パチンコ令嬢〜今日は7のつく日なので公務はサボります〜

三色ライト

第1話 退屈な人生とパチンコ

 人生は、退屈だ。


「王女様、ハマリー男爵の謁見準備が整いました」


「……分かったわ。通してちょうだい」


「かしこまりました」


 クラシカルなメイド服を1ミリの乱れもなく着こなすメイド長が頭を下げ、応接間の敷居を跨いだ。


 これから数分もすればあの小太り男爵がやって来るだろう。公務とはいえ、億劫な気持ちになる。


 私はメーシー・アムテックス。

 ここアムテックス王国の国王の三女に生まれ、王位継承権は7位。


 王になることも実質なければ、政治の中枢を担うこともない。かといって仕事がないわけではなく、しかし重要な仕事は回ってこない。


 生殺し・無為・退屈で仕方ないのだ。18年生きた、このメーシー・アムテックスの人生が。


「失礼いたしますぞメーシー王女」


「こんにちはハマリー男爵。息災のようで何よりです」


「メーシー王女こそ、相変わらず麗しい黄金の髪ですな。あまりの美しさに失明してしまいそうだ」


 とりわけこの男は嫌いだった。

 私の外見だけを褒め、言葉の節々に「どうせ重役にはならぬ」「どこかの貴族と結婚して子をこさえるだけの道具」「今のうちにパイプを作って、自らの爵位を上げる」


 そんな思惑が透けて見えるからだ。


 そんな男とも、一応握手はせねばならぬ。それが王族としての仕事なのだから。


 コロン……


 男爵のスーツの袖から、銀色に輝く玉が一つ落ちた。見た目に反して重厚な音色を奏でたそれは絨毯の柔毛を押し潰し、男爵が慌てて拾い上げた後にも跡が残っていた。


「ハマリー男爵、そちらは?」


「あぁ、いえ! 最近王都で流行っている遊戯の玉ですよ」


 遠回しに「お前には一生縁のないこと」と言われた気がする。


 序盤にそんなアクシデントこそあったものの、会議はつつがなく進行した。




「お疲れ様でしたメーシー様。次は馬車での外遊で国民との触れ合いの時間にございます」


「ええ、分かっているわ」


 幸い国王である父は有能だ。国民からの支持も厚く、敵意を持っている民は僅かだろう。

 だから王女である私も安心して外遊できる。……が、たまに襲撃されれば人生に抑揚がつく。そんな野蛮な想像に耽溺してしまうほどに退屈だ。


 馬車は舗装された道を小さな音を立てて闊歩する。私に気がついた国民が歓声を上げ、頭を下げる。私はそれに応じるように手を振る。


 刺激のない、夢も持てない、18年のルーチンワーク。


 しかし今日はほんの少しだけ、様子が違った。



 バキッッッ!



 木が割れるような音と、お尻を浮かすような衝撃。


「王女様はここに。様子を見てきます!」


 メイド長が意を決したように馬車の外へ飛び出した。

 車内に緊張が走る。護衛の騎士たちは剣に手をかけていた。


 なんだなんだ、少し面白くなってきたではないか。


 しばらくするとメイド長が戻ってきた。私の期待に反して、安心したような表情だった。


「申し訳ございません王女様。馬車が経年劣化で壊れてしまったそうで……すぐに修理できる者を探しますので」


「そう」


 誰にも悟られぬよう肩を落とした。



 1時間が経ち、ようやく職人が来たようだった。


 ただ、ここで私に問題が発生した。


「メイド長、どこかにお手洗いはないかしら」


「も、もう少し我慢できませんか? 王都でお花摘みは危険です」


「でも漏らせば尊厳と威厳が……」


「それは……そうですね。すぐに探して参ります」


 私は人生に退屈している。それは間違いない。


 でも人としての尊厳を捨てたわけではない。路上でお漏らしはごめんだ。それは私が王女でなかったとしても変わらぬ価値観だと思う。


 メイド長は走って探しに行ってくれたが、もう限界が近い。


 ふと、視線の奥にある商店の看板が目に入った。


【パチンコ・スロット シルバーセブン王都店】


 一見広そうな敷地に立っているオレンジ色の目立つ店。あそこならトイレくらいあるはずだ。


 後でメイド長に怒られるだろうが、漏らすよりマシだ。

 私はそっと馬車から抜け出して、オレンジ色の店に向かった。


 ドアは魔力と近年急発展している科学技術だろうか、自動で開き、自動で閉まった。便利なものだ。


「ッ!」


 が、ドアが開いた瞬間、私は耳を塞いだ。



 ジャラジャラジャラジャラジャラジャラ!

 ポポン! ポン!

 ピロロロロリ〜ピロロロロリ〜

 渾身プッシュぅぅぅ!

 ジャンフォギアァァァァァァァァ!



 記憶にないほどの、爆音たる騒音。

 客たちは誰もその音に疑問を抱いている様子はなく、何やら一列に並んで座って壁に向かって押し黙っている。


「な、なんだこの異様な店は」


 まるで異世界に来たような、そんな気分。


 照明は明るく、宮殿にも匹敵するほど柔らかな絨毯。

 身なりのいい店員に反して、客はガラが悪いのが多い。


 異様だ……なんて思っている間に膀胱が限界を示した。


「す、すみません。お手洗いはどこに」


「えー?」


 一番近くで座っていた上下ジャージのしどけない少女に声をかけるも、騒音で聞こえていないようだった。


「お手洗いは! どこですか!」


「あー、あっちあっち」


「ありがとうございます!」


 礼も不完全に、私はトイレへ駆け出した。




「ふぅ、危なかった」


 このメーシー・アムテックス。第三王女といえどまさか漏らすわけにはいかない。


 トイレを出ると再びあの騒音が耳をつんざいた。


「早く戻らねばメイド長の説教が伸びるな」


 出口へ向かおうとした瞬間、私のドレスを誰かが掴んだ。


「ッ!?」


 そんな不敬なことをする人物は、これまで誰もいなかった。


 しかし、先ほどトイレの場所を教えてくれた少女はさも当然のように私のドレスを掴んでいたのである。


 少女は肩までで切り揃えられた黒髪を揺らしながら笑い、しかし心は笑っていないようだった。


「ちょっとお姉さんさぁ、トイレだけ借りて打たないのはマナー違反じゃないの?」


「ま、マナー違反?」


 この私がマナーに反していると?

 一応これでもどこに出しても恥ずかしくない教育は受けてきた。

 そのような言葉は、聞き捨てならない。


「作法を知らず申し訳ありません。ではどうすればよいのですか?」


「打てばいいんだよ打てば。ほら隣空いてるよ」


「打つ……」


 打つ、というのがよく分からない。

 見ると少女は左手は私のドレスを掴んでいるも、右手は何かを握りしめていた。


 少女の隣に腰掛けると、目の前には大きな液晶と、無数の金属釘が打ち込まれた板があった。


「こ、これは?」


「パチンコ。最近王都でめっちゃ流行ってるんだよ知らないの?」


「知りません。というか貴女は……」


「私はサミー。お姉さん初めてなら教えてあげるよ」


 私のことをお姉さんと呼ぶ……私がメーシー・アムテックスと気がついていない? そんなまさか……


「お金持ってる?」


「これで足りますか?」


 私はドレスに忍ばせていた金貨五枚をサミーさんに見せた。


 するとサミーさんの顔から笑顔が消えた。


「ちょちょい! ちょい!!!」


 焦った様子でサミーは金貨を両手で隠した。


「な、何か!?」


「おバカ! 金貨1枚でパチンコ玉10万発だよ!? 危ないって! ってかどんな金持ち!?」


「は、はぁ」


「紙幣でいいんだよ紙幣で。10000アムテックス持ってないの?」


「1000アムテックスなら持っていますが」


「1000かー。250発……まぁ初めてだし仕方ないか」


 私はサミーさんに言われるがまま、左上にある機械に紙幣を投入した。

 その瞬間、サミーさんがボタンを押したのかジャラジャラジャラと銀色の球が大量に流れ出てきた。


「こ、これは!?」


「これがパチンコ玉。これで遊戯するのがパチンコ」


「私の1000アムテックスはどこへいったのですか?」


「この玉になったんだって笑」


「えっ!?」


 衝撃だった。

 私にとって1000アムテックスは大した金額ではないが、世間一般では少しいいランチが食べられる額だ。それがただの玉になった? 冗談……ではなさそうだ。


「で、この球をどうすれば?」


「右下にハンドルあるでしょ? 私のと同じやつ。これをキュッと回すの」


「ほ、ほう」


 パチン! と、ハンドルを捻った瞬間玉が打ち出された。



『左打ちに戻してください! ピーピーピー!! 左打ちに戻してください!』



「な、何ですか? 何ですかこれ!」


 凄まじくうるさいし、なんだか周りの人もこちらを見ている。恥ずかしい……。


「あーあー、打つの強すぎるって。大当たりするまでは左打ちって言って、ハンドルを3分の1くらい回すの」


「こ、こうですか?」


 素直に従うとようやく警報音が止み、銀玉が釘と釘の間を通ってバウンドを始めた。


「そうそう。で、真ん中のヘソに入れば抽選開始で、大当たりしたら右打ちね」


「なるほど……」


 ヘソ……確かに盤面の中心に小さな穴がある。

 しかし銀玉はそこへ入ろうとせず、どんどん逃げて溢れていく。


 ようやく1玉入った頃には、玉が無くなってしまっていた。


「あちゃ、全然回らなかったね。まぁあと125玉残ってるから!」


 またサミーさんがボタンを押して、私の500アムテックスを銀玉に変えてしまった。


 みなさんこれに夢中になっているけど、これの何が面白いのだろう。


 ヘソに入った瞬間に液晶が魔力で動いたけど、数字が4 2 6とバラバラに映っただけで何にも起きなかった。


 そもそも大当たりとは何で、当たったら何が起きて、この人たちは何を目的に打っているのか。


 考えた瞬間、ヘソに再び玉が入った。



 ぽぎゅーーーーん!



「ひっ!?」


 ビクッと肩が浮いた。


「先バレ! そっか前任者のカスタムが残ってたかー」


「一つも言葉が理解できないんですが……」


「熱いよ熱いよ! これはあるよ!」


 熱い? 空調が効いてむしろ涼しいくらいだが。


『押してみたまえ』


「キタっ! 私の名前はただのパエリア演出! 75%!」


「は、はい?」


「75%で大当たりするってこと!」


「それは凄いのですか?」


「それは哲学! 外れる75%もあれば当たる75%もある!」


「意味が分かりません!」


 でも、何だろうこの感じ……


「赤テロップ〜! チャンスアップ来てるよ!」


 意味が分からないのに、何が起きているか分からないのに、


「ボタン! 押して押して!」


「は、はい! 震えてます!!」


「激アツジャッジ! これは……!」


 どうしてこんなに、心が熱くなっているんだろう。


「当落ボタン! 押して!」


「は、はい!」


 ボタンを押した瞬間、画面が虹色に光り明滅した。これは大当たりしたのだと、初心者の私でも理解した。


 目に悪そうなそれに目を瞑ろうとするも、サミーさんがちゃんと見た方がいいと諭してきた。


「あまり見られるものじゃないからねぇ」


「そうなんですか? そういえば私が打ってる間もサミーさんに大当たりが来てないですね」


「ヘソに入れば1回転ね。ちなみに私は現在700回転当たりなしです」


「へっ!?」


 単純に計算してみた。もしかしたらサミーさん、50000アムテックスくらい失っているのでは?


 いったい何が目的で、そんな大金を注ぎ込んでいるのか。


「よーし、私のことはいいの! 大当たりしたら?」


「み、右打ちですよね?」


 ハンドルを思いっきり右に回した。

 その瞬間、ジャラジャラジャラジャラジャラジャラ


「あ、溢れそうなくらい銀玉が! なぜ、どうしてですか?」


「当たり前じゃん。だってパチンコってのは……」


 サミーさんが一瞬目を閉じた。

 そして真理を呟くように、目を開く。


「金で球を買って大当たりを目指し、大当たりした球を増やしてより大きな金にするものなんだから」


 パチンコ。

 その真理に今、ようやく辿り着いた。


 メーシー・アムテックス18歳。


 これが私とサミー、そしてパチンコとの出会いだった。

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