第17話

 コーネリオの右腕はレイスティーの背後に伸び、その手は男が振り上げた刃物を素手で掴んでいた。


 刃物を掴んだ手からは鮮血が滴り、白い騎士服の袖を赤く濡らす。


「て……手が……」


 目の前で滴る鮮血にレイスティーは激しく動揺する。


「大丈夫ですか? レイスティー」


 動揺するレイスティーを落ち着かせるように、穏やかな低い声が優しく響く。

 ボタボタと床に落ちる血がその怪我の酷さを教えてくれる。

 

 痛いはずなのに、それでも自分の安否を気にするコーネリオにレイスティーは胸が締め付けられた。


「どこか怪我を?」 


 コーネリオは険しい顔でレイスティーをじっと見つめ、怪我がないかを確認する。


「い、いえ、私は平気です!」


 レイスティーが答えるとコーネリオの表情が柔らかくなる。


「こちらのお嬢さんは?」


 レイスティーは女の子の口を塞ぐ布を取り払い、手を拘束する縄を解いた。

 逃げるのに必死で忘れていた。


「大丈夫です」


 女の子は涙目になりながらもしっかりとした口調で答える。


「それは良かった。頑張りましたね」


 少女にも優し気な笑みを浮かべるとコーネリオは男に視線を向ける。


「この男達は偽物の結界石を持っています」

「それは僥倖。あなた達には聞かなければならない話があるので同行してもらいます」


 コーネリオは一瞬、掴んでいた刃物から手を離し、長い脚で男を蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばした男はそのまま背後にいた男にぶつかり、共倒れになり床に転がる。


 しかし、立ち上がった男達が裏口に向かって走り出す。


「待て!」


 レイスティーが男達を追って走り出そうとするとコーネリオが手で制する。


 ドカーンと大きな破裂音が男達の向かった裏口から聞こえてきた。


 ズルズルと何かを引き摺るような音と軽快な足音が廊下に響き、足音の主にレイスティーは思わず笑顔を向ける。


「ミラ!」

「容疑者確保~」


 眩しい笑顔のミラにレイスティーは顔を引き攣らせた。

 何故なら頬に返り血がついているからだ。


 男二人の襟首を掴んで引き摺りながら返り血の笑顔は異様である。

 女の子は念のために医師に診てもらうことになり、治療班に預けた。


 母親も到着していたので一安心である。


「裏口からの逃亡は予想していたのでエジェスさんに裏口を固めてもらっていたんです」


「物理的に塞いでおきました」

 

 ミラはグッと親指を立てる。


「何を使って塞いだんです?」

「墓石です。近くのお店から借りてきました」


 コーネリオの問いにミラはケロっと答えるが、あまりにも予想外のもので言葉に詰まる。


「はぁ。後でお店に謝りに行かなくてはなりませんね」

「大丈夫でしょう。まだ、加工前でしたし」

「そういう問題ではありません」


 墓石は注文を受けてから石を削り出すのでミラが借りたという墓石も既に亡くなった誰かのためのものである可能性が高い。


「じゃあ、私はこの男達を引き渡して来ますね」


 ズルズルと男達を引き摺ってミラは外に出て行った。


「アンスター隊長、手を見せて下さい」


 レイスティーは二人の会話に割り込み、コーネリオの負傷した右手を取る。


「すみません……私のせいで……」


 コーネリオの傷は思っていた以上に深かった。


 深い……私の治癒術程度じゃ完治できない……。


「これくらい大丈夫です。何ともありません」

「私じゃ血を止めるくらいしかできないですけど」


 コーネリオの手にレイスティーは魔力を注ぐ。

 意識を集中させ、密度が高くなるように力を込めると額に薄っすら汗が浮かぶ。


「ありがとうございます」


 完全には塞がらないが、何とか出血だけは止めることができた。

 しかし、魔力の使い過ぎで起こる貧血が起こる。

 クラクラするがそれを悟られないように努めた。


「コーネ様!」


 高い声が響き、パタパタと足音が近づいて来る。


「フルーラ嬢、何故ここに?」


 現れたのは騎士団の女神と名高いフルーラだ。

 集まった騎士達を押し退けてコーネリオに駆け寄り、抱き着いた。


「コーネ様が現場へ向かったと聞き、居ても経ってもいられなくて」


 フルーラは涙ぐみ、コーネリオを見つめる。


「まぁ! お怪我を⁉」

「止血だけしてもらいました」


 大袈裟に驚くフルーラにコーネリオは短く答える。


「止血だけですか?」


 フルーラがちらりとレイスティーに視線を向け、そして見下すような笑みを浮かべる。


「手を貸してください。治しますわ」


 シナモンのような香りが鼻を掠めたと思ったらフルーラは瞬く間にコーネリオの傷を塞ぎ、傷痕も残さずに綺麗に完治させてしまう。


 圧倒的な治癒術を前にレイスティーは自分が惨めになる。

 肝心な所で自分は役に立たない。

 それが凄く悔しくて悲しくて惨めだ。


「あなたも大丈夫? 顔色が良くないわ」


 大して得意でもない治癒術をコーネリオのために使ったせいだ。

 すぐに治療班が来てくれるのを知っていたのに、レイスティーはしゃしゃり出た。


「無理しないで。コーネ様には私がついてるんだから」


 フルーラはレイスティーの耳元で囁く。


「鼻は役に立たない、まともに治癒術も使えない、よくそんな実力で今までコーネ様の側にいられたわね。私なら恥ずかしくていられないわ」


 無様で素敵よ、とフルーラは言い残してコーネリオと並んで外に向かって歩いて行く。


「レイスティー、あいつに何か言われた?」


 男達を引き渡して戻って来たミラがレイスティーに訊ねる。


「…………何でもないわ」


 事実を言われただけだ。

 自分の存在はコーネリオに不要だという事実を突きつけられただけ。


 レイスティーは悔しさを隠すように無意識に唇を噛み締めた。



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