4-3
「静香さん、先週ぶりです!」
「お、みつきん! ぼちぼちマイプレイスでのバイトも慣れてきた!?」
「おかげさまで勝手が少しずつわかるようになってきました!」
みつきは静香(?)と呼ばれる女性のもとへ嬉しそうに駆け寄っていく。おかげで二者択一の呪縛からは解放された。
何はともあれこの女の人は救世主だ。本当にナイスタイミング。
あの状態が続いていたら自分がどうなってしまったか、正直なところ想像もつかないし考えたくもなかった。
「なぁなぁ、三木。あの人は?」
俺はひとまず状況を整理したく、三木に来店した女性について小声で尋ねてみる。
「常連の雨村静香さん。いつも日曜日のこれくらいの時間に来るんだ」
三木はひそひそ話をするためこちらに顔を近づけてくる。耳にかかる僅かな息遣い。妙にくすぐったいし何だか変な気分にさせられる。
同性相手にどうしてこんなにもヤキモキさせられるのか……。ただそれを態度に出すと三木にイジられるだけなので気取られないよう努める。
「やっぱり個人経営の店だとそういう人も多いのか。たしかに『いつものやつ』なんて言えたらカッコイイよな。……あ、そういえば、いつものやつって?」
「水上のミーハーな発言には色々と苦言を呈したいところだが、常連さんの注文するものは把握しておいたほうがいいから伝えておく。静香さんが毎回頼むのはアイスコーヒーだ。ただ、そのまま提供する訳ではなく、ガムシロップ1、ミルク2をあらかじめ混ぜた状態で提供しているから覚えとくように」
「え、ちょっとメモするからもう一回言って!」
「それくらい一発で覚えろ。アイスコーヒーにガムシロップ1、ミルク2を混ぜた状態で提供だ。まぁ、静香さんはそのまま出しても何も言わないし、むしろ自分でやると言ってくれているから、そこまで神経質にならなくても大丈夫だけどな」
なんとか、雨村静香さんの『いつものやつ』をメモすることに成功する。
常連さんごとにこうした好みや決まったメニューがあるとなると、業務以外にも色々と覚えることは多そうだ。
「サンキュー。……それにしても綺麗な人だよな」
「水上はああいう人が好きなのか?」
「いや、別にそういうわけでもないけど」
どちらかというと、キレイ系よりカワイイ系の方が好きだ。
美人というのは目の前にしただけで緊張するし、ちょっとだけ怖いと思うことがある。
これも単に女性への耐性がないってだけの話だけど。
「ま、水上にはどちらにせよ高嶺の花だな」
「うるせー!」
そう言う三木は、なぜか少しだけ機嫌が良さそうに見えた。
「じゃ、挨拶ついでにアイスコーヒーを作って静香さんに持ってってくれ」
「わかった」
アイスコーヒーは、よく注文されるメニューなのでもう作り慣れている。特に手間取ることなく作り終えたので、トレンチの上に乗せて雨村さんの席まで運ぶ。
「お待たせしました、アイスコーヒーです」
「あ、どもども…………あれ、もしかして新人さん?」
さすが常連さんといったところ、一目見ただけで新人バイトだとバレる。
あらためて近くで見ると本当に綺麗な人だ。至近距離だと透き通った白い肌が眩しい。
「そうなんですよ! こちら水上蓮さんです! マイプレイス期待の星です!」
みつきが何やら調子のいいことを言っている。……いきなりハードルを上げないでくれ。ただでさえ美人を目の前にして緊張しているというのに。
「はじめまして、自分は水上蓮って言います。その、えーと」
「静香さんお久しぶりです」
「あ、はるっち!」
俺が言葉に詰まってしまったところ、後ろから三木が雨村さんに声をかける。
……これは助け舟を出してくれたのだろうか? まったく、何だかんだ言っていいやつだから憎めないんだよな——————
「静香さん、そいつ童貞なんで時々キョドりますが、大目に見てやってください」
「ねぇ!? 会う人々に俺の悲しい性経験を披露しなきゃダメかな!?」
前言撤回。三木は嫌なやつだ。
「なんか二人ともすごく仲いーね。水上君ってまだ入ったばかりなんでしょ?」
「あー、レンさんと遥さん、同じ高校でしかも同じクラスらしいんですよー」
「なるほど、どうりで二人とも仲がいいんだね」
雨村さんは大人びた微笑を携え、値踏みするように俺のことを見る。どこかアンニュイでエロティックな雰囲気。年上女性の色香をぷんぷん感じさせられる。
「えと、今日が入って二回目なのでまだ右も左もわからない状態なんですが、今後もお会いする機会があるかと思いますので、よろしくお願いします!」
「いいよいいよ、そんな堅苦しくなくて。よろしくね、水上君! あたしは日曜日の夕方にエンカウントする暇な女子大生と思ってくれればいいから」
雨村さんはそう言うとカバンからタバコを取り出す。
「あ、そのタバコ……」
「タバコがどうしたの?」
マイプレイスは、今のご時世では珍しい全席喫煙の店だ。だから、タバコを吸うことはなんの問題もない。俺が引っかかったのは、雨村さんが取り出したタバコの箱のことだ。赤と白のデザインにひどく見覚えがあった。
「いえ、その凌さん……今井さんも同じもの吸っていたな、と」
「————ぷ、ぷはっははっははは!!」
「え、え?」
なぜか雨村さんは吹き出して大笑いしている。
別にこれといって面白いことを言ったつもりもないのだけれど、なにがそんなにツボったのか皆目検討がつかない。
「いやーおっかしいー。あはは……ごめんごめん。いきなり笑ってやばい女だよね、あたし。でもさ、まさか凌が赤マル吸ってるなんて思わなかったなぁ」
状況がまったくつかめない。一体全体どういうことだ。
俺が一人困惑しているとみつきが、「凌さんと静香さんって幼馴染なんですよ」と衝撃な事実を耳打ちしてくれた。
そうしてようやく点と点が結ばれる。
凌さんが幼馴染に片思いしていると言っていたこと、その幼馴染がタバコを吸っているから自分もタバコをやめられないと言っていたこと。
つまり、凌さんの片思いの相手というのは——————
「すみません。自分、凌さんとお知り合いとは知らなくて」
「いやいや、水上君が謝ることじゃないって。おかげで面白い話も聞けたし、何の問題もないよ! それにしてもねぇ、まさかタバコの銘柄まで同じとはね」
雨村さんと凌さんが知り合いだということは理解したが、それでもタバコの銘柄が同じだったことに笑う理由はよくわからなかった。
「でも二人がお知り合いだっていうなら、どうしてわざわざ日曜にいらっしゃるんですか? たしか、凌さんって日曜日だけは絶対にシフト入らない——————」
「ねぇ、水上君」
「は、はい?」
雨村さんは話を遮って俺の名を呼んだ。
優しげに微笑んでいるが、どこか影のあるそんな表情だった。
「水上君から見て、凌ってどう思う?」
「……まだ一回しか会ったことがないですが、頼り甲斐があって、格好いい先輩って感じです。クールそうに見えて、すごく人間味があるところもいいなって思います」
質問の意図はわからないが、思ったことを正直に答えた。
「そっか、後輩からはそんな風に見えるようになったんだね、凌も。……うん、ありがと。これからも凌のことよろしくね」
「いえ! よろしくだなんて……、自分が一方的にお世話になるだけなので!」
雨村さんは嬉しいのか哀しいのかよくわからない表情で笑っていた。
きっと、俺みたいなガキには想像できない長い歴史が二人の間にはあって、そうやって形成されていった二人の関係性は不可侵なものなのだ。
だから、俺はそこに深入りするようなことはしないと誓った。
具体的に言えば、雨村さんの前で凌さんの話はしないということだ。
「で、話は変わるけど……水上君って童貞なの?」
「「そうです」」
「なんで当事者じゃない二人が答えているわけ!?」
俺に対する質問なのに、なぜか三木とみつきが自信満々に回答していた。
この問いに対して堂々と答えていいのは、俺だけだと思うんだ……。
「えーじゃあ、おねーさんが筆下ろししてあげよっか?」
「ええええ!?」
いきなりの衝撃発言に驚きを隠せない。
え、雨村さんってこういうキャラなの!? いやたしかに、なんかエロそうなオーラはむんむんと出ているけど(超失礼)、まさかこんなド直球だとは思わなかった。
「ちょ、静香さん!」
三木も雨村さんの爆弾発言に焦りを隠せないようだ。
「水上君、見た目もそんなに悪くないと思うしー」
「「どこが!?」」
「おい! お前ら!」
たとえ事実でも当人の口から言うのと、他者から言うのでは意味合いが違ってくる。
心の中で思っていても言葉にしないのがマナーというものだ。
「けど、はるっちという彼女がいる以上は諦めるしかないね……おろおろ」
「もうどこからツッコめばいいのか!」
雨村さんが退店するまでそんな問答が続いたのであった。
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