6-5
「お先に失礼します」
「レンさん、お疲れ様です! ……例の件、頑張ってください!」
「ありがとう、みつき」
昼から通しのシフトで入っていたので一足先にあがらせてもらう。
そして、帰り際にみつきからエールをもらった。
今日シフトをいれて本当に良かったと思う。凌さんやみつきと相談したことで気持ちも少し軽くなり、自分がどうしたいのかが徐々に見えてきた。
「おつかれ、水上クン」
「店長、お疲れ様です」
事務所に入ると、店長がパソコンとにらめっこしていた。
「ちょっと水上クンに話があるんだけどさ、ちょっとだけ時間いい?」
「は、はい!」
なんだろう、今日ミスを連発してしまった件だろうか。他には心当たりはない。いきなり話があると言われると否応なく緊張してしまう。
「あ、そんな緊張しなくていいよ! 遥ちゃんのことなんだけどさ」
「……み、三木がどうしました?」
「さっき店宛に連絡がきてさ、一日休んだら体調がよくなったから明日のシフトは出れますって言ってたんだけどね」
「は、はぁ」
なんだ、三木の話といっても欠勤についてか。まぁそれもそうだよな。店長もバイト一人一人のプライベートを把握しているわけじゃないし。
しかし、三木の体調がよくなった……というのも怪しい話ではあるよな。だって、明日は俺がシフト出してない日だし……。これって自意識過剰なのかな。
「でもね、ちょっと安静にしてもらったほうがいいかなって断ったのよ。そこで水上クンに相談! 明日の夕方からシフト入れたりする?」
……たしかに予定はない。
だが、その時間は自身の選択について考える時間にするつもりだった。世間から見たら大したことではないかもしれないが、俺にとっては重要なことだ。
「大丈夫です、入れます」
それでも俺はバイトに出ることにした。三木が休むことになったのはおそらく俺が原因だ。それでお店に迷惑がかかっているなら俺が償うのが筋だ。
それにずっと根を詰めて考えるより、体を動かした方が何か思いつくかもしれない。
「おお、ありがと! 助かるよ! じゃあ明日の一七時から来てもらっていい?」
「承知しました」
「それじゃ、よろしくね! お疲れさま」
更衣室で私服に着替えマイプレイスを後にする。寝不足で働いていたこともあって体がいつも以上に疲れている。今日は帰ってそのまますぐに寝ようと思う。明日はいつもより早く起きて、バイトまでの時間で色々と考えるつもりだ。
なんてことを考えていた矢先、スマートフォンが着信音を鳴らし、画面上には見知った人物の名前が表示されている。
「どうして……」
普段ならすぐに着信に応じているところだが、どうしたものかと逡巡してしまう。
ディスプレイには『天沢和希』と表示されている。
なぁ、和希? 俺、まだ結論出てないよ? 月曜日にって話だったよな?
しかし、このまま無視をするわけにもいかない。恐る恐る応答ボタンを押下する。
『よ、レン。今大丈夫?』
『あぁ、大丈夫だよ、問題ない』
電話の向こうからは、いつものような和希の穏やかな声音が聞こえてくる。
『あれ、もしかして外か? 掛け直すか?」
『いや、大丈夫だよ。けど、いきなり電話なんてどうしたの?』
核心に迫る。このタイミングで和希からかかってくる電話だ。
どうしても勘ぐってしまいたくなってしまう。
『なんか声が聴きたくなって』
『あのな、そういう電話は相内にしてやってくれ』
『いいじゃんかよー。二年になってから、こうしてサシで話す機会もなかったじゃん』
『言われてみればそうだね』
こうして和希と二人で喋るのはなんだか久しぶりの気がする。最近は真一や敦を含めた四人で行動することが多かったし。
そんな背景もあってか、俺と和希の話は思ったより盛り上がった。
一年生の頃の思い出、文化祭で縁日をやったこと、体育祭で学年優勝したこと、放課後ファミレスで駄弁ったこと、去年の思い出を一通り。
——————なんだ、俺の高校生活ってめちゃくちゃ充実してたじゃん。俺は中学時代の自分に誇れるような充実した高校生活を送れていたんだ。
『真一も敦もめちゃくちゃいいやつだよな。ちょっとレンと真一はかみ合わない部分があるけどさ、きっと今だけだと思うんだよ』
『わるいな、心配かけて。そうだな、俺がはっきりしないとこあるからな』
『そうやって卑下するなって、それはレンが周りのこと考えてたりするからだろ?』
『和希は俺のこと過大評価しすぎだって』
周りのことを考えているんじゃない、周りに嫌われないようにと考えているだけだ。矢印は他者ではなく常に自分に向いている。
『過大評価じゃない。レンが自分をどう思っているかは知らないけどさ、俺にとってレンは最高の友達だ。それは誰にも否定させない……ってなんかクサいな』
『…………』
本当だよ、男相手になに気持ち悪いこと言ってるんだよ。けどさ、それを泣きそうになるほど嬉しいと思っている俺は、もっと気持ち悪いんだろうな。
『なぁ、レン。俺たちは友達だからさ。困ったことがあれば抱えるなよ』
もう全てを終わらせたかった。洗いざらい和希に喋って楽になりたかった。こんな最高の友達を切り捨てるだなんて選択肢は選びたくない。
それにもしかしたら、和希ならどんな状況でも味方をしてくれるんじゃないかと、そんな甘えたことを考えてしまう。
『和希、ありがとう。金曜日の件、気を使ってくれたんだろ? 心配かけて悪い。ちゃんと月曜には報告するから』
……でもそれは和希を道連れにする行為でしかない。
いくら和希でも集団の中で異分子と関わるようなことをすれば、今までのような関係性を保つのは難しくなってしまうはずだ。
これは俺の問題なんだ。誰かに責任を押し付けるわけにはいかない。
『————わかった。じゃ、また月曜な、レン』
『うん、また月曜に』
通話が切れる。音が消え去り静寂が世界を包み込む。
久しく忘れていた。一人だとこんなにも静かで、切なくて、寂しいってことを。
俺は人々の営みを求めて、繁華街へのフラフラと歩いていった。
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