いかにしてその帝国は滅びたか
無名 道化
斯くて魔王は笑う
第1話 斯くて厄災は突然に
ルステイン王国交易城塞都市チルス
北に大山脈と豊な森。東側に河と草原。河沿いに南に行けば海があり。帝国との国境を守る砦、城塞都市として存在している。
元は小さな砦と村だけだったこの都市は、山から採れる石や鉄などの鉱石、森から木材を上流から流れる川を利用して輸送、集約する町となり。それらを求め商人達が海側から船で乗り付け、やがて大きな交易都市として発展するのであった。
北にある大山脈、そこから流れこむ水は幾つも合流して河となり、都市のそばを流れ南の海まで貫いている。河を挟んで東に広大な草原があり。その草原は隣国である帝国の緩衝地として利用される。若干の低地ゆえに、しばしば発生する河の氾濫による濁流などの理由で荒れる為、畑などとして使えず、主に家畜の放牧地として使われていた。
「ふふふ…これで玉座は我が物に」
そう呟く馬に跨った男の周りには、重装兵が守りを固めるように囲んでいた。物々しい状況に反して、太陽にきらめくプレートアーマーは傷一つ無く、旗を持つ姿は力強く強大な帝国を象徴するかのように。
男の名前は、ユードリック。大陸で一二を争う国力を持つ帝国の第一皇子である。その皇子が、広大だが何も無い草原に何用か。
戦争である。隣国の国土を切り取り、この功績を以て次期皇帝の席を確実にせんとする。要は箔つけのための戦争である。
帝国の戦力は15000。対して王国は近隣の村や町からかき集めた民兵を含め8000。戦争の準備を秘匿しながら進めていた帝国に、長年戦争らしい戦争も無く油断しきっていた王国側が察した時には遅かったのである。
「殿下。準備が完了しました」
「うむ。では始めよ」
開戦の是非はすぐに下され、戦場にラッパが響く。盾と槍を持った歩兵が前進し、その後ろに弓兵が付いていく。小高い丘から見える、数千人の兵が広大な草原を闊歩する姿は壮大である。
玉座に着く最後の一歩である。馬に跨り見下ろす皇子は、自分が高揚しているのを感じる。
精悍な顔に笑顔を貼り付け、馬を下り、マントを翻しながら後ろに控える軍議用の大型の天幕に入る。戦場を見下ろす為に馬に乗り、開戦の合図をするために出てきたので、用が済んだらさっさと引っ込むユードリック。直後天幕から高笑いが響く。
その後、開戦から5日が過ぎた。帝国の戦線は順調に押し上げ、王国兵を城壁の向こうへと押し込めたのである。
城壁の門の南北を5000の兵で固め、河が近く帝国側である東門は3000で塞いだ。
王国側である西は、籠城する王国兵達の逃げ道としてわざと開けられ。残りの2000は予備兵力として兵站部隊と一緒に拠点の守りを固めていた。
城塞都市に籠城する王国軍に対して、あと一押しで敗走させる事が出来る。
そんな戦場の空気が変わったのは日が沈む直前の夕方。内と外を近衛の兵で守らせたユードリック専用の天幕で、公爵の嫡男であり皇子の側近マローネがまとめた報告を聞くまでである。
「なに?徴収部隊を率いた男爵が帰ってきてないだと?」
徴収部隊とは名ばかりの略奪部隊であるが。その指揮を執っていた男爵がまだ帰還していないと報告が入る。
「はい。今日の朝方に北の森の中にあるとされる、木こりの村に向けて出発いたしましたロール男爵がまだ帰ってきておりません。編成は馬と馬車のみで出発しましたのでもう帰ってきてもおかしくないはずですが」
ココから目的地の村まで、馬でなら半日もかからない。略奪の時間も入れても帰ってこれる筈である。
「何故その様な遠方の場所の村に徴収を?他にも近くの村があるだろうに」
ユードリックは首を傾げながら訪ねる。
「さぁ? 男爵は金の卵を産むガチョウを捕まえる、と言っておりましたが」
「ガチョウだと?そんな御伽噺を信じておるのか?男爵は」
だとしたら呆れた話だが。
「流石にそれは…。
「ふむ。しかし、この勝ち戦で逃げ出すも事もあるまい」
「はは、御冗談を。そんな事をしましたら、一族郎党まとめて死罪でございましょう」
天幕内に二人の笑い声が響く。
「で、あるな。ならば王国の援軍に補足されたのやもしれん。偵察部隊を編成しろ。闇夜に紛れ広く分散し敵の位置と数を確認させよ」
「は!」
マローネは即座に膝を付き、命令通りに動こうとした直後、天幕にボロボロな姿の伝令兵が走り込んでくる。
「で、伝令!北門を抑えていた部隊が全滅!」
「なんだと!?もっと詳しく説明しろ!」
王国軍の援軍は予想通りであり、徴収部隊が帰ってこない可能性も考えられていた。が、北門を抑えていた5000が何も報告も無しにいきなり全滅など予想外の事である。
「王国側の援軍がもう来たのか。北軍の指揮官はどうなっている!見張りを出して無かったのか!?」
「いえ。見張りは十分に出しておりました!王国の援軍が来た場合、直ぐに知らせを出せる準備もです!」
「ならば何故!?」
口答えしてきた兵に腹が立ったのか、ユードリックの口調も段々と激しくなるが。
「森から人が一人」
「森から?」
急な話にユードリックも勢いが止まる。
「はい。見張りは村から逃げてきた人間だと思ったそうです」
「それがどうした…!」
聞きたかった事では無かったせいか、怒りを噛み殺しながら伝令兵に訪ねる。
「森側を見張っておりました5人の内、2人が報告の為に部隊に行き。3人が口封じの為に殺そうとしました」
「……」
森から来たならば、例の略奪から逃れた村人であろう。ならば、他の村に行く前に口封じをする。そう理解出来る。
ユードリックは無言で報告の続きを促す。
「そして、近づいた3人は…」
伝令の口が固くなるなる。自分でも信じられない事を報告する為に。
「3人は…どうした!?」
「はい。…3人は。何も出来ず、
「なに?…風魔法か?」
ユードリックは瞬時に思考する。正規に鍛え上げられた兵が、何も出来ずに殺される。不意打ちであれば不可視の風の刃と考えたが。
「いえ。殺され方が異常で。3人は一瞬で棒になったのです」
「棒…だと?」
「はい。細長い棒です」
伝令兵は淡々と、しっかりとした声で報告をする。
「そして、部隊に報告する為に動いた兵の一人は、玉になりました」
皇子は伝令兵の言った事が理解出来ずにいた。人間が棒や玉になったなどと。信じられる筈がない。
様子を伺っていた周りの近衛は、無言で抜刀をする。
「貴様は先ほどから何を言っている!?」
頭が再び沸騰するかの如く激昂する。この伝令兵は無茶苦茶な事を報告しているのかと。次期皇帝である我を愚弄するのかと。
思わず腰の剣に手が伸びるが、いつの間にか隣にいたマローネが止めた。
「お待ち下さい。まだ北軍がどうなったかを聞いておりません」
「わかっておる!だが、コイツは嘘の報告をし!我
が軍を混乱させようと目論む王国兵やもしれんのだぞ!」
「はい。ですので確認の為に近くの兵に北軍まで行かせました」
「ユードリック皇子。報告をさせて下さい。その後、殺されても構いません。ああ、いえ、いっそ人思いに、殺して下さい。あの様な殺され方をされるならば、貴方様に殺された方が…」
冷静な側近と、目が虚ろで異常な事を言い出した伝令兵の様子に冷静になったユードリックは剣から手を離す。
「続きを話せ」
苦虫を噛み殺した様な顔で、段々と目の焦点が合わなくなってきた伝令兵に続きを促す。
「はい。その後、報告に隊に戻った生き残りは北軍の指揮官に報告。その異常な報告を本隊に報告するか悩まれている内に、例の人間が北軍に接近いたしました」
たった1人の人間の対応の為に伝令を出すか悩むのは仕方ないだろう。生き残りの見間違いかも知れないし、軍としてたった一人の人間の事でわざわざ伝令をだす事は躊躇ったのだ。
「指揮官は迎撃を指示しました。最初は歩兵が数名出て、剣と槍で対応しようしましたが。近づくことも出来ずに棒になりました」
また棒である。
「先ほどから出てくる棒。この棒とは何だ?変身させられる魔法でも掛けられたのか?」
古い御伽噺の一つに、悪い魔女にカエルに変えられた王子の話がある。もはや呪の一種であると思うこの話は、皇子が幼い頃によく聞かされた話だ。
しかし。
「棒は人間です。いえ。人間だった物です」
ますます話が分からなくなる。
「何を言っている。人間が棒になる筈がないだろう」
「はい。いえ、皇子。アレは人間が細く、棒になった物でした」
やはり意味が分からなくなる。コイツの狂言が口から出るたびに、思考が遠くなる。報告する兵も、よく分からない汗をかき始め。瞬きも多くなり。呼吸が乱れていく。
「次に、歩兵50余りと弓兵。魔法使いも出して迎撃を開始。何も出来ず玉にされました」
今度は玉だ。嫌な予感がする。するが、聞かねばならない。
「その玉も人間か?」
はい、と小さくか細い声がする。見ると伝令兵がふらつき、呼吸も浅く、今にも倒れそうになっているではないか。
「そこの椅子に座れ」
すぐ近くの椅子に指を指しながら言うが。
「はい。いいえ、大丈夫です」
明らかに大丈夫ではない様子だが。座った瞬間に終わってしまう。話す事が出来なくなってしまう。そんな雰囲気を醸し出している。
「剣や槍は近づく事も出来ず。弓矢は弾かれ、魔法は届きませんでした」
伝令兵は淡々と、その場で起きた事を話す。地獄のようなその現場を。
「その後、北軍が全力で当たりましたが。指揮官のエラン侯爵を含め、全員、棒か玉になりました」
「お前を除いて全員か?」
「はい。向かってくる人間も逃げ出す人間も別け隔て無く…」
全員だ。5000の兵が全て消えたのだ。全てを見ていたこの伝令兵を除いて。
報告の全てを終えた伝令兵は、力尽きたかのようにその場に座る。
だが、まだ聞かねばならない。たとえ精も魂も尽きようが。今にも死にそうな程青白い顔になっていようが。この事を。
「何故お前は此処まで逃げれている?」
「殿下!お逃げ下さい!今の話を皇帝陛下にお伝え下さい!ヤツが来ます!お逃げ下さい!」
急に足に縋り付き、声を荒げながら逃げる様に懇願し始めた。目の焦点は完全に合っていなく。口の端から泡を吹きながら。
「待て!来るとはどう言う事だ!?ヤツとは、北軍を壊滅させた者がコチラに来ているのか!?」
「お逃げ下さい!殿下!我々はドラゴンの尾を。いえ!。魔王の裾を引いたのです!」
急に天幕が風も無いのに揺れる。その瞬間、ふと気が付く。天幕の周りには護衛の騎士達や従者、予備の兵力、兵站部隊などがいて守りを固めていた筈だが、一切の音がしなくなったのを。
「魔王とは酷いですね。そちらが始めた戦争でしょうに」
天幕の外から、場違いなほど平坦な声がする。
「誰だ!」
マローネは声のした天幕の入口とユードリックの間に体を滑り込ませながら、剣を抜き放ち声を荒らげる。護衛兵達は素早く2人を守る様に動き、先頭は盾を構える。
「先程からそこの兵隊さんが話してた者ですよ」
黒髪の男が笑顔を張り付けながら天幕に入ってくる。若く見窄らしい恰好の男が。皇子の天幕であるその場には似つかわしくない男が入って来た。
「しかし、フフ。魔王ですか。いいですね。今後は魔王を名乗りましょうか」
何がおかしいのか、喉を鳴らしながら笑っている男。
「あ、あぁあ!あいつです!アレが、あいつが魔王です!」
伝令兵は男を指さしながら狂気に呑まれた。
「殿下!殺して下さい!速く!早く殺して下さい!」
「うるさいですねぇ」
男は面倒くさそうに伝令兵に右腕を向ける。
「殿下!お逃げ下さい!殺して下さい!早く!私を殺して下さい!」
「落ち着け!お前は何を言っている!」
ユードリックも男に剣を向けながら、今なお足元に縋り付く伝令兵に怒鳴りつける。
「殿下!私を!早く殺して下さい!あんな!あんな死に方!嫌だ!殿下!殿下!早k…¥な&#!?…+@ぎ!&¥あ?#b!?」
伝令兵の体が浮いた瞬間、体が、腕が、足が、そして頭が小さくなっていく。メキメキとパキパキと、聞いたことのない音を立てながら小さくなっていく。
瞬きも忘れ、その瞬間を見た。足に縋り付いていた伝令兵は、あっと言う間に真っ赤な小さな箱になったのだ。
「…っ!?」
「な!?」
ユードリックも、マローネも信じられない物を見てしまった。
人が、一人の人間が小さな箱になった瞬間を。
「箱型は初めてでしたが、上手く出来ました。スピードと精度に難がありますが。なかなか面白いですね」
ほがらかに笑いながら場違いな程明るい声を出す、自称魔王。
「コレで静かにお話が出来ますね」
唖然とする周りに反して、にこやかに話しかける魔王。
「な、何者だ、お前は…外の護衛達はどうした…?」
恐怖で声が震える。が、かろうじて皇子としての意地で声が出せる。
「外の?ああ!あの立派な騎士たちですか!」
男は笑いながら振り返り、外に腕を向ける。瞬間、マローネと近衛が距離を詰め剣を振りかぶるが。
「が!?」
男に剣が当たる直前、剣先が止まる。まるで硬い物を叩いた様に、見えない壁に剣が阻まれる。
マローネ達は腕が痺れながらも1合、2合と振りかぶる。突き刺す。打ち付けるが、まるで意味が無い。
「落ち着きが無いですねぇ」
笑っている。コチラに背中を向けながら。マローネ達の剣を受けながら笑っている。
「ちょっとうるさいですね。あっちに行ってて貰えます?」
男は面倒くさそうに顔だけマローネに向ける。その瞬間。
「クソ!まるでh…ぐ!?」
弾かれた。まるで何かに殴られたかのように、ユードリックの側まで飛ばされたのだ。
「大丈夫か!?」
足元に転がるマローネに膝を付きながら声をかけるユードリック。意識はないが生きているのを確認すると。
「貴方は偉そうなので、まだ殺さないでおきますよ」
外に向けてない方の左腕を上に上げながらユードリックとマローネに話しかける魔王。掲げた指を鳴らした瞬間。
「…!?ぉお、が#?…d%…!?$¥ま…¿!?」
魔王の周りで、未だ当たらない剣を振っていた近衛達が浮き上がり、声にならない声をあげ、捻り、曲げられ、棒と玉となって、ポトリと落ちる。
天幕の中で息をしているのは、ユードリックとマローネと男のみとなった。
唖然とするユードリック。しかし、魔王と名乗る男を睨みつけ。
「うおおおおっ!!」
ユードリックが猛然と突然立ち上がり。魔法の炎を剣にまとわりつけさせ。魔法剣を上段に構え斬りかかる、が。
「貴方もですか。大人しく待ってて下さい」
その言葉の瞬間、体が動かなくなる。
「な!?これは!?動かん!?」
どうにかして体を動かそうと、もがくユードリック。
「ああ!やっと見つけました。同じ様な物を沢山転がしてたもので。探すのに手間取りました」
嬉しそうな声と一緒に、人の頭ほどの大きさの丸い玉がふよふよと浮きながら入ってくる。
「はい。コレが貴方が求めた物ですよ」
ボトリ、と剣を構えたまま動けないユードリックの足元に転がる玉。
外の護衛の騎士が着用していたプレートアーマーと同じ素材でできた玉が。部隊長の識別用に付けてある赤い羽飾りがへばりついている玉が。
「これは…!?」
「はい。コチラの天幕の周りに居ました50人余りでしたか?皆様同じ様になっておりますよ」
にこやかに。まるで世間話をするかの様な気軽さで。
ユードリックは分からない。何故こんな事が出来るのかと。なにゆえ我軍がこんな目に合うのかと。
「何故…何故こんな事を!?」
「そうでした、そうでした。この人の事を聞こうと思ってたのですよ」
ユードリックの激昂も聞き流し、自分の話を進めようとする男。そんな態度に更に怒りを募らせるが、指一本も動かす事が出来ない。
また天幕の外からゴロゴロと球体が入ってくる。ただし、今度は玉では無く首が転がってきたのである。
首の根元をねじ切ったかのように引き千切られ、苦悶の表情を浮かべた、ちょび髭が特徴的な男の首が。
「な…っ!?ロール男爵!?」
「ああ、やっぱり
にこやかに嬉しそうに話す男。
「この男がですね。私の住んでいる村を襲いまして」
「今は戦争中だぞ!ならば近隣の村を略奪をするのは当たり前の事だ!」
男の話を遮り、自身の正統性を大声で主張するユードリック。しかし。
「ええ、確かに戦争中でしたね。でしたので反撃したのですよ」
当たり前の事である。襲われた、だから反抗した。ただそれだけの事がだが、この状況で冷静でないユードリックの頭から抜け落ちた。
それを気にせず男は淡々と事の顛末を話す。
「私はあの時、朝から森に狩りに出かけていまして。気が付いたら村が襲われておりました。今思うと油断したのでしょうね。もう戦争も終盤だからわざわざ襲いにこないだろう、と」
男はユードリックにゆっくりと近づく。
「女子供は町の方に避難していたのが幸いでした。しかし、防犯の為に残っていた男衆のほとんどが殺されました。他にも家や倉庫が燃やされましてね」
ユードリックの足先に転がる、ロール男爵の首がひとりでに浮く。白目を剥き苦悶の表情のまま固まった首が、ユードリックの目の高さまで。
「それと何故か、私の家が入念に荒らされていたのです。ひとまず、何故こんな事をしたのかと聞こうと思いまして。一番偉そうにしていた、この男を捕まえました」
ロール男爵の首がゆっくりと近づく。
「ですが『金の卵をよこせ』だの『ガチョウはどこだ』だの、よく分からない事をわめいていて話になりませんでした。ですので」
男は途中で話を切り、右手をあげる。
その瞬間。
グシャと音を立て男爵の首は潰される。リンゴが握り潰れる様に、ただぐちゃぐちゃとなって潰れ落ちる。
ユードリックの顔に血が、脳髄がふりかかる。が、そんな事は関係ないとばかりに、話の続きを進める男。
「こうなったら仕方ないので、もっと上の人に聞きに行こうと思いまして。村で犠牲者の埋葬を終えた後、最短距離で森を抜けたのです。そしたら兵隊さんに剣を向けられまして。フフ、面倒くさくなったので潰しました」
なんとも無い様に、何が面白いのか笑いながら淡々と話を進めていく男。
「逃げた兵隊さんの後を追いかけましたら、もっと多くの兵隊さんが待ち構えておりましてね。コレだけ多くいたら話の出来る人もいるだろうと思ったのですが…。駄目でした」
男が落胆するかのように首を振る。
「ですので、話の出来るもっと偉い人に会う為に。もう一度逃げた兵隊さんを追いかけたらココに着いたのですよ」
無論、道の途中で邪魔なのは全部潰しましたがね。と、箱になった伝令兵を指差しながら話を終える。
「ところで、貴方はどこのどなたです?」
ユードリックに目線を合わせながら問い出した男。男の言葉は白々しくもあるが、すぐに答えないと、不条理に、そしてあの理不尽な殺され方をされる恐怖が背筋を伝う。
「トリシオン帝国第一皇子、ユードリック・ファン・トリシオンだ」
「皇子!?ああ、やはり貴方が皇子様でございますか!このような戦争を仕掛けるだなんて、醜い
男は両手を広げ喜ぶ。道化の様に、馬鹿にしながら。笑顔を張り付け嘲笑う。
「さてさて、ではこの軍隊の最高指揮官で間違いないですね」
ひとしきり笑った後、急に冷めた声色でユードリックに詰め寄る。
「で、あるならば。敗戦の将として責任を取って貰わなければいけませんね」
さも当然のように言い放つ。当然ユードリックは驚き、絶句するが。
「な、なにを!?まだ負けた訳では…!?」
「今この場で、何もにも出来ないのにどうするつもりで?ああ。この後、東門と南門を抑えている人達も消えてもらいますので」
「ま、待て、わかった。我々の負けだ。軍を引く。」
全滅はマズイ。慌てて撤退の意識を伝えるが。
「いえ。全て潰します。そちらが始めた戦争でしょう?私の村を襲ったケジメは付けませんと」
あまりにも無茶苦茶。あまりにも不条理。確かに戦争を始めたのはコチラではあるが。15000の命を奪い取るのに躊躇がない。釣り合いが取れない。
「何故そこまで…ッ!悪魔か…!?貴様は!?」
「中途半端に逃げられても、集まってまた襲ってくるでしょう?それと、私は魔王ですよ。ふふ、気に行っちゃいました」
クスクスと笑いながら話す魔王。まだ剣を上段で構えたままのユードリックから目線を離し、奥で倒れているマローネを見る。
「さて。貴方にはメッセンジャーを頼みましょうか」
「なに?」
「このまま貴方は、一人で国に帰って貰います」
マローネに人差し指を向けながら話し続ける魔王。
「殿下と話し合っているのに、狸寝入りとは感心しませんね」
人差し指をクイクイと軽く動かした瞬間。
「…ッ!うぎゃぁああぁああぁぁあッ!!」
「マローネ!?」
ブチ、ブチ。と両足が引き千切られ悲鳴を上げるマローネ。
「隙を伺っていたかもしれませんが。無駄ですね」
更に指を動かす。
「ーーーー!!ああぁあああぁあぁ!!」
「何をしているのだ!魔王よ!」
また、ブチ、ブチ、と、今度は両腕が引き千切られ。声にならない悲鳴を上げ、のたうち回る。
「コレで軽くなりましたが、まだ持ちづらいですね」
悲鳴を上げながらイモムシの様に蠢くマローネを眺めながら、何かを考えている魔王。
ユードリックは顔を動かせない為、後ろで何が行われているか分からない。
「では、こうしましょう」
パチンと今度は指を鳴らす。後ろから、メキメキ、パキパキと、つい先程聞いて耳から離れることが出来ないあの音が聞こえる。
「ああぁあぁ!!?で、殿下!お逃げ下さい!すぐに!が!?あぁあgいhだ&¥@!?」
「マローネ!?貴様!何をしている!?」
天幕にマローネの悲鳴が響く。一緒にぐちゃぐちゃとメキメキと聞くに堪えない音も混ざる。
「さあ、出来ました」
チラリとユードリックに目線を向ける。
「ああ。そのままだと見ることが出来ませんね」
すみませんね、と笑顔を貼り付けたまま、軽く手をパンと叩く。
「コレで動ける筈ですよ」
急に体が自由になり前につんのめそうになるが、急いで後ろを振り返るユードリック。そこにあった物を見て唖然とする。
「マローネ!」
四角い真っ赤な箱にマローネの頭が生えてる、不気味なオブジェが存在していた。苦悶の表情を浮かべ、白目を剥き、口から大量の血が流れている胸像の様な物体を。
「マローネ……貴様!」
膝を着きかけたユードリックは、すぐに持ち直し振り返る。
「
出が早く威力も高い雷魔法を使うが。
「急になんです?眩しいじゃないですか」
魔王には届かない。
「
「もしかして遊んでます?」
魔王は笑っている。
「
不可視の風も石の鋭さも魔王には意味が無い。
「まだやります?」
息を切らせ魔王を睨むユードリックに、笑いながら問いかける。
「お遊びはもう良いので、そろそろ国に帰って貰いませんか?せっかくお土産を作ったのに、早くしないと腐っちゃいますよ」
マローネだった物を指を差し、手元に引き寄せる魔王。その姿に、その言い草に顔を真っ赤にして怒りを更に募らせる。
「貴様はココで殺す!
自身の魔力を全て使い、複合型の大魔法を使うユードリック。自分も巻き込む距離での大魔法だが関係ない。天幕は弾け飛び、周辺が焼きの原になるが。
「派手でしたが、ドラゴンのブレスより弱いですね」
マローネだった物をもて遊びながら笑う魔王。魔力の枯渇と爆発の衝撃でボロボロになり倒れ伏すユードリック。
「さて。コレでようやくお話が出来ますね」
「貴様と話す事などない!」
ユードリックは睨み吠えるが、目の前にマローネが投げら込まれた。力をふり絞り受け止める。絶命して時間が経ってないためか、まだ温かい。いずれ失われる人の温度を抱きしめる。
「コレを持って帝国に帰って下さい。コレは貴方と同じ、偉い人なんでしょ?」
呆然とするユードリックに話しを進める魔王。
「貴方の王様に事の顛末をお話ください。ああ、帝国ですので皇帝陛下でしたか。まあ、どうでもいいですが」
魔王はおどけて笑う。マローネを抱いて倒れ伏すユードリックを見下ろしながら。
「この戦争の後始末を付けて下さいね。私は結果を聞きに行きますので、そのつもりで」
「来るのか。我が帝国に…」
「ええ。確かココから馬で7日か10日ぐらいでしたね。帝都までは」
空を見ながらおおよその距離を考えている魔王。隙だらけだが、折れてしまったユードリックは動けない。
「そうですね。今から一カ月後位に伺いますので。それまでに終わらせておいて下さいね」
ユードリックに背を向けながら一方的話しを進める。
「馬はちゃんと残しておりますので、頑張って帰って下さい。私は今から、東門と南門の掃除をしないといけませんので」
魔王の姿が揺らぎ、一瞬で姿が消える。倒れ伏したユードリックはそれを見ることが出来ない。返事をすることが出来ない。涙に濡れ嗚咽を漏らすしかない。
ユードリックが立てる様になったのは日が明けてからである。すでにマローネだった物から熱は失われていた。
無言で馬を探し、跨り、駆け抜ける。マローネを自分の前に抱いて。必死に、戦場だった場所から逃げる。
魔王から逃げる。
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