彼女はレモンサワーの時間を探している
晴山第六
第1話 君とレモンサワー
五月の朝、俺は一限の講義に出席するため大学に向かっていた。空は澄み渡るような青空で、こんなに清々しい朝の通学は久しぶりだった。いつもは寝不足や二日酔いで一限に向かう俺だが、この日を機に真面目に勉学に励めそうな、そんな気がする天気だった。
正門を抜け、講義の行われる教室に歩を進める。一限前のこの時間の大学は人がいつもまばらだ。教室のドアを開ける。六十人ほど収容できる教室には、最前列の窓際にいる一人を除いて誰もいなかった。彼女はいつもそこに座っている。俺もまた、いつものとおり彼女の隣の椅子に腰を掛けた。
「おはようございます」俺は言った。
「休講らしいよ」瑠花さんは言った。
「また休講ですか」
「ほら、あれ」彼女はホワイトボードを指さした。そこには、【教授急病により休講します】と書かれていた。特徴的なその筆跡は教授本人のもののように見えた。
「昨日のゼミはピンピンしてんだけどね……」彼女は言った。ホワイトボートには急病のなか直筆で書いてくれたようだ。
教室には、俺たちと同じように講義を受けに学生が入ってきたが、ホワイトボードの文字を見てみな踵を返して出ていった。
「暇になっちゃいましたね。部室行きますか?」と俺は言った。俺たちは同じサークルに入っていて、彼女は俺のひとつ先輩だ。
「うーん」彼女は頬杖をつき、こちらを見る。「それもいいけどさ、飲みに行かない?」彼女は言った。
「飲み? いまからですか?」俺は言った。一限が始まるのは九時。よって現在の時刻もまだ九時だ。
「そう。今から。ちょっと気になることあってね」
「気になること?」
「何時のレモンサワーが一番おいしいかな、って」
「レモンサワー?」俺は言った。
「うん。昨日、ゼミの資料作り終わってから遅くにレモンサワー飲んだんだけど、美味しくてさ。それで、いつの時間帯のレモンサワーが美味しいのかなーって。気にならない?」瑠花さんは言った。
「それは……めちゃくちゃ気になりますね」俺は言った。「朝イチのレモンサワーが美味かったら朝イチにレモンサワー飲んでいいってことでしょ?」
「話が早いね。そういうこと。試してみようよ」
「乗りました。行きましょう」俺は言った。俺は飲みの誘いと女の子の誘いは断らない。それが瑠花さんの飲みの誘いなら、午前九時だろうと関係ない。
「よし。じゃあベストなレモンサワーを探しにいこう」瑠花さんはそう言って立ち上がる。おれもあわせて立ち上がる。
こんな朝からレモンサワーの飲む検証ができるのなんて大学生の今だけだなと俺は思った。窓の外のこの快晴も、勉学の為ではなくレモンサワーの為にあるようにその時は思えた。
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