第9話 生活費と労働



 食事も終えてホッと一息。

 私は頃合いを見計らってラスさんの向かいに座った。


「あの、ラスさん。昨日から良くしてもらって本当に有難うございます。正直言うと私自身まだ右も左も分かっていなくて、これからどうしようとか思っている段階なんですけど、少しお話よろしいですか?」


 ラスは一瞬きょとんとしたが、すぐに表情をあらためた。


「ああ。まだ時間はあるから大丈夫だ」


「これまでにエリアス達にかかっている費用は、いかほどになるのでしょう」


 ラスさんは驚いたようだった。


「……聞いてどうする。あんたが払うとでも言うのか?」 


 なんだかんだ言ってエリアスとポポは異世界人の私に優しくしてくれた。

 異世界だって働き口はあるはずだもの。これからのことを悩んでばかりはいられない。

 

 ここで生活出来るようににならなくちゃ。その為にはまずお仕事を見つけるのが目標よ。大人の私がしっかりするんだ!


「まだ返せるあてはありませんが、必ずお支払いします。ですので、これからもラスさんには物資を届けて頂きたいです。あと良ければなのですが、私にも出来る仕事のツテはないでしょうか? 私に出来ることであれば何でも挑戦したいんです!」


「字は読めるのか?」


 一呼吸おいてラスは私から視線を外した。大きな革のリュックから何かを取り出す。

 テーブルの上に差し出された羊皮紙には、小さな字がびっしりと書かれていた。


「は、はい!」


 すると本当に不思議な事に、私にはそれがスラスラと読めた。

 どうして理解出来るのかは判らない。でも今はそんなこと気にしている場合ではないのだ!


「パン、二か月分。ジャム十瓶。蜂蜜三瓶。布の服、皮の靴、ブドウ三房、りんご七個――」

「読めるようだな。ちなみにこれは、これまでにエリアス達に買って来た日用品と、その費用だ」


 読み上げていくと共に、スーっと胸が冷えていくのが判った。

 たくさん食べる子達だとは思っていたけど、小さな身体でこんなに消費していたとは思わなかった。


「他、諸々と運搬費併せて五万ケリーだな。あと昨夜から今朝、あんたにかかった分は大体千ケリーほどになる」


 ラスの話から、何となくではあったがラトレイアの価格事情を知り、私は青ざめる。

 ここで一日、食事ありで暮らすと大体一人千ケリーかかってしまう。

 そして私は無一文の上、無職である。


 このままじゃあどんどん借金が膨れ上がってしまうんですうぅぅ!


「アッハハハ!」


「な、なんですか? ラスさん、何かおかしかったですか?」


「全部、顔に出てるぞ」


 うっ。

 

「……で、だ。次はあんたの働き口に関してだが、ちょうどイイ話がある。やってみないか?」

「やりますっ!」


 話を聞くまでもない。即答した私を見て、ラスはまた笑った。





「えっと――」


 ラベンダーと、フランキンセンス、バラのポプリも創ってみようかな。

 工房に入った私はてんてこ舞い。今ある材料を使って奮闘中だ。

 というのも――。


「バザーですか?」

「そうだ。近隣の村同士の交流目的で催されていてな。俺は商人として特別枠で参加出来る権利を持っている。試しに俺の店に、あんたの言うポプリとやらを置いてみないか。売れたら全額あんたの取り分でいいぞ」


 そ、それは――!


「ぜひ参加したいです!」


 委託料も取らないだなんて、やっぱりラスさんはとってもイイ人だと思う。

 

「ただ、開催日は明日なんだ。モノの準備は出来るか?」

「もちろんです!」


 というわけでエリアス達を寝かしつけた後、さっそくクラフトをしている私なのです!

 流石に明日とは思わなかったけども。でもきっと大丈夫。元の世界で何度もこうした修羅場は経験しているのよ、任せなさい!

 

「でもせっかくの機会だし、ちゃんと丁寧に製作したいな」


 少しでも売れるように、完成度は高めたい。これまでの経験上、手をかけられなかった物は、やっぱり売れるのに時間がかかったりしたのだ。


「えっと、今から香りを創ろうと思います」


 壁沿いにある横長テーブルに座って、私はそう宣言する。


 それは昨日お風呂に使ったポプリを創った時にも感じた気持ちがあったからだ。

 心臓の辺りがぽわっと温かくなる。耳をすませば、可愛らしい子供たちの声が聞こえてくる気がする。

 

 精霊族の加護。


 ラスの語った事は未だ半信半疑だ。でも、これら不思議な現象は、そうじゃないと説明がつかないって思った。


 そしてきっと私がそれを受け入れたら、もっともっと素敵なことになる気がしたの。


「わあ」


 すると、それは起こった。

 現象として私の眼前に舞い降りたのだ。


 ポケットティッシュケース大の袋は細かな編み目になっている。その中に入れようとしていたドライフラワーに誰かがいたのだ。

 私の視線に気づくと、羽をはやした小人は両手で抱えていたピンクの花弁をほっぽり出して袋の陰に隠れてしまった。


「あっ、ごめん、ごめんね。驚かそうとしたんじゃないの。お手伝いしてくれてるんでしょう? 嬉しいな。ねっ、一緒に創らない?」


 もしかしたら、バラの妖精さん?

 白い肌に桃色の髪をしている。袋からひょっこりと顔を覗かせた頬はぷっくりしていて、なんとも可愛らしい。年齢は判らないけど、何となく妖精の中でも幼い子のような気がした。


 その子はコクコク頷くと、ぴょんと飛び上がった。羽が広がり、瞬く。

 花弁の上を妖精が飛び回ると、その煌めきはちらちらと袋の上に降り注いだ。

 

「とっても綺麗だわ。すごい」


 花弁をすりつぶす私の手に、袋を縛る紐を細工する指に、時折姿を現す別の妖精達が留まる。不思議そうに私の手元を覗き込んでいる子もいれば、せっせと花弁を運んでくれる子達もいた。


 まさに妖精との共同作業だ。

 彼らの息遣いを感じながら創る時間はあっという間に過ぎ、すべての準備が整ったのはもう夜が明けようとする頃だった。


 目がシパシパする。


「はう~、な、なんとか出来た。……へっ? あれっ、エリアス、ポポ?」


 二人は私の足元でスゥスゥ寝息を立てている。いつのまに起きてきたのだろう。


「もしかして、応援に来てくれたの? ふふ、ありがとねエリアス、ポポ」


 とにもかくにも、もうバザー当日だ。

 

「がんばるぞ! エイエイッ、オー!」




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