異世界にやって来たボクの召喚先は闇の帝国で女にされ洗脳されたけど圧倒的な力で敵国の民を女に変え支配して世界を闇で覆うつもりです

山田火星

神聖王国ミューアインデ編

第1話:セイヤとトウマ

夜の校舎に、僕のタイピング音と、壁掛け時計の針の音だけが静かに響いていた。


レポートの仕上げに集中していたせいで、すっかり時間を忘れていた。ふと顔を上げると、窓の外はもう真っ暗だった。人工灯の光すら届かない闇が、校舎の外をすっぽりと包んでいる。


それでも、嫌じゃなかった。むしろ、こういう静けさは心地よい。誰にも邪魔されず、ただ自分のペースでいられる場所。それが今の僕には、ありがたかった。


「セイヤ、まだいたのか?」


明るい声が、静けさを破った。


振り向けば、親友のトウマがスポーツバッグを肩にかけて立っていた。相変わらず、眩しいくらいの笑顔だ。僕は思わず、小さく笑った。


「うん。……今終わったとこ」

「そっか。じゃあ一緒に帰ろうぜ!」


言われるまでもなく、僕たちは自然に歩き出した。



帰り道は、いつも通りだった。

他愛のない会話。少しだけ湿った夜の風。歩幅を揃えながら、ゆっくりと坂道を下っていく。


――このまま、何も変わらなければいいのに。


そんなことを思った瞬間だった。


突然、白い光が空から降り注いだ。目が焼けるほど明るく、温度のない熱が、身体を包み込む。


「うわっ、なに、これ……!」

「トウマっ!」


咄嗟に手を伸ばした。掴まなければ、離れてしまう気がした。


でも――届かなかった。


視界が白に塗り潰され、何もかもが、遠ざかっていった。



目を開けると、知らない天井があった。


石造り。どこか湿気を含んだ、冷たい空気。耳の奥に、ゆったりとした低い歌のようなものが響いている。讃美歌……いや、もっと不気味な、異質な音。


起き上がり、周囲を見渡した。壁も床も漆黒に染まり、柱には赤黒い旗。そこに刻まれていたのは、見たことのない竜の紋章だった。


「どこだ、ここ……」


独り言が思わず漏れた瞬間――奥から、複数の足音が近づいてきた。


鎧に身を包み、仮面をつけた何人かの人影が姿を現す。

中でも、ひときわ大きな影が、僕の前に立った。


真紅のローブ。紫色の肌。

彼が口を開いたとき、僕は直感した。この人物は、ただ者じゃない。


「――ようこそ、我が暗黒城へ。我はクォントルオル帝国の魔皇帝、ガンデ。貴様をこの世界にいざなった者だ」


いざなった――?


脳が処理しきれない言葉が続く。


「貴様は選ばれし存在。光を打ち払う『誘者ゆうしゃ』となり、ミューアインデ王国を打ち滅ぼすのだ」

「そんな……僕が、戦う?しかも……光を打ち払う、ために?」


声が震えていた。でも、ガンデは一切顔色を変えない。ただ、無感情に、冷たい宣告を下す。


「拒否は許されぬ。さあ、宣誓せよ。闇に忠誠を誓い、我らと共に生きると!」


僕の胸の奥で、何かがざわついた。

これは、違う。明らかに、間違ってる。


(守りたい……トウマを。僕たちの日常を)


その思いだけは、確かだった。

だから、僕は言った。


「――ごめんなさい。僕には、できない」


空気が変わった。

ギリギリと、冷たさが増していく。


「――ほう。未だ雄性のままか」


すぐ隣にいた白銀の鎧の男が、驚いたように呟く。


「誘者とは、元より雌性しせいであるもの。それが雄性ゆうせいのまま現れたのなら、不完全なる存在に過ぎない」


(雌性?雄性?……僕のこと?)


言葉の意味は分からない。でも、ただの拒絶ではないことは、なんとなく伝わってきた。


ガンデは少し笑いながら、命じる。


「ならば、完成させねばなるまい。ギャナン。闇の儀式を始めよ。誘者を、本来あるべき姿へ導け」


黒衣に身を包んだ一人の男が、ゆっくりと前に出る。

肩まで流れる銀髪と深く蒼い目。

覗き込まれるだけで、心を見透かされるような錯覚に陥る。


「未完成の誘者……面白い素材だ」


ギャナンは小さく呟くと、すっと手を伸ばしてきた。

まるで、それだけで何もかもを変えてしまえるかのように。


僕は、思わず後ずさった。

怖い。嫌だ。体が自然に逃げようとしていた。


けど――逃げない。


(トウマ……)


心の中で、もう一度名前を呼んだ。

その存在が、僕を支えていた。

だけど、運命はもう動き出していた。



一方その頃、トウマも目を覚ましていた。


そこは荘厳な白亜の城。陽光が差し込み、ステンドグラスが色とりどりの光を描いている。


神聖王国ミューアインデの玉座の間。

壮麗な王冠を戴いたガイゼル王が、厳かにトウマを見下ろしていた。


「勇者よ。長きに渡り、そなたを待ち続けていた」


トウマは戸惑った。

周囲の荘厳な雰囲気に、清らかな空気に、心がざわめく。


「勇者……? 俺が?」


思わず漏れた言葉に、王は穏やかに頷いた。


「そうだ。勇者よ、どうか我らの希望となってくれ。暗黒帝国クォントルオルを打ち払うために!」


言葉の意味は理解できた。

だが、トウマの心は簡単には答えを出せなかった。


「でも、俺……そんな大層なこと、できるのか分かんねぇよ……」


弱気な呟きに、周囲の家臣たちがざわめいた。

しかし、王は咎めず、静かに目を閉じた。


そのとき――

ふわり、と、花が咲くような気配がした。


「勇者様……」


陽光を受けて輝く金髪。湖のように澄んだ翠の瞳。

花開く春のような微笑みをたたえ、少女――王女セレアは、静かに歩み寄った。


「あなたが迷うのは当然です。しかし……この国の者たちは、勇者様を待ち望んでいました。闇に怯え、希望を失いかけた人たちが、あなたの存在を信じているのです」


その声には、偽りがなかった。

優しさと、覚悟が滲んでいた。


「私も……勇者様を信じたい。どうか、力を貸していただけませんか?」


小さな手が、そっとトウマの手に触れる。

その温もりに、トウマの胸の奥で何かが強く灯った。


守りたい。

この微笑みを、世界を。


(俺にできるのかなんて、分からない。でも――)


トウマは、真っ直ぐにセレアを見た。

そして、ゆっくりと、だが確かに頷いた。


「分かった。……俺、やるよ!」


力強い言葉に、玉座の間が歓声に包まれる。

王も家臣たちも、民も、皆がトウマに期待の眼差しを向けた。


トウマは、セレアと手を取り合いながら、改めて胸に誓った。

この世界を守るために、戦うと。


それは、セイヤとはまるで違う始まりだった。

そして、二人は互いの姿を見ることもなく、異なる道を歩き始めた。

運命に導かれるままに――。


(つづく)

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