第3話 去っていった妻 ※イーザック視点

「私、別居します!」


 ――なぜ、そんな笑顔で?


 妻をまともに見たのは、これが初めてかもしれない。


「さようなら。二人の幸せを願っていますわ!」


 ドーヴハルク人に多い銀髪。

 美しい銀髪をなびかせ、颯爽と去っていく。

 こちらを一度も振り返らず、彼女の足取りは軽やかだ。


 ――な、なんなんだ。俺に未練はないのか!?


 俺に『会いたい』と、しつこく手紙を送ってきた妻。

 王妃付きの侍女を通し、食事やお茶、散歩に誘われたが、いつも面倒だと言って断った。

 手作りの贈り物は、侍従に返却させた。


『どれだけ、俺を愛していても、俺にはメリアがいる』


 そんな思いがあったからだ。

 別居を告げられたら、ショックのあまり、妻は俺に泣いてすがるだろうと思っていた。

 だが、満面の笑顔で去っていった。


 ――どういうことだ? 俺に好意を持っていたのではないのか?


 好意がないなら、わざわざ冷たくする必要もなかった。

 彼女と子供を作るわけにはいかない。

 我が国の領土を奪ったドーヴハルク人。

 その血を引く子が、王になるなど冗談ではない。

 腹黒い策略家のドーヴハルク王は、娘に王子を産ませ、王家を乗っ取るつもりだ。

 

 ――策略が失敗したというのに、笑顔だと?


 まさか、彼女は本当に『幸せな家庭』を築くつもりでいたのか?


「イーザック様、よろしかったですわね!」

「なにがだ?」

「だって、わたくしたちの仲をレフィカ様が認めてくださったでしょう?」

「……そうだな」

 

 メリアほど喜べなかった。


 ――待て、おかしい。なぜ、喜べない?

 

 俺が愛しているのはメリアだ。

 幼い頃から、メリアは俺に尽くし、愛してくれた。

 そんな可愛らしいメリアを裏切れるだろうか。

 裏切れるわけがない! 

 

「メリア。これで、お前は俺の妻だ。妃として、恥ずかしくない振る舞いをするんだぞ」

「ええ! イーザック様、嬉しいですわ。わたくし、あなたの妻として頑張りますわ」


 可愛らしくメリアは両手を胸の前に合わせて、目をキラキラ輝かせた。

 メリアは愛嬌がある。

 冷たい銀髪に青い目をしたドーヴハルク人と大違いだ。

 レフィカが去っていった後ろ姿を思い出す。

 広間の天窓から日差しが降り注ぎ、光が冠のように、銀髪の上できらめいていた。

 

 ――冠か。だが、レフィカはもう王妃ではない。


「イーザック様。正妃はレフィカ様のままでして?」

「お前を正妃にはできない」

「わたくしは、ずっと正妃になれないということですの?」

「メリアはレフィカが正妃でも構わないから、妃にしてくれと言っただろう? 俺の気持ちがあれば、それで満足だと」

 

 俺の心はメリアにあるというのに、レフィカに嫉妬したようだ。

 メリアは恥ずかしそうに頬を赤らめてうつむいた。


「ええ。イーザック様の愛がわたくしの元にあれば、じゅうぶんですわ」


 彼女はこちらが想像した通りの答えが返ってくるため、扱いやすい。

 予想外の態度だったのは、レフィカだ。


 ――夫から別居を告げられたんだぞ。少しは悔しそうな顔をしたらどうなんだ?


 振り向きもせずに去られ、こっちが捨てられたような気分になった。

 今日、初めて彼女の顔をはっきりと見た。

 結婚式の時の彼女はヴェールをかぶっており、周囲には大勢の人間がいた。

 それもあって、お互いなにも話さなかった。

 婚約の時は、ドーヴハルク王国から代理人が現れた。

 なんでも、ドーヴハルク王家のしきたりで、王女は結婚するまで男性の前に姿を見せてはいけないらしい。

 ドーヴハルク王家では、生まれた王女たちを後宮に閉じ込め、国から一歩も出さない。

 その理由は簡単だ。


『ドーヴハルク王家の王女は、政治の道具に使える』


 成人して嫁ぐまで、変な男にひっかからないよう後宮で閉じ込めて管理する。

 ドーヴハルク王国は北の小国だが、侮れない。

 多くの国と同盟を結び、自国の領土を守ることに成功しているからだ。

 歴史上、ドーヴハルク王国側から一度も同盟を破ったことがない。

 破れば、【契約】の力によって、嫁がせた娘の心臓が止まり死ぬ。

 そして、国々からの信用を一瞬で失う。


『ドーヴハルク王国側から、絶対に同盟を破らない』


 その信用があるからこそ、この政略結婚を承諾した。

 簡単に破られる同盟であれば、俺は信用しなかっただろう。

 

「命がけの政略結婚。逃げられない【契約】か……」


 哀れな王女たち。

【契約】を刻まれた王女は、常に死の恐怖に怯えて暮らさねばならない。


「イーザック様? 今、なんておっしゃいましたの?」

「メリアが知る必要のないことだ」

「でも……今、なにか……」

「お前は血生臭い話を聞かなくていい」


 そう言ったが、メリアは知りたそうな顔で、こちらを覗き込んでいた。

 だが、俺は【契約】のことを詳しくメリアに教える気はなかった。

 妃は政治に関わらず、おとなしく控えめなのが一番だ。

 その点、レフィカは面倒な妃だった――


『陛下。孤児院からお礼の手紙が届いております。レフィカ様がベットカバーを孤児院に寄付されたそうです』

『庭師がレフィカ様と庭仕事をしたと、自慢しておりました』

『レフィカ様は掃除係の侍女にまでお礼を言ったとか』


 そんな声が多数あった。

 最初は敵国ドーヴハルク王国から嫁いだとあって、王宮の使用人たちは警戒していた。

 だが、気がつけば王妃としての評判は悪くなかった。

 しかし、その評判の良さが、逆に迷惑だった。

 メリアを妃にするタイミングが、なかなかなく、予定より遅れたからだ。

 結婚式が終わったら、すぐにでもメリアを迎えるつもりでいたが、一年もかかってしまった。


 ――勝手なことを。


 レフィカは俺の気を引こうと、余計なことばかりしていた。

 その点、メリアは控え目で従順な――

 

「イーザック様。わたくし、お茶会を開きますわ」

「は? お茶会?」


 なぜ、お茶会を開く必要があるのかわからず、聞き返した。


「ええ! お茶会です! 王宮主催のお茶会を開いて、わたくしが妃になったご報告をするつもりですの」

「……なるほど」


 特に必要だと思えなかったが、メリアがやりたいというのなら仕方がない。


「レフィカ様をわたくしのお茶会に招待してもよろしいでしょうか?」

「好きにしろ。だが、気をつけろよ。メリアに嫉妬し、なにをするかわからない」

「まあ! わたくしを心配してくださるのですね。平気ですわ。わたくし、レフィカ様と仲良くできますわ。あなたの妻ですもの!」


 純粋で心が美しいメリア。

 メリアは、レフィカと仲良くなれると思っているようだ。


「ご歓談中、失礼いたします。メリア様はもっと警戒するべきですわ。相手は野蛮なドーヴハルク人。簡単に信じないほうがよろしいでしょう」


 メリアに昔から仕えている侍女のベルタが、険しい目をして言った。


「そうだな。ベルタの言う通りだ」

「でも……」

「メリアは優しいな」


 泣きそうになったメリアを見て、ベルタはうなずく。


「メリア様はとてもお優しい方です。残忍なドーヴハルク人と比べるまでもございませんわ」

 

 ベルタは主が心配だったようで、忠告を終えると深く頭を垂れ、サッと後ろへ下がった。

 会話中、我慢できずに入ってきたのは、主であるメリアを心配してのことだ。

 ベルタの反応が、普通の反応である。 

 我が国の北の地をを奪ったドーヴハルク王国。

 その恨みは深い。

 

「野蛮人めが」

「野蛮人とは、レフィカ様のことですか?」


 メリアに言われ、レフィカの姿を思い出し、『野蛮人』であるかどうか考えた。

 ドーヴハルク王国は北の蛮族だったが、国を手に入れてから変わった。

 グランツエルデ王宮を真似て、ドレスや調度品などをすべてグランツエルデ風にしたという。

 異国の人間でありながら、たしかにレフィカは、グランツエルデ流の礼儀作法を身に付けていた。

 そのせいか、レフィカから野蛮さは、いっさい感じられなかった。


「……ドーヴハルク人だ」


 そう答えると、メリアは表情をこわばらせた。


「今、イーザック様はレフィカ様を庇いましたわね」

「メリア、レフィカにくだらん嫉妬をするな。俺は別居までしたんだぞ?」

「わたくし、嫉妬なんてしてませんわ。イーザック様を信じてますもの」

「そうだ。美しい王女を送り込み、俺の心をほだそうとしても無駄だ。俺にはメリアがいるからな」

「美しい……」


 ――レフィカを美しいと思った。


 別れ際に見たレフィカは、とても美しく、長い銀髪が印象的だった。

 グランツエルデ王国では、めったに見かけることのない銀髪。

 青いガラスのような澄んだ瞳。

 そして、明るい笑顔。


 ――今さら、俺はなにを……


 メリアがムッとした顔で俺をにらんでいることに気づいた。

 俺はメリアを愛してる。

 レフィカを気にかけてどうするんだ。

 そう思いながら、レフィカが去った方角から、目をそらせずにいた。

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