5-6
三木と椋梨と一緒に遊んだ翌日、金曜日。
あんな楽しいことがあったというのに、普通に朝はやってきていつも通り通学する。
しかし、俺を待っていたのは昨日の焼き増しのような日常ではなかった。
クラスの端っこの席で寝たフリをしている三木に声をかける。
「おはよ。三木」
「————っ!? お、おはよう! その……レ、レン!」
いきなりのことに三木は面を食らっていたが、ちゃんと挨拶を返してくれた。
会話はそれっきり。俺たちにはクラスでそれぞれの立場がある。今の挨拶だって、周囲にバレないようにこっそりとさせてもらった。
そんな簡単に日常は変わらない。俺と三木がクラスで仲良く話すというのも、まだまだ難しいことだ。けど、それでも着実に昨日より状況は改善されていく。代わり映えしないようでちょっとずつ変化している。
今はそのわずかな変化を大切にしながら、日々を過ごしていきたい。
自分を迎えてくれる居場所がある、その事実が俺の世界をわずかに彩らせた。
きっと今日もいい日になる、そんな予感がする。
————————このとき、俺は忘れていた。
世界や周囲というのは、個人のスピードに合わせてくれないことを。そんな当たり前のことを、このあと俺は思い出すことになった。
六限目の授業。
もう少しで学校から解放され、楽しい楽しい土曜日曜がやってくる。教室はどこか浮き足立っていて、皆早く授業が終わらないかと待ちわびているようだ。
不意に視線を感じる。
……またか。この間の視線の主は三木だった。
今回ももしかしたらそうなのかもしれない。なんとなく、この視線が悪意のあるものではないと肌で感じ取れていたから。
俺は教師にバレないようにさりげなく視線を三木の方へと向ける。しかし、三木はこちらを見ていなかった。……なんだ、三木じゃなかったのか。
じゃあ、視線の主は——————俺は三木とは反対側の方へ視線を向ける。するとなぜか、敦とばっちり目があった。よくわからないが敦はニヤニヤとこちらを見ている。
一体なんだ、何か面白い事でもあったのか?
何のことだか心当たりがなくきょとんとしていると、敦はポケットからスマホを取り出して指差した。そして口パクで何かを訴えている。
ら・い・ん・み・ろ
ジェスチャーと口の動きから察するに間違いない。授業中のスマートフォン使用は禁止されているが、さすがに気になって授業終わりまでは待てなかった。
「ミスター本間! 授業中になにをしているんですか!」
「いや、ちょっと寝ぼけてまして!」
「隠したものを見せなさい!」
「な、なにも隠してないですって!」
英語教師が敦の不自然な挙動に気がつき、問い詰めるように迫っていた。
すまん、敦。お前の犠牲は無駄にしない!
教師が敦に釘付けになっている隙にスマホを起動した。和希、真一、敦、相内、恋ヶ窪とのグループチャットを確認する。
『敦 なぁなぁ、これE組の友達から送られてきたんだけど!』
『真一 わざわざ授業中に報告するようなことなのか』
『敦 これを見てくれ!』
その会話の流れで敦がアップロードしたのは一枚の写真。
「(こ、これって……)」
その写真の場所にはひどく見覚えがあった。昨日行ったサンシャインシティ。しかも俺たちが行ったランジェリーショップがあったフロアのものだ。
写っているものがそれだけなら何の問題もない。ただの風景写真に過ぎない。だが、その写真には写って欲しくないものが写り込んでいた。
もちろん幽霊でも何でもない。むしろこれが心霊写真だったらどんなによかったか。
写真の右端に写っているふたりの人物。その人物に俺は心当たりがある。いやむしろ心当たりしかない。…………俺と三木だ。
全く気がつかなかったが、緑学生の誰かに隠し撮りをされていたみたいだった。
この写真のなにがまずいか。それは俺と三木が二人っきりで椋梨の姿がいないこと、そして三木がうちのセーラー服を着ていることだ。
この構図はまるで————————
『真一 これレンじゃね!? というかこの女誰!?』
『相内 えー! これっていわゆるデートってやつなんじゃないですかぁ?』
『敦 だよな! レンのやつ抜け抜けと!』
『相内 水上君にもようやく春が~』
『真一 六限終わったらレンを問い詰めようぜ』
そう、これじゃあまるで、俺が隠れてうちの生徒とデートをしているようにしか見えない。実際にみんなそのように勘違いをしている。
敦の視線の意味がようやく理解できた。……こういうことだったのか。
しかも不味いことに、この情報はすでにグループのメンバーには拡散済み。まだ通知に気づいていない和希や恋ヶ窪が確認するのも時間の問題だ。
————————やばいやばいやばいやばい!
どうする、これはなんて言い訳をすればいいんだ。
幸いなことに、写真の人物が同じクラスの三木ということには思い当たっていないようだが、どう説明すればいいのか。
写真の人物は彼女でないと弁明したところでどうなる?
まずはこの人物が誰かという話になる。しかもうちの制服を着ているので、この緑ヶ丘学園の生徒であることは確定。下手な言い訳をすることもできない。
このグループのメンバーは顔が広いから、先輩や後輩だと言い訳しても、すぐにこんな人物がいなことはバレてしまうだろう。
写真が出回ってしまった以上、黙秘することも不可能。
俺はこの状況をみんなにきちんと発生する義務が生じている。だが、三木の秘密を隠したままできちんと説明することはできそうもない。
つまり、俺は詰んでいた。…………なんでこうなるんだよ!! せっかく、新しい居場所や関係を作れたのに!!
この場所があれば俺は変わることができる。三木や椋梨との交流を経れば、クラスのみんなとももっとうまく付き合えるとそう思っていたのに。
何で今なんだよ! ようやく自分が変わるための一歩を踏み出した矢先に!
俺はまだなにも変わっていない。道化のまま、中学時代のトラウマを引きずったまま、他者の顔色を伺う人間でしかないんだ。
それなのに、俺の前には二つの選択肢が生じていた。
・三木を裏切って、みんなとの関係性を守るか
・みんなを裏切って、三木や椋梨との時間を守るか
道化というのは二者択一が苦手だ。あちらを立てればこちらが立たず。
誰にでもいい顔がしたいのに、どちらかを切り捨てなければならない。そんな究極の選択を今迫られている。
俺はどうすればいい? どうすればいいか教えてくれよ、三木。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます