第32話 夫、再び

『町で迷う人を減らすこと』


 ジグルズ様からの依頼に応じるため、さっそく町の地図作りを始めた。


「道がわからない時は。地図ですよね」


 地図を作るにしても、小さな地図では目立たない。

 町役場では、作業できる広い場所がなかったため、ジグルズ様の許可を得て、お屋敷の広間を借りた。

 木の板と絵の道具、完成後の設置のために大工を手配し、準備は万端。


「レフィカ様、床に布を敷きました!」

「ハリル、ありがとう」


 立派な大理石のの床が、絵の具で汚れないよう布を何枚も重ねてもらった。

 私は水で落ちない特殊な絵の具を用意し、絵の具が入った缶を広間へ運び入れた。

 ジェレンや侍女たち、屋敷の人たちが広間に集まり、私がなにを始めるのか興味津々だった。


「レフィカ様、なにをなさるんですか?」

「まるで、看板屋ですね」

「えっと、おれが当てるよっ! 町役場の看板を大きくして、見やすくるとか? そうしたら、どこから見ても町役場が見れるよ!」


 それを聞いたジェレンが即座に否定する。


「他の建物に阻まれて、遠くから見えませんわ」

「うー……。そっかぁ……」


 残念そうな顔をして、ハリルは絵の具が入った缶を開けた。

 

「看板は正解ですよ。地図を描いた看板を町の数ヵ所に置く予定です。町の案内板を設置します」

「町の案内板とは考えましたね」

「なるほど。町が大きくなっても、案内板があれば迷わないか」


 お屋敷の人たちは、さっきまで心配そうに見ていたのに、今は広間にまで入ってきて、下書きの地図を眺めていた。


「よくできた地図ですね。わかりやすい絵です」

「子供でもわかるだろうなぁ」

「なるべく、言語ではなく絵でわかるようにしました」


 下書きでは、わざと町役場を目立つように大きく描いている。

 そうすることで、はぐれた人たちが、町役場の前で会えるのではと考えた。


「この細長い板には矢印を描きます。役場までの道案内用の矢印です」

「たしかに、矢印があれば、町役場まで迷わずにいけますわ」


 ジェレンは矢印用の看板を手にした。


「町役場の建物は石造り、四角くて二階建て。統一した絵で描いてみました」

「レフィカ様、絵がお上手ですね」


 ジェレンが私の拙い絵を称賛してくれた。

 

「港や病院とか、主要な場所の矢印も増やしていく予定ですが、まずは町役場だけ、やってみようと思います!」


 髪を結び、エプロンをつけた。

 

「ハリル、色を塗るのを手伝ってもらっていいですか?」

「うん! まかせて! おれ、けっこううまいよ。母さんに似顔絵をプレゼントして、褒められたことあるからさ」


 ハリルは腕まくりして、絵筆を握った。

 下書きで指定された色を塗っていく。

 他の人たちも気になるのか、地図を眺めてソワソワしていた。


「こうして絵で見ると、異国風の建物がかなりあって、屋根の形や建物の形で、わかりやすいですね」

「あっ! ここは老舗のパン屋じゃないですか? すぐにわかりました。丸形のパンが美味しい店ですよね!」


 侍女が『こんなパンです』と、絵を描き足した。

 屋敷の人たちが集まってきて、そこは茶葉の専門店で、ここが肉屋で焼いた骨付き肉がうまいとなど、話して絵を追加する。

 私が知らない店や気になる場所が、たくさんあった。

 すごくワクワクする地図ができ、私のでかけたい場所が増えた。


「地図には描かれてないですけど、ここにはハート形の葉っぱの木があって、恋人と一緒に立つと、結婚できるっていうジンクスがあるんですよ!」

「ちょっと遠くなりますけど、運河が終わった海のほうに、港があるでしょう? ここに新鮮な貝や魚を焼いてる屋台があって美味しいんですよぉ~」


 おすすめスポットをみんなが詳しく教えてくれた。


「どの場所も行ってみたいですね」

「レフィカ様、ガラス細工に興味ありましたよね? 細工商人たちが集まる工房はこの通りにあって……」

「こっちには布をたくさん取り扱ってる店があるんですよ。ドレスの布地を選べます!」

「それなら、ここが……」


 もっと言おうとしたのをハリルが止めた。

 

「待った! みんなで一度に言っても、覚えていられないって!」

「でも、レフィカ様に、ぜひ行ってほしいんです」

「気に入ること間違いなしですよ!」


 みんなが教えてくれた場所は、どれも興味があった。

 今、地図に描けなかった詳しい情報は、私だけでなく他の人も知りたいはずだ。

 前もって、情報を手に入れておけば、短い滞在であっても、効率よく町を回れる。

 絵筆を手に、うーんと首をかしげた、


「事前に詳しい町の情報がわかれば、助かると思うんですよね……」

「事前に? でも、事前にどうやって伝えるんですか?」 

「他の町に行って、私たちがおしゃべりするわけにはいきませんし」

 

 使用人たちも同様に考え込んだ。

 そこへジグルズ様がやってきた。


「レフィカ、この間、貸してほしいと言っていた本を持ってきたぞ」

「ありがとうございます」


 私がジグルズ様に借りたのは、南方の国々についての本だった。

 ジグルズ様が持っている本は、気候や地理に関する本で、詳しい情報はない。

 それでも、イレーネお姉様がいるかもしれない南方を知っておきたいと思った。


「レフィカは大陸の南方について知りたいのか?」

「そうです。行ったことがないので、不安ですが、いずれ行きたいと思ってます」

「それなら、俺が一緒に行って……」


 ジグルズ様は言葉の途中で、私が簡単に国から出れないことに気づいた。

 私の心臓には【契約】が刻まれている。

『王女の逃亡を禁ずる』に触れたら命を落とす。

 だから、私はイーザック様の許可がない限り、どこにも行けない。


「他国へは行けませんが、シャルク・ホジャに来れて、毎日楽しく過ごしていますから、大丈夫です」

「そうか……。それならよかった」


 でも、ジグルズ様に案内してもらえたなら、色々な情報を聞けて、すごく勉強になったと思う。


「ジグルズ様はレフィカ様のそばにつきっきりね!」

「やっぱり、ジグルズ様は……」

「しっ! あんまり言うと、ジグルズ様は照れてレフィカ様と距離を置くかも!」


 ジグルズ様の独身を終わらせようと、躍起になっている侍女たちが、声を潜めて囁きあう。

 声を小さくしても近くにいるので、しっかり聞こえている。

 ジグルズ様は苦々しい表情で、侍女たちを見る。


「照れるって……俺は少年か? まったく……」


 そういえば、ジグルズ様とよく遭遇する気がする。

 でも、それはジグルズ様が、私のことを信用できる人間かどうか、監視しているためだ。

 だから、私のそばにいるのだ。

 

 ――そうですよね?


 ちらりとジグルズ様を横目で見る。

 ジグルズ様と目があって、『わかってますよ』と、にこりと微笑んだ。

 同じように、ジグルズ様も私に微笑みを返す。


「ジグルズ様。今、町の地図を作っていたんですけれど、他にもシャルク・ホジャを知ってもらう方法を思いついたんです」

「それは?」

「お借りした本から、私が南方の国々を知ろうとしているように、本から情報を得ることが多いと思います」

「まあ、そうだな。俺が知らない国へ行く時は、調べてから行く」


 ハリルはジグルズ様の言葉を聞いて苦笑した。


「ジグルズ様は町の情報だけじゃなくて、兵力とか地形まで細かく調べてから、でかけてますよね……」

「なにがあってもいいようにな」


 ジグルズ様の目的は、商人とは目的が違う。

 こちらの目的は、あくまで町の情報である。

 

「一冊の本に、シャルク・ホジャの案内をまとめてはどうでしょう? おすすめのお店や宿屋の情報を前もって知ることができます」

「なるほど。それなら、迷わず目的の宿屋や店に行ける」

「はい。かさばるものではなく、持ち運びしやすい大きさで、町の案内本となる一冊にしたいんです」

「案内本か」


 ジグルズ様は少し考え、それから言った。


「王都や他の町の図書館と貸本屋、宿屋に置いてもいいかもしれないな」

「はい!」


 ジグルズ様は誰もが無料で、案内本を読めるようにしたいと考えているようだ。  

 目につくところに置いてもらえたら、手に取る機会も増える。

 ジグルズ様はうなずいた。


「そうだな。案内本が完成したら、他の町の宿屋や食堂の店主たちに、俺から手紙を書いて頼んでみよう」

「はい! お願いします! あのっ……! みなさんも案内本作りに協力していただけますか?」

「もちろんですわ!」

「おれもおすすめの場所がたくさんあるよっ!」


 わぁっと歓声が上がった。

 ジグルズ様がみんなの様子を見て笑った。


「レフィカが来てから、屋敷の者たちは楽しそうにしているな」


 侍女たちはジグルズ様に言った。


「それはそうですよ! ジグルズ様が連れてくるのは、いかつい戦士みたいな男とか、犬とか猫……」

「私たちは長くジグルズ様のお世話をしていますが、元々はこんな異国のお屋敷ではなかったですよね?」

「そうそう。ジグルズ様が気になるものをどんどん購入されて、異国の物を増やしたんですよ。人も物も、胡散臭いものばかり……その点、レフィカ様は美人ですし、着るものを選ぶのも楽しいっ!」

「わかるっ! わかるわぁ~! 髪のセットもやりがいがあるの! ジグルズ様は髪に布を巻いて、服装も異国のもの……」

「仕事はやりがいよね! レフィカ様がいらしてくれたおかげで、ようやく私たちの真の力が発揮される時がきたんですよ!」


 侍女たちは日ごろの鬱憤がたまっていたらしく、一気にまくしたてた。

 ジグルズ様は気まずそうに、侍女たちからスッと目をそらした。

 完璧な方だと思っていたら、昔からジグルズ様を世話してきた侍女たちにとっては、そうではないらしい。


「ジグルズ様はいつも人を助けている方だから、お屋敷でもそうなのかと思ってました」

「そんなことはない、助けられてばかりだ。俺一人でできることは、限られているからな」


 ジグルズ様は笑いながら、大きな手のひらを私に向け、開いて見せた。

 その手は傷だらけで、剣を扱うからか、かたくなったマメがいくつもあった。


 ――ジグルズ様は優秀と呼ばれるけど、とても努力していらっしゃる。


「うん? どうかしたか?」

「……いえ。私も頑張らないとって思いました」


 私を見下ろす琥珀色の瞳は優しく、そして―― 


「レフィカ、頬に絵の具がついているぞ」


 ジグルズ様は頬についた絵の具に気づき、指でぬぐってくれた。


「もっ、申し訳ありません……」


 近すぎる距離に動揺し、焦りながら離れた。

  

「悪い。そんな反応が返ってくるとは思わなかった」

「い、いえ。ドーヴハルク王国ではお父様以外、男性は誰もいなくて、その……」


 思えば、ジグルズ様に頭をなでられた時も、私は平常心ではいられなかった。

 ジグルズ様にとって、犬や猫をなでるのと同じ扱いだとしても、私のほうはそうではない。

 後宮では女性ばかりだったし、嫁いでからも侍女に囲まれた生活だったのだ。


「ジグルズ様とレフィカ様。いい雰囲気ですわ」

「お似合いですよねぇ~」

「はぁ……。イーザック様のお妃様だなんて、もったいない。ジグルズ様の奥様になってくださったらよかったのに」


 ジグルズ様が独身であることを気にかける侍女たちは、残念そうにしていた。

 それを聞いたジグルズ様は苦笑し、なにか言おうとした瞬間――


「イーザック?」


 広間の扉のそばに佇んでいたのは、簡素な服装をしたイーザック様だった。

 お忍びで来たのだとわかる。

 侍女たちは慌てて口を手でおさえたけれど、もう遅い。

 イーザック様は扉のそばで、見聞きしていたらしく、冷ややかな琥珀色の目で、私をにらんでいた。


「夫にやましいことがないのであれば、堂々としていられるはずだ。そうだろう、レフィカ?」


 再びジグルズ様の屋敷を訪れたイーザック様。

 イーザック様は以前と違い、私をまっすぐ見て、自分が夫であることを主張した。

 けれど、お屋敷の侍女たちやジェレンたちは、イーザック様に冷ややかな視線を向けていた。

 

『今さら、夫と言われても』


 そんな空気を感じたのか、イーザック様はじろりと侍女たちとジェレンをにらむ。

 けれど、女性陣は強く、さらに目で語る。


『よく来れましたね』


 イーザック様は戸惑い、彼女たちから視線をはずした。

 突然の訪問と夫アピールは謎だけど、これには理由があるはず。


 ――もしかしたら、メリアとイーザック様の関係が、うまくいっていないのかもしれない。


 そう思いながら、イーザック様の鋭い視線を受け止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る