【4作目】ミキハルカはどうしてもセーラー服を着たい

あぱ山あぱ太朗

ボーイ・ミーツ・ガール?

1-1

 昼休み。

 周囲を見渡すと、晴れやかに笑う生徒の姿が散見される。

 学ランを着た男子生徒、セーラー服を身につけた女子生徒。私立緑ヶ丘学園二年B組の昼休みは、いつもと変わらず活気に溢れていた。

 仲の良いもの同士で輪を作り、やれ昨日のTVが面白かった、ソシャゲに五千円課金した、推しのYouTuberが炎上した、そんな他愛もない話で盛り上がっている。

 まさしく青春だ。大人になってあの時は良かったと振り返る甘美な時間。

 誰もが肯定し、称賛し、賛美する、そんな人生の春。

 そんな青い春の真っ只中にいるのに、俺はそれを無条件、無意識、無防備に享受することができないでいた。

 人生が演劇だと気がついたのは、いつのことだっただろうか。

「どうした、レン? なんかぼーっとして」

 なんて物思いに耽っていると、隣に座っている天沢和希が心配そうにこちらを覗き込んできた。————————顔が近い。

 そのせいで意外とまつ毛が長いな、肌がキレイだな、相変わらずイケメンだな、と我ながら気持ち悪いことを考えてしまう。

「もしかして彼女が寝かせてくれなかったとか!?」

 和希の発言に呼応して、正面の本間敦が少年のような無邪気な顔で問いかけてくる。その太陽みたいな笑顔に、なぜか母性本能をくすぐられてしまう。……俺、男なのに。

 俺が社会に疲れ心をすり減らしているOLだとしたら、敦をペットとして飼ってもいいかなと思うかもしれない。

 うん、自分でも何を言っているのかよくわからない。

「いや、レンに限ってそれはないだろ」

 敦の妄言に対して、きっちりと滝川真一が氷のツッコミを入れる。

 相変わらずクール。少女漫画でいうところの黒イケメン。

 なぜ少女漫画では、優しくて主人公に尽くしていた白イケメンより、ちょっと悪で、ガサツで、口が悪い黒イケメンの方がモテるのだろうか。俺は白イケメンを救いたい。

 ……そんなこんなで俺の周りはイケメンパラダイスとなっています。

 クラスの上位カースト。誰もが認める一軍グループ。俗に言うリア充集団だ。

 いつも考えてしまう。客観的に見て、自分がこの集団に属していることに違和感がないのか。グループから浮いていないか。きちんと溶け込めているのか。

 名状しがたい不安が鎌首をもたげる。

 いけない、いけない。俺が考えなければならないのはそんなことではない。

「いやいや! 決めつけはよくないよ、真一くん!」

 場の空気を読み、劇の一員として、適切なセリフを発することだ。

 道化師、水上蓮の一幕。 

 側から見れば贅沢きわまりない悩みだと理解している。しかし、道化の俺はいつまで経っても、このリア充集団に所属できる僥倖を素直に喜べないでいた。

「じゃあ、本当に彼女できたのか?」

 真一が怪訝そうな表情を浮かべている。

 心外なので、自分の大切なパートナーについて語らせてもらう。

「いわゆる幼馴染でさ。生まれた頃から一緒にいて、最初は体の一部みたいに思っていて、互いを意識したのは中学生くらいかな? いつも俺の右隣にいて————」

「もし、右手が恋人とか言ったら殴るからな」

「すみませんでした!」

 俺はとにかく平謝りする。

 チラリと和希と敦の方を見ると楽しそうに笑っている。真一もやれやれと呆れた素振りを見せているが、口元が緩んでいるのを確認できた。

 いい感じだ。真一のツッコミ能力を信じて正解だった。

「けどさー、俺もレンのこと笑えねーんだよな。悲しいかな、俺の恋人も右手だし。彼女持ちの和希、モテモテの真一が羨ましいぜー」

「べつに彼女がいるから偉いってこともないけどなぁ。敦もレンもまだ彼女できたことないんだっけ?」

 敦の言葉を受け、和希は考える素振りも見せず滔々と会話を回す。

 生まれながらのリア充っていうのは場の掌握がうまい。しかもそれを無意識でやっているとなると、必死に空気を読んでいる道化がバカみたいに思えてくる。

「誠に遺憾ながらな! 年齢=彼女いない歴を更新中だよ!」

「俺も敦と同じく夢見る童貞です!」

 場の流れに注視してその場に応じたコメントを返す。これが養殖のリア充もどきにできる精一杯だ。

「どうりでこのあたりが童貞臭いと思った」

「「ひどっ!?」」

 真一もさすがだ。今この場では俺と敦をイジるのが最適解。

 さすがはこちらも天然モノのリア充だ。

 よし、いい感じ。今日の演目もつつがなく進行しており、ほどよく楽しい青春の一コマを上手く演じることができている。

 ……しかし気が付いてしまう。自分が心の底から笑えていないことに。周りに合わせて作り笑いをしている自分、そんな自分を見下しているもう一人の自分が顔を出す。

 本当は恋愛なんて興味ないだろ? お前みたいな空っぽな人間を好きになってくれる物好きなんていない。お前は死ぬまで理解されない。天涯孤独だ。

 上辺、外面、見栄えを良くするために、肝心の中身を磨いてこなかったのだから。

 暗い思考が頭全体を支配する。


 不意に視線を感じた。


 これは自意識過剰ではない……と思う。

 俺は他人の視線に敏感だ。二つの眼が、自分の背中を捉えている恐怖を嫌というほど味わってきた。そして、その視線の種類もなんとなくわかる。

 好意的なものか、悪意のあるものか。

 残念なことに今回は後者だ。長年の勘がそう告げていた。

 頼む、どうか勘違いであってくれ。そんな一縷の望みにかけて、視線を感じる方へさりげなく顔を向ける。————————そこには三木遥がいた。

「(なんで……)」

 肩までかかる長い髪、前髪に隠れている双眸、病的なまでに色白い肌、ぱっと見の印象は最悪だが、よく見ると冗談みたいに顔立ちが整っている不可思議な男子生徒。

 二年B組のアンタッチャブル、三木遥が俺のことを嘲笑っていた。

 ……バレたんだ、俺の道化が。脳裏に焼き付いた三木遥の薄笑いが頭から離れない。そんな偽りだらけの日々は楽しいか? 彼の目は俺にこう問いかけていた。

 これが水上蓮と三木遥が互いを意識した日。

 舞台上で無様に転ぶピエロを孤高のオオカミが嘲笑した瞬間。

 俺たちのはじまりは最悪だった。

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