そう、だね」
サミーは「遠い」という言葉を使った。暗に「もう二度とない」を意味するそれに、今度は私の目から涙が溢れそうになる。
「あー、もったいないな〜明日は7がつく日なのに」
「関係あるの? それ」
「ありあり大アリだよ。7のつく日は店が釘を開けてて、勝ちやすいんだよ! だいたい1000アムテックスで15回転くらいでしょ? 7のつく日なら20回る台もあるんだよ!」
「そんなに!? それはすごいね」
パチンコにも良い日・悪い日があるようだ。
「あれ? だったらそのいい日だけ打てばいいじゃない。なんでサミーは知識があるのにほぼ毎日打ってるの?」
「……パチンカスはね、毎日打たないと死んじゃうの」
なんという誇張表現だ。なるほど、ようやく「カス」の部分に腑が落ちた気がする。
翌朝。私はぐーぐー眠るサミーに声をかけず、「ありがとう」の置き手紙だけ残して宮殿へ戻った。
「よおメーシー、今日は俺と仕事だな。魔法界の重鎮との会議、大仕事だが頼むぞ」
「ディライト兄様。お久しぶりです」
声をかけてきたのは金髪・甘いマスクで若い女性に人気を博す王位継承権第3位、ディライト・アムテックス。私の実兄だ。
この人は若くして魔法界のトップを担っている。
兄様が魔法に関するルールを定めてから、劇的に治安は安定した。
①往来での攻撃魔法の使用は認めず
②科学発展のための魔法研究に資金投入を顧みぬ
③科学と魔法の組み合わせで、街を豊かに
まさに時代の革命児。こういう人間がきっと国王になるのだろう。継承権は3位だが、1位・2位は父上の弟たちなので年齢的にディライト兄様が1位のようなものだ。
そういえば、パチンコも魔法と科学の融合だ。
気が付かぬところで、兄様は私の夢中になるものを間接的に作っていてくれたらしい。
じゃあ、これは製造者責任だ。
後ろめたさはある。
正義感がそれを許さない。
でも、だとしても、それでも!!
「ごめんなさい兄様! 今日はお仕事に行けません!」
「はっ?」
ディライト兄様は困惑したような表情を浮かべた。
私だって公務をサボるなんて有り得ないと思う。
でも、どうせ私の顔が見たいだけの魔法界重鎮と会う退屈な世界より……
7のつく日のパチンコの世界の方が、私にとっては虹色に輝いているから!
「ごめんなさい!」
私は再び頭を下げて、駆け出した。
ディライト兄様は呆気に取られたようで、何も言えず口をぱっくり開けたままだった。
「サミー! サミー!」
王都にて私は叫んだ。
あの女性に会いたい。
ちゃっかりした笑顔が可愛い、あの女性に。
私を友達と言ってくれた、あの女性に!
「あっ! メーシー王女だ!」
「王女様ー! サインくださーい」
「王女様、物価を下げるようお父上に進言を!」
「ごめんなさい!」
一喝するように、国民に向かって頭を下げて叫んだ。
「今日は皆様の相手をしていられません。だって今日は、7のつく日ですから!」
私は再び駆け出した。そして探す。あの黒髪を、ちゃっかりした笑顔を!
「サミー!」
「め、メーシー!?」
「サミー! やっぱりここにいた!」
サミーは予想通り、昨日・一昨日と同じ店にいた。
「どうしたのメーシー、公務があるんじゃないの?」
「ふふ、宮殿を飛び出してきちゃった」
「はぁ〜? 何やってるのさあんた!」
サミーの顔はどんどん青ざめていった。政治に興味なくても、何を意味するのか理解しているみたいだ。
「いいからいいから。仕方ないでしょ、だって今日は……」
サミーの隣の台に腰掛けた。10000アムテックスを入れて、ボタンを押して銀玉を上皿に流す。
「7のつく日で熱い、でしょ?」
「メーシー……よ〜しっ! 絶対3万発出すぞ〜!」
「お〜!」
◆
この世界には魔法がある。
この時代では科学革命が産声を上げようとしている。
そんな世界のそんな時代で、アムテックス王国第3王女のメーシー・アムテックスはフリーターの少女、サミーと出会う。
そして同時に、パチンコにも出会った。
これは、世界に退屈さを感じてもがいていた少女メーシーが
何となくパチンコを始めていて、いつのまにかパチンカスになっていた少女サミーと出会い
自らもパチンコ・ひいては人生について考える……かもしれないし、ただのパチンカスになるだけかもしれない。
そんなちょっぴり変わった物語である。
プロローグ:王女とパチンコ、出会う:完
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