『Echoes of Logos ― 夢幻令嬢、迷宮に堕つ。―』

ちょいシン

第一話:日曜日の密談

──日曜日。快晴。風は初夏の匂い。


「で? 結局、どっちを買うのよ紗雪。白のカーディガン? それともピンクの?」


「縷々、あんたがピンクばっか勧めるから選びづらいのよ。私、ピンク似合うキャラじゃないでしょ」


「いやいや、最近は“ギャップ萌え”って言うんだから。クールビューティがピンク着てたら破壊力抜群でしょ?」


「その理屈、わたしが会社の会議で言ったら取引先全員黙るわよ……」


二人は市内の高級セレクトショップで、午前中からあれこれ試着と冷やかしを繰り返していた。


ブランドは違えど、九重財閥と天神グループという名の重圧を背負っているせいか、子供の頃からずっと似たような立場で育ってきた。


友達ができにくい環境のなかで、最初に笑い合えた相手──それが、お互いだった。


「ところでさ、最近学園で騒がれてるあれ、どう思う?」


「……“また誰かいなくなった”ってやつ? ……都市伝説みたいな扱いだけど、本当なの?」


「実際、今月に入ってから四人よ。生徒会は“体調不良による休学”で通してるけど、退学願も転校願も出てないの」


縷々の声がひそめられ、柔らかだった表情が一瞬だけ鋭くなる。


「縷々……調べてるの?」


「気になっちゃってね。パパの会社の情報部通じて、ちょっとデータを当たってるの。そしたら──」


「──?」


「全員、“花桜学園かおうがくえんの旧校舎付近で最後に目撃されてる”のよ。ピンポイント過ぎるでしょ?」


紗雪の目も曇った。


「旧校舎って……立ち入り禁止区域じゃなかった? 確か、十年前に火災事故があって封鎖されてたはず」


「そう。だけど実は、立ち入り禁止と言いながら、鍵は簡単に開けられるし、警備カメラも一部が死んでる」


「……つまり、誰かが意図的に“入れるようにしてる”?」


「かもね。でも、誰が? なんのために?」


店内のBGMが一瞬だけ切り替わる。緊張を裂くように明るいポップスが流れ、ふたりは同時にくすりと笑った。


「推理ドラマの観すぎだよね、あたしたち」


「でも、誰も信じようとしないときこそ、誰かが目をこらさないとダメなのよ」


「……それ、誰のセリフ?」


「わたしがさっき考えたの。どう? キャッチコピーっぽい?」


「自社広報部に応募してみたら?」……


……窓の外は、夕焼けが街を赤く染め始めていた。


「それでね、パパったらまた“役員会で紗雪さんのお父上に助けられてばかりでね”って……もう何度目だと思う?」


そう言って笑う天神縷々てんじんるるは、銀縁の眼鏡をくいと押し上げた。整った顔立ちに、品のある所作。けれどその瞳は、紗雪にだけ向ける無邪気さに満ちていた。


「それ、たぶん五回目以上。前にも同じこと言ってたわよ?」


九重紗雪ここのえさゆきは苦笑いしながらも、縷々の紅茶に角砂糖を一つ入れて渡す。二人は放課後の図書室の隅、窓際の一角を「秘密基地」と呼んでいた。


「ふふ、数えてたの? 紗雪って、意外とマメなのね」


「“意外と”は余計よ。縷々こそ、昨日の数学テストでどうしてあんなにできたの? あたし、あの関数問題、完全にトバしたわ」


「それはね……」と、縷々が小声で囁く。「お昼休みに、例の旧校舎で“ひらめきのおまじない”してきたから」


「ちょっと待って、それ冗談でしょ?」


「信じるか信じないかは、紗雪次第。ね?」


いたずらっぽく笑うその顔が、ほんの一瞬、窓に差す光で影に包まれた。


「でもさ、最近変じゃない?」


紗雪が声を潜めて切り出す。


「失踪事件のこと?」


縷々の表情が一転する。いつもの明るさが、ふっと色を失った。


「うん。三年の先輩が行方不明になったって、新聞部の子が言ってた。先生たちは“家の都合”って言ってたけど、荷物もスマホもそのままだったって」


「……妙ね。逃げるならスマホくらい持つはずだし」


「それに、失踪した子って、前の日まで図書室でひとり、自習してたらしいの」


縷々の声が、ひときわ静かになった。


「この“秘密基地”の、すぐ隣の席で」


沈黙が流れる。外では風が木々を揺らし、どこかで鳥が鳴いた。


「ねえ、紗雪。次、あたしがいなくなったら……探してくれる?」


「何言ってんのよ。絶対に、いなくならせないわ」


紗雪はぴしりと言い切った。縷々がいつもより少し長く、その目を見つめてくる。


その数日後、天神縷々は忽然と姿を消した。

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