3-3
「それで初バイトはどうだった?」
「うんー、まぁなんとかなったかな。和希に色々アドバイスもしてもらったし」
「そんな大したこと言ってないけどな。うまく言ったならよかったよ」
今日もまた和希、真一、敦と一緒に昼食をとっていた。
話題は昨日の初バイトについて。三人とも色々と心配してくれていたようだ。
「それで、可愛い子はいたのか!?」
「敦はほんとそればっかだな。で、実際のとこどうなん、レン」
和希と初バイトの手応えを確認していると、敦と真一が可愛い子がいたのかという、いかにも男子高校生っぽい話題を振ってくる。
「ありがたいことに結構可愛い子がいたよ」
頭に浮かぶのは三木とみつき。——————まぁ、片方は男だけどな。
「マジで!? やっぱ個人経営のカフェだから顔採用とかしてのかな!?」
「だとしたらレンが採用された理由がわからんだろ」
「うぉい」
敦の無自覚なフリに真一が氷のツッコミで応じた。それに対して、少し大袈裟にリアクションを取る。今日も道化は正常運転です。
「いやいや、俺はレンの顔けっこー好きだけどな」
「和希! 愛してる!」
俺が必要以上に落ち込まないようにフォローを欠かさない。さすが和希、イケメンだ。こんなイケメン和希の子なら妊娠してもいい(錯乱)。
「おいおい、和希浮気かー? 相内ー、彼氏が浮気してるぞー」
「おい、ばか! 真一!」
俺と和希の茶番に乗っかり、真一がクラスのとある女子に声をかける。相手が相手なので、いつもは落ち着いている和希も流石に焦っていた。
「なになにー。滝川くん。なにか良からぬ単語が聞こえたけど? 浮気とかなんとか」
「咲良、目が怖いから! 落ち着いて!」
真一の言葉を受け、クラスメイトの女子二人がこちらまでやってきた。片方は怖いくらい笑顔を浮かべ、もう片方は焦った表情をしている。どちらも顔見知りだった。
まず怖いくらい笑っている方。クラスメイトの相内咲良。
サイドテールと、誰に対しても遠慮がない取っ付きやすさが特徴な女子。容姿端麗かつリア充が集うダンス部に所属し、クラスでは女子のトップカーストに位置している。
昨年は、俺や和希と同じクラスだったので付き合いは長い。
そして、何を隠そう和希の彼女でもある。
「そ、その違うんだ! 咲良! これは真一の冗談でだな……!」
「へー。でも火がないところに煙が立たないって言うよね、和希?」
「咲良、すぐ問い詰めようとしない。まずは冷静に!」
先程から相内のことを嗜めているのが、クラスメイトの恋ヶ窪明音だ。
トレンドマークのポニーテールに、抜群のスタイルを併せもつ長身モデル系女子。容姿は美人系と可愛い系の中間くらいでわりと親しみやすい感じ。
相内と同じく昨年のクラスメイト。ダンス部所属でもちろん女子のトップカースト。
我がクラスの女子学級委員であり、猪突猛進な相内を制御する苦労人だ。
そして俺と彼女は…………いや、今は多くは語るまい。
「で、和希。納得のいく説明はもらえるんだよね?」
「本当に真一の冗談なんだって! ……俺は咲良一筋だから」
「「ひゅーひゅーひゅー!!」」
「お前ら覚えてろよ!」
俺、真一、敦で囃し立てる。我ながらかなりウザいと思う。
「ほら、天沢もこう言ってるしちょっとは信じなさいよ、咲良」
「ま、最初から冗談だってわかってたけどね。本当に浮気しているなら、こんなクラスのど真ん中で堂々と宣言しないでしょー」
ごもっともだ。さすが相内といったところか。明るく気さくな雰囲気だが、意外と周囲を見ているというか鋭いところがある。
……俺は相内の抜け目ないところが昨年から少しだけ怖かった。
「なんだよー! わかってるならビビらせんなよー」
和希もほっと胸をなでおろしている。
心の底から安堵している、そんな感じの表情だった。
「でも本当に浮気してたら……その時は切るからね?」
「「なにを!?」」
相内の発言に、和希以外の男性陣も驚きを隠せなかった。
そして、皆一様に股間のあたりを手で隠す動作をしたのは言うまでもない。
「でもさー。なんで滝川君は、和希が浮気してるなんて言い出したの?」
そのままの流れで俺たち四人、相内と恋ヶ窪は合流することになった。
最近では、和希と相内が昼休みくらい別々に食べようと言い出したため、女子グループと合流することも少なくなっていた。だから、ちょっと懐かしい感じがする。
「あーなんか、和希がレンの顔がタイプとか言い出すから」
「ぬぬぬ! お主が和希の浮気相手か、水上君!」
「悪いな、相内。……和希は俺のものだ」
せっかくなので相内の戯れに乗っかってみる。
「じゃあ、……切るね?」
「やめてくれえええええええええええ」
マジで一生童貞になってしまう。隣の敦も「それだけはやめてやってくれ!」と涙目で懇願していた。敦が良い奴過ぎる。熱い友情に涙が出そうだった。
うん、相内を気軽に挑発してはいけない。目がガチすぎてビビる。
「ほんと、水上ってバカだよね……」
そんな俺と相内のやりとりを見て、やれやれとため息をついている人物が一人。我がクラスの委員長であり、————俺の天敵である恋ヶ窪明音だった。
「相変わらず辛辣だな、恋ヶ窪」
「人聞きの悪い。私はただ事実を言っただけよ」
恋ヶ窪はバカにするような顔で半笑いしている。
「あのな、恋ヶ窪。歯に衣着せるって言葉知ってるか?」
俺と恋ヶ窪は昨年からずっとこんな関係だった。真面目で几帳面な恋ヶ窪にとって、俺みたいに不真面目で軽薄な人間は鼻につくみたいだ。
恋ヶ窪から受けた小言の数は、昨年だけでも三〇〇回は優に超える。一日一回くらいは怒られている計算だ。……いや、本当にどんだけ怒られているんだよ、俺。
やれテスト勉強はしたのか、宿題は終わったのか、歯をちゃんと磨いたのか(ガチ)と連絡がくるからな。
お前は俺の母ちゃんか! と何度ツッコんだことか。
「部活もバイトもしないでチャラチャラしてるからそんな風に適当なのよ。いい加減にニートを卒業した方がいいわよ」
どんだけお節介なんだ。恋ヶ窪がここまで俺に構う理由がわからない。
ちなみにニートは学生でもなく、働きもせず、仕事を探そうともしていないことを意味する単語だ。そのため高校生の時点でニートではないとツッコミたいところだが、そんなこと言ったら何を言われるかわからないので決して口にしない。
しかし、俺はようやく反撃への糸口を見つけた。恋ヶ窪を見返してやる。
「ふふふ、残念だったな! 恋ヶ窪! 俺はすでにバイトを始めている!!」
「え!? 聞いてないし! なんで私の許可を得ないの!」
「逆になんで恋ヶ窪の許可が必要なんだよ!」
まったく意味がわからない。
バイトをしていた事実を告げると、恋ヶ窪は急に取り乱し始めた。
「いや……それはだって……が、学校に許可証もらわなきゃだし! そ、それに水上がどこでバイトするのかも気になるって言うか……だいたいバイト先ってどこよ!」
「普通にカフェだけど……」
「か、カフェえええ!? なんで想定する中でも最悪の選択をするのよ! カフェなんて女子の巣窟じゃない!」
「しかもめちゃくちゃ可愛い子がいたらしいぜ!」
「な、な、な! 本間の話はホンマなん!?」
「おい、敦! 余計なことを言うな! 埼玉生まれ埼玉育ちの恋ヶ窪が、関西弁プラスしょーもないギャグを披露しちゃってるから!」
実はちょっとだけ面白かった。真面目な委員長がたまにボケるのはいいよね。
「落ち着きなって、明音。可愛い子がいたって関係ないでしょ、だって水上君だよ?」
「「たしかに」」
相内の言葉に俺を除く全員、恋ヶ窪、和希、真一、敦が頷いていた。
「お前らふざけんな! 事実でも言っていいことがあるぞ!」
「そこは事実って認めちゃうんだね……。うーん、水上君っていい人止まりというか、良くも悪くも、息苦しさみたいなのがないんだよねー。あと本間君も」
「「ぐっは!」」
流れ弾が敦にも命中した。
相内による女子目線のダメ出しは、的確過ぎて心を抉られる。
「たしかに、水上に限って女の子とどうこうはならないよね」
「ぐぬぬぬぬ……今に見てろよ! 絶対にバイト先で彼女を作ってやる!」
恋ヶ窪が目に見えて安堵の表情を浮かべていたので、つい反抗してみたくなった。
もちろんそんなことは微塵も思っていない。あくまで対面的なポーズに過ぎなかった。
だというのに————
「それは許可できません!」
「俺は恋ヶ窪の許可がないと自由に恋愛も出来ないの!?」
今日の恋ヶ窪はどこか変だった。
なんかいつも以上に絡んでくるというか、必死な感じがするというか。
「レン、あんまり嫁のこと怒らせるなよ」
「「嫁じゃないから!!」」
「ぷっ……息ぴったりだな」
挙句の果てには真一に揶揄われてしまう。
なんかこれはまずい雰囲気だ。皆の目が明らかに生暖かいというか、お前ら早く付き合っちゃえよー的な空気を感じる。なんか色々と誤解をしているみたいだ。
まるで恋ヶ窪が俺に好意を持っている、そんな風に。しかし、そんなことはあり得ない。俺みたいな道化が誰かに好かれるはずがない。
だから、この会話の流れをどうしても変えたかった。ちょっと軌道修正を————
「そういえば、水上君が働いているカフェってどこのカフェなの?」
「……川越だけど」
これは相内が助け舟を出してくれたのだろうか。
一年の時から、相内の行動理由や原動力が読めない時が多々ある。今もどうして話をそらすようなことをしたのか。その意図が読めない。
「えー!! 川越かぁ! そっか、水上君って地元そっちだもんね! じゃあ、今度このメンツで川越観光とかしよーよ!」
「お、いいじゃんそれ! 小江戸川越!」
「コエドビール飲もうぜ」
「真一、お前も未成年だろー。未成年の俺たちは時の鐘見て、菓子屋横丁行って、川越氷川神社でおみくじやって、流行りのおさつチップ食べて、最後におみやげで長いふ菓子を買って帰ろうぜ、あ、あとクレアモールで遊んでもいいな」
「和希、俺より川越詳しいじゃん!?」
敦が話に乗り、真一が冗談を言い、和希が謎に詳しい川越知識を披露した(わりとガチで川越の要所を押さえている)。そうなったら俺はもうツッコむだけだ。
「で、ついでに水上君のバイト先にいこーよ」
「「賛成」」
またしても俺を除く全員……以下略。
「まじでやめてくれ! 絶対に場所は教えないからな!?」
「言わないともうノート見せてあげないからね、水上」
「それはマジで勘弁してくれ!」
恋ヶ窪のノートを見れなくなるのは非常に困る。昨年、赤点を回避できたのは、テストに出そうな要点を押さえた恋ヶ窪のノートがあったおかげだった。
だが、しかしだ。マイプレイスにみんなが押しかけてくるのはもっと困る。
店長は頭おかしいし、それに女装した三木だっているし……。
それから、なんとか誤魔化そうと苦心したのだが、その足掻きも失敗に終わる。
俺には空気を壊すようなことができない。最後にはマイプレイスのことを話してしまった。我ながら自分の道化っぷりに涙が出てきてしまう。
もし、皆がマイプレイスに来るようなことがあれば、その時は三木がシフトに入っていない日を調整しよう。そう固く心に誓った。
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