第3話:夢の中の教室

教室――のようで、教室でない場所。


床も、天井も、壁も確かに存在するのに、それらは脈打つようにわずかに歪み続けていた。


机の列があり、黒板があり、掲示板に貼られたプリントの一部が風もないのに揺れている。


だが、それらすべてが、記憶の中の「それ」に似ていて、どこかが確実に違っていた。


(これは夢じゃない。夢に似た、別の……)


紗雪は、手の中に残る御守りの感触を確かめる。


その感触だけが、現実の断片を指し示していた。


「……縷々?」


教室の隅、窓際の席に、誰かが座っていた。


(——いた!)


紫のスカーフ。つややかな髪。背筋を伸ばして座るその姿は、まぎれもなく天神縷々だった。


「縷々!」


駆け寄る紗雪。しかし、次の瞬間。


「こないでッ!!」


その声と同時に、机と椅子が空中に跳ね上がるように動き出した。教室全体がうねり、まるで拒絶するように波打つ。


縷々の瞳は、いつもの優しさとは違っていた。切羽詰まったような、悲鳴に近い感情を宿していた。


「ここは、だめ……来ちゃ、だめなの……“あれ”が、気づいちゃう」


「“あれ”? ……“名前がない”って、夢で言ってた。……それって何?」


紗雪の問いに、縷々は震える声で応じる。


「……名前を呼ぶと、取り憑かれる。“あれ”は、名前を探してる……自分の、誰かの……記憶の隙間に潜りこんで……」


そのとき。


空気が、一気に沈んだ。


まるで海中に沈んだような重圧が、教室全体を包みこむ。


天井の蛍光灯が、じじ、とノイズのような音を立てて点滅する。影が伸びる。揺れる。増える。


ひとつ、またひとつと、生徒の影のような黒い人型が現れた。だが、どれも顔がなかった。


「やだ……来ちゃった……!」


縷々が椅子から立ち上がろうとした瞬間、背後の黒い影が、彼女の腕を掴んだ。


「離れなさい!」


紗雪はとっさに御守りを振るった。御守りがまばゆい光を放つと、影たちは一瞬ひるみ、退いた。


その隙に、紗雪は縷々の手を強く握った。


「逃げるよ、縷々!」


「でも……!」


「今度は、あたしが守るって決めたから!」


影の群れが再び動き出す。名前を求めて、形を求めて、教室全体が彼女たちを呑み込もうと迫る。


だがそのとき、教室の後方、ひび割れた黒板の奥に、ひとつの“扉”が現れた。


古びた木製の、まるで学園の旧資料室にあったものとそっくりなドア。


(あれが出口……!?)


「行こう、縷々!」


二人は手を取り合って、闇の迷宮から光の扉へと駆け出した。


だがその背後で、黒い影のひとつが――まるで“縷々”とそっくりな姿に変化し、じっとこちらを見つめていた。

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