第28話 最低最悪の決断
俺は有佐と付き合うべきなのか。それとも付き合わずに奈保美との関係を元に戻すべきか。
どれも選べない。答えは出せなかった。このどうしようもない状況から、ただ逃げたくなってしまう。遠くへ行けるものなら行ってしまいたかった。
背中が熱い。頭の中に霧がかかってきて、息苦しさも感じる。
夜、家族で食事をしているときも俺は考え続ける。母が作った肉じゃがも、いつもなら美味しいはずなのに味がしなかった。ただ、目の前の料理を機械的に口に運びながら、頭の中は考え続ける。しかし、どんなに考えても、いい考えは浮かんでこなかった。
そんな中、母が父と何かを話しているのが聞こえてきた。
「それにしても川尻のおじさん、大変だわ。骨折だなんて……このままだとしばらく定食屋も休むしかないって」
母の心配そうな声に、父が応える。
「おばさんも料理作れるんじゃなかったのか?」
「そうだけど、バイト雇ったら赤字だって言ってたから。一人じゃやっていけないって」
「そうか……誰か手伝いに行ければいいんだけど、うちからでは遠いしな」
川尻のおじさんか……父さんの従兄弟で定食屋を営んでいる。たまに家族で食べに行くことがあった。いつも俺に優しくしてくれた。そんな二人が困っているのか。
それを聞いて俺はある考えが頭に上った。これは最低最悪な決断かもしれない。でも、これが一番いい解決策にそのときは思えてしまったんだ。
俺は早速、親に相談する。突然の俺の事情に、二人は驚き、当然、説得しようとした。でも、一度決めてしまった俺の意思は固く、変わらないことが分かると、親は諦めたように、素早く準備を始めてくれた。
そして俺は手紙を書き始めた。これは明日、植田に渡す予定だ。もちろん、スマホで送ってもいいんだろうけど、こういうのは紙に自分で書いた方がいい、俺はそう思った。
◇◇◇◇◇
みんなへ
突然いなくなってごめん。俺はどうしたらいいかわからなくなってしまった。そして、必要とされる場所があることが分かったんだ。だから、俺はここを去ることにした。みんなとの日々は楽しかった。ありがとう。
美柑、君の明るさと優しさにはいつも救われたよ。相良といつまでも仲良くな。
相良、いつもかっこよくて君は俺の憧れだった。プロになった姿をテレビで見ることを楽しみにしている。
奈保美、俺は君に救われた。感謝しかない。こんな俺と付き合ってくれてありがとう。最高の彼女だった。
有佐、君を思う気持ちは今も変わらない。けれど君を選ぶ資格が僕には無いと思う。本当に申し訳ない。僕が去るのは君のせいではなく、僕が弱いせいだ。
みんな、さようなら。元気で。
最後に植田。本当に迷惑をかけた。君にはさよならを言わない。家も近くだしな。また会えるだろう。そのときにはみんなの話を聞かせてくれ。
◇◇◇
俺は高校を中退し、川尻のおじさんの定食屋で住み込みで働くことになった。昼はそこで働き、夜は定時制高校に通う。高校をやめたときに、スマホは解約した。しばらくはスマホを使わない暮らしをしていた。だから、もう前の高校のみんなとは連絡を取っていないし、取る手段もない。
定時制高校を卒業するころに、おじさんは骨折から復帰し、俺はお役御免となった。
それから、俺はIT系の専門学校を探して、ここに通うことになった。早く手に職を付け、自立したかったんだ。今は熊本市内に一人暮らし用のワンルームを借りている。みんなとは連絡は取っていない。どうしているかもわからないな。
……俺の話はこんなところだ。だから、俺は恋愛はできなくなった。するつもりもない。わかってもらえたかな。
(第一部 俺が恋愛できない理由 完)
――――
※引き続き、第二部が始まります
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