第29話

「おはよう、レイスティー」

「おはよう、ミラ」


 朝早くに寮の部屋まで来てくれたミラを部屋に招き入れてドアを閉める。


「うわっ! よく見たら顔も凄いけど、遅くまで飲んでいたの?」


 飲み会で酔い潰れたミラはあの後に何があったか知らない。


「あはは⋯⋯久し振りだったから、つい」


 肯定も否定もせずにはぐらかすことにした。


 まさか、おたくの隊長殿に押し倒されて、悲しくて悔しくて一晩泣き明かしたなんて言えるわけないし。


 そんな風に思っているとじっと自分を見つめる視線を感じた。


「何かあったわね。言いなさい」


「いや、別に…………」


 ギクリと肩を揺らしたレイスティーを見て、ミラは詰め寄る。

 

「まさかとは思うけど、うちの隊長に無理矢理何かされたわけじゃないわよね?」


「えっ……いや、その……」


 当たらずとも遠からず。

 どうしてこうも鋭いのかとレイスティーはミラの勘の良さが怖くなる。


「あんたが吐かないなら仕方ないわ。あの白髪悪魔に直接……」


「分かった! 話す! 話すから!」


 今にも突撃してしまいそうな勢いのミラをレイスティーは腕を掴んで引き留める。

 そしてことの経緯を話し、顔が酷い理由を知ったミラは目に殺意を浮かべて拳を鳴らす。


 酒で酔いが回っていただけだと、レイスティーはミラに説明する。

 だから、何も追及してくれるな、とも付け加えた。


 ミラは納得してはいなそうだが、一先ずは頷き、拳を引っ込めた。


「あの白髪悪魔……けっこうヘタレなんだ……意外だわ。あんたはあんたで強いわね」


 コーネリオに押し倒されて流されなかったレイスティーにミラは感心した。

 そしてニマニマしながら『いっそのこと流されてしまえば良かったのに』と口から出てきそうな言葉を飲み込む。



「さっきから気になってたんだけど、白髪悪魔って何?」


 コーネリオを指しているのだろうが、『悪魔』という単語があまりにも似合わないのでおかしくなる。


 洗礼された神の遣いか、むしろ神そのもののような神々しさがあるコーネリオに『悪魔』という単語はあまりにも似合わない。


「シルが言ってたの。昔は悪魔だったって」

「へぇ?」


 コーネリオと長い付き合いのシルヴァンはコーネリオのマイペースさに振り回されているらしいのでそのせいかもしれない。

 


「とにかく、ここだけの話にしておいて」


 もう、コーネリオのことを引き摺りたくないのだ。

 これ以上、望みのない恋にしがみつきたくない。 


「…………分かったわよ。あぁ、そうだ。はい、これ。頼まれたやつ」


 コーネリオに関しての話は終えて、ミラに手渡されたのは瓶に入った錠剤である。


「酔い止め。医局に在庫がなくて。渡すの遅くなっちゃってごめんね」

「無理言ってごめんね。ありがとう」


 以前はよく飲んでいた魔力酔いを押さえる薬で、薬剤師に頼んで特別に作ってもらったものだ。


 担当してくれた初老の薬剤師は昔もレイスティーと同じ体質の騎士がいたと言って、すぐに用意してくれた。


 鼻も痛くなると伝えたら、鎮痛作用も追加してくれたのでありがたい限りである。


 レイスティーは瓶から錠剤を取り出し、口に放り込む。

 一日一錠で朝起きてから服用する。

 よく効くし、水なしでも飲めるのでありがたいが、魔法薬特有の匂いに思わず顔を顰める。


「それ美味しい? 何だかラムネ菓子みたい」


 錠剤がお菓子に似ているので、ミラが前のめり気味に聞いてくる。


「美味しくはないよ。匂いも強いし、私はこの匂いも味も苦手」


「魔法薬って決まってシナモンみたいな匂いがするよね? もっと色んな味になれば良いのに」


「それは同意。何でみんなシナモンみたいな味と匂いなのかな」


 もっと飲みやすい味になるように改良して欲しい。


 普通薬は子供が飲みやすくイチゴ味やブドウ味にできるのにどうして魔法薬はシナモン限定なのか。


 レイスティーは瓶を大事にポケットにしまう。


「レイスティー、そろそろ行こう。下でグレルも待ってる」

「えぇ」


 ミラとグレルも協力してもらい、事件と関係ありそうな場所に足を運んだ。

 一番行きたかったのはグレゴール・マンシェット元副団長の自宅である。

 騎士団本部から少し離れた閑静な住宅街に佇む邸は広い花壇があった。


 邸に近付くと、隣に立つグレルがぎょっとした表情でレイスティーを見た。


「おい、レイスティー。大丈夫か? 鼻血出てるぞ」

「平気、平気。気にしないで。薬も飲んだし、酔って倒れたりはしないから」


 ミラから薬を受け取ってすぐに服用したため、調子は良い。

 ただ、鼻血だけはどうしようもないのだ。

 吸い込む空気に含まれる魔力が勝手に鼻を刺激する。


「ほら、脱脂綿。鼻に詰めとけ。ハンカチじゃ足りないだろ」

「ありがとう」


 レイスティーはどこからともなく出て来た清潔な脱脂綿を小さく千切って鼻に詰める。


「二番隊は世話焼きが多くてありがたいわね」

「お前に鼻以外から血を流させるなと隊長に厳しく言われてる」


 鼻は良いのか。別に良いけど。


 レイスティーはふと玄関前にある広い花壇に目が行く。

 そう言えば、お母様がお花好きだって聞いたことあるな。


 手入れをする人が誰もいないせいか、雑草で溢れ返っている。

 雑草の中で見頃を過ぎたチューリップが一輪、崩れ落ちそうな花弁を必死に守っていた。


 そういえば、元副団長は木属性の魔法を使う人だったわね。

 植物全般に精通する木属性は魔法の用途が多い。

 式典で使う花や植物の準備担当になっていたことを思い出す。 


 元副団長の机には顔に似合わず、いつも花が飾ってあった。

 なかなか枯れない机の花は彼の魔法で維持されていると本人の口から聞いたことがある。


「奥様は病気で亡くなって、お母様はシエトルトの病院に長いこと入院してるって言ってたわよね?」


「うん。事件があってもお母様は無関係だし、フルーラがお母様の治療は続けられるように手配してくれたんだって」


 正直、あの性格の黒いフルーラがそんな世話を焼くことには違和感を覚える。


 それでもお母様の命が守られたのであれば、それは良いことよね。


 そんなことを思い出しながら邸内を見て回った。


「騎士団が来た時にはもうこんな感じだったわ」


 騎士団が邸を捜索するために入った時には既に邸の中は何者かが押し入った形跡があったとミラは言う。


「元副団長は書斎で過ごすことが多かったらしいわよ」


 

 書斎は壁に沿って並ぶ本棚にはぎっしりと隙間なく本が並んでいた。

 机の上には若かりし頃のグレゴールと奥方らしき女性が並んだ写真がある。


 撮影場所は先ほどの花壇の前だ。

 雑草ではなく、赤いチューリップの花でぎっしりと埋め尽くされていて、とても綺麗だ。


「綺麗な人だな~」


 グレルが羨まし気な声で言う。


「本当ね……って、レイスティー、鼻血」

「あぁ、ごめん。脱脂綿貫通しちゃった」


 レイスティーは清潔な脱脂綿を鼻に詰め直し、グレルに向き直る。


「ねぇ、グレル。お願いがあるんだけどさ」


「何でも言えよ。レイスティーの頼みは可能な限り、聞くようにって隊長から仰せつかってる」


「本当に隊長はレイスティーに甘いわね」


「それに過保護だ」


 レイスティーはハンカチで鼻を押さえながら首を傾げる。


「え、自覚なし?」

「は? マジで?」


「だって、あの人、私だけ扱い雑じゃない?」


 コーネリオはみんなには苗字にさん付け、もしくは名前に嬢で呼ぶ。


 それに対してレイスティーはいつも呼び捨てだ。

 いつも穏やかで紳士的だが、レイスティーはかなり意地悪を言われたり、揶揄われたりしているし、レイスティーも負けじと言い返したりと、そんなやり取りばかりしていた。


 他の女性にはそんなことしないので自分だけが雑に扱われているような気がしていたのだ。


「「あぁ……」」


 ミラとグレルは頭を抱えて大袈裟なほど大きな溜息をついた。

 

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