第5話「誰より近く、誰より遠く」

雨が降っていた。

薄い灰色の雲が空を覆い、街全体がぼやけて見える。

主人公は廃ビルの屋上に立ち、ポケットの中で携帯を握りしめていた。


画面には、再生されたままの映像。

10年前、彼がいじめを受けていた学校の防犯カメラの記録──

そしてその端に、傍観者として立つ相棒の姿。


表情はよく見えなかった。

けれど、それが“事実”であることは、否応なく彼の胸を締め付けた。


「……全部、知ってたのか?」


背後からの気配に、主人公は振り返らずに言った。

無言で立つ相棒。その肩が濡れていたのは、雨のせいだけではなかった。




「知らなかった。正確に言えば……気づかないフリをしてた」

「目を背けてた。あの時、お前の名前さえ……俺は覚えてなかった」


相棒の声は低く、ひとつひとつを確かめるようだった。


「俺は加害者じゃない。でも、傍観者だった。

 それは、何より卑怯だった」


主人公はゆっくりと振り向く。

その目は、怒りではなく、深い絶望と静かな哀しみを湛えていた。


「なぜ、黙ってた」


「言えなかった。便利屋として、パートナーとして、

 いつかそのことがバレるのが怖かった。

 それよりも──お前を失うのが怖かった」


相棒の告白は、あまりに個人的で、切実だった。




「信じたい。でも、信じられない」


主人公は一歩、後ずさった。

ふたりの間に、かつてないほどの距離が生まれる。


「俺のことを憐れんだのか。罪滅ぼしのつもりで近づいたのか。

 どっちにしろ、それは“復讐”とは関係ない」


「違う。違うんだ」


相棒が一歩近づこうとすると、主人公は手を挙げてそれを制した。


「今夜の仕事が終わったら、しばらく距離を置こう。

 お前が“本当に俺を見ていたのか”、それを確かめるためにも」


そう言い残して、主人公は雨の中へ歩き出した。

背後で、相棒は声をかけることもできなかった。




その夜、主人公はひとりで次のターゲットの情報をまとめていた。

画面に映るのは、次なる「非常識な加害者」。

だが、そこにはどこか、今までとは違う“迷い”があった。


──心の中に、あの男がいる。


「復讐」と「赦し」の狭間で、主人公は初めて、自分の感情に疑問を抱いていた。


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