第4話 相良道男
この日は金曜日。授業が終わると明日から土日だが、俺はどちらもバイトを入れていた。体力的には一番きつい。だから、今日はゆっくりしたい。そう思い、校舎を出ると、また今日も人が居た。
あのときよりも大きくなった上半身。そして、もっと日焼けした顔。それでも見違えることは無かった。
「相良か」
「おう、萩原。俺も来たぞ。美柑が昨日は世話になったな」
「久しぶりだな。ってお前、福岡じゃないのか?」
「今日はたまたま試合で熊本に来てたんだ。だから、少し時間を作ってお前のところに来たってわけだよ」
「そりゃ、ありがたいことで」
「まったくだ。昨日、美柑とカフェに行ったんだろ。そこ行こうぜ」
「ああ」
美柑は確かに相良と連絡を密に取り合っているようだ。
カフェに入り、俺は改めて聞いた。
「お前、美柑と別れたんだろ」
「別れたって言うか……まあ、そうだな。あいつが苦しそうだったから俺がいない間は自由にしてやったんだ」
「自由に?」
「ああ、そうだ。あいつは自由に花の間を飛び回るタイプだからな。俺が縛り付けておくのもかわいそうに思えたから。だから、せめてこの4年間は自由にしてやりたかった」
「でも、あいつ、女子大に入ったぞ」
「そうなんだよな。どうしても女子大に入るって言って。少し、しおらしくなったのかもな」
形だけなのかもしれないが相良が別れを切り出したのが効いたのだろう。
「美柑は卒業の時にまた付き合うとか言ってたぞ」
「まあな。福岡の大学を卒業して、俺がプロになれば、あいつを養える。そうなったら、結婚するつもりだ」
「そこまで考えているのか……」
俺は驚いて言った。
「あいつには言うなよ。何しろ俺がプロになれるかまだ分からないからな。なれなかったらこの計画は成り立たない」
「まあそうだけど……プロになれそうなのか?」
「手応えはあるな。一年から試合に出ているのは俺だけだし。うちの大学のレギュラークラスはJリーグ入りが結構あるんだ。ロアッソにも先輩が入ってるぞ」
ロアッソ熊本は地元のJリーグチームだ。
「そうか。だったら可能性はありそうだな」
「ああ。ロアッソに入れたら一番いいが、そうでなければ遠距離にはしたくない。あいつも連れて行くつもりだ」
将来のことをしっかり考え、彼女との未来も考えている相良が俺にはうらやましく思えた。
「……すごいな、相良は。やっぱりかっこいいよ」
「まったく、お前はそればっかりだな。手紙にも書いてたろ」
「ああ……そうだったな」
「あれ以来、俺はよりプロになろうと思うようになったよ」
「そうか」
「で、お前はどうなんだ? 彼女とかいるのか?」
「居るわけ無いだろ。もう恋愛はしない」
「……そうか。まだ、お前はあの頃のままなんだな」
美柑と同じ事を言われた。俺は思わず反論する。
「そんなことはない。俺も前に進んでいるはずだ」
「どこがだよ」
「バイトして学費も払っているし、一応自立しているからな。専門学校を卒業したら就職するからお前らより早く社会に出るぞ」
「それは立派だと思うが……心は有佐にとらわれたままだろ」
相良は核心をついてきた。
「……まあ、それはそうだな」
「美柑の話では有佐も同じらしいし、お前たち、もうだいぶ経つんだから一度話し合ったほうがいいんじゃないのか?」
「……そうかもしれないな」
「いや、これは俺が言う話じゃなかったな。すまん。本人達で決める問題だ」
「まあそうだな」
俺はこれからどうしたらよいのだろう。3年経ってもまだ決断できない俺が情けなくなった。そこに相良が言う。
「そう落ち込むなよ。せっかく俺が来たのに落ち込んで帰るのは寝覚めが悪い。そうだな、じゃあ、お前にとってはいい話か悪い話か分からないが奈保美の話でもするか」
「今度は奈保美かよ」
「ハハ。すまんな。いや、奈保美はお前たちとは違うんだよ。完全に振り切って前に進んでいる」
「そうか……」
「ああ、あいつはあの後、生徒会に入って、そこでもいろいろと色恋沙汰があったらしい。大学に入ってからもすぐ彼氏が出来たらしいぞ」
「らしいな」
「もう何歩も前に進んでるぞ。奈保美のように割り切ることも必要だ」
「確かにな」
奈保美、あいつは強いやつだ。
「おっと、もう時間だ。俺は福岡に帰らなきゃならないからな。無理を言って来たんだ」
「そうだったのか」
「ああ。俺からお前に言いたいことは一つだけだ。そろそろ有佐と決着を付けてやれ。次に会うときはどういう決着だったか聞くからな」
「分かった。俺もお前がプロになれるのを楽しみにしてる」
「それはもう手紙に書いてあったよ。じゃあな!」
相良は金を置いて店を出て行った。
それにしても、決着か。俺は決着を付けられるのだろうか。
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