まだ浮気じゃない

ちりる海

萌芽

1

 美咲ちゃんは部活のかわいい後輩だ。そこそこ部員数の多い美術部でそれまで特別に親しい同級生や後輩がいなかった私にとって入部当初から私だけに心を許す彼女をかわいがらない理由の方が見つからなかった。

 

 絵さえ描ければいいと思ってこの高校を選んだ。本当は美大受験に強い市外の学校に行きたかったが、進学や就職面を気にする両親が専門学校のようなところへ行くことを許してくれるはずもない。だから、学区内でそこそこの偏差値かつコンクールで入選実績のある卒業生が何人かいるここはうってつけだった。しかし、入部して現実を知る。芸術に造詣のない人々が世論を握るこの校舎で、美術部とはオタクが仕方なく入る、なのだと。我が校は芸術にも理解がある、という体裁を誇示するため体育祭や文化祭など外部から人を呼び込む時には大きなパネルで絵を飾ったり、絵画を展示しているが、将来的に芸術の道に進むことを考えている部員はいない。

 だから、全然話が合わない。顧問が一応持ってくるコンクールのパンフレットに興味を示すのは、大抵内申点のため。あまり成績の振るわない生徒が部活動は頑張ってる、という免罪符のために出品するのである。馬鹿馬鹿しい。私はそんな回りを見下していたし、本気で美大受験を目指している癖に、同級生の中ですらずば抜けた才能を持ち合わせていない私のことをみんなも内心馬鹿にしていたと思う。部活が終わって他の同級生が固まって帰宅するのを惜しみながら談笑する中、足早に帰る日々。

 

 そんな日常を壊したのが彼女だった。

「先輩がぼっちよかったです。もしすでにコミュニティが作られていたら入り込む余地ないですもん。こうして部活終わりに帰ることもできなかったんだろうなあ。」

 あけすけな物言いだなあ、と思いながらも共感する。関係性の固まりきったところに新参ものが切り込んでいくことの難しさ、それをわかっているからこそ私たちは仲良くなれたのかもしれない。可憐な見た目とは裏腹に絵を描くことに貪欲な彼女もまた同級生に親しい友人を作り損ねたのだという。彼女は後輩たちの中で、いやひょっとしたらこの学校で一番絵の才能のある人物だった。コンクールにいくつも入賞経験のある1年生がいるらしい。そうして鳴り物入りで入部したので、部内でもどこか浮いてしまっている。

「入学式のホームルームがよくなかったんですよね。ある先輩を追いかけてここに来ましたっていう前置きから、文化祭の展示作品に惚れたというのがみんなにとってはギャップがありすぎたんでしょうか。まあわかってもらえなくてもかまいませんけど。」

 確かに自己紹介にしては少し個性的すぎる。一方で、我ながら自信作だったあの作品にそこまで感銘を受けてくれたのが素直に嬉しかった。


 去年の文化祭の展示用に描いた中庭の風景画。銅像の少女の佇まいが気に入っており、ブロンズの輝きを残すためにあえてセピア色のみで描き上げた。アンケートでは、美咲ちゃんにしか支持してもらえなかったけれど。

「中心に立つ少女像の重厚感が目立つよう色のトーンを抑えてあり、その雰囲気に引き込まれました。落ち葉が折り重なる柔らかな感じと、静かに立つ二本の脚の筋や固く結んだ口元の肌のこわばりの対比がとても美しいです。」


 お世辞にも才能があるとは言えない私だが、それでも一つ一つの作品に本気で打ち込んでいる。それに気づき私を慕う彼女の曇りなき眼差しは、燻っていた自尊心にいとも簡単に火を点けてくれたのだった。

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