第2話 初めての使命

街の中心部、高層ビルの屋上で、こよみはようやく着地した。変身した状態でも、高所恐怖症は変わらない。膝をがくがくと震わせながら、恐る恐る下を見下ろす。

『もう少し優雅に着地できると良いのだけれど』

ルナが呆れたような声で言った。月明かりの下で、小さな猫の姿から美しい少女の姿に変化している。銀髪に青い瞳、まるで人形のように整った顔立ちだった。

「あ、あなた、人間の姿になれるんですね」

『月の光がある時だけよ。それより、急がないと』

ルナが指差す方向を見ると、街の向こうで不気味な紫の光が立ち上っていた。

『あそこに、心を闇に支配された人がいる。放っておくと、街の人たちにも影響が広がってしまう』

「でも、私、怪盗なんて…」

『大丈夫。リボンがあなたを導いてくれる』

そう言われても、こよみには何をすればいいのかわからない。ただ、街の向こうで苦しんでいる人がいるなら、助けてあげたい。その気持ちだけは確かだった。

「わかりました。やってみます」

その瞬間、背中の翼が力強く羽ばたいた。今度は恐怖よりも、使命感が勝っていた。

夜風を切って飛んでいくと、紫の光の正体が見えてきた。商店街の一角で、一人の女性が泣きながら暴れている。周りの店の窓ガラスが割れ、看板が倒れていた。

女性の胸には、不気味に光る紫色の宝石が埋め込まれていた。

『あれがノクターンジェム。人の心の闇を増幅させる邪悪な宝石よ』

「可哀想…あの人、すごく苦しそう」

女性は涙を流しながら、何かを探すように辺りを見回していた。きっと大切な何かを失って、その悲しみに支配されてしまったのだろう。

『あなたの力で、彼女の心のカケラを見つけてあげて。それが怪盗ミラージュ・リボンの使命よ』

「心のカケラ?」

『その人が本当に大切にしていたもの、本当の願い。それを見つけて、心に返してあげるの』

「わかりました。やってみます」

こよみは星のリボンに手を当てて、心を込めて叫んだ。

「神よ!私に力を!」

その瞬間、リボンが眩い光を放ち、こよみの姿が変化した。髪は銀色に輝き、背中には光る翼が現れる。淡い光に包まれた美しい怪盗の姿—それが怪盗ミラージュ・リボンだった。

変身を終えたこよみは、深呼吸をして、ゆっくりと女性に近づいた。紫の光に満ちた空間は、悲しみと絶望の感情で重苦しい。

「大丈夫ですか?」

女性がこよみを見上げた。その目は涙で腫れ上がり、絶望に満ちていた。

「あなたは…?」

「私は怪盗ミラージュ・リボン。あなたの心を、お助けしに来ました」

その言葉と共に、こよみの髪のリボンが光った。すると、女性の周りに小さな光の粒が現れ始めた。それらは美しい宝石のように輝いている。

『それが心のカケラよ。集めて』

こよみは光る翼で宙に舞い上がり、心のカケラを一つずつ丁寧に集めた。それぞれのカケラには、女性の大切な思い出が込められているのが分かった。

小さな娘との楽しい時間、家族で過ごした穏やかな日々、そして…娘を病気で失った深い悲しみ。

「あなたは、娘さんを…」

女性は頷いた。涙が止まらない。

「もう、何も残っていない。何のために生きているのか、分からないの」

こよみの胸が痛んだ。この人の苦しみを、少しでも和らげてあげたい。

集めた心のカケラを両手に包むと、それらは一つの美しい鍵の形になった。月光の鍵だ。

「これは?」

『月光の鍵。閉ざされた心を開く力を持つ』

こよみは鍵を女性の胸にそっと当てた。すると、紫色のノクターンジェムが光を失い、ぽろりと地面に落ちた。

「あなたの娘さんは、お母さんが幸せでいることを願っていると思います」

こよみの優しい声に、女性の表情がわずかに和らいだ。

「でも、私は…」

「一人じゃありません。あなたを大切に思っている人たちがいます。娘さんの分も、あなたらしく生きてください」

月光の鍵が完全に女性の心に届くと、紫の光は消え、代わりに温かい光が辺りを包んだ。女性の表情に、久しぶりに穏やかさが戻った。

「ありがとう…怪盗さん」

こよみは微笑んで、夜空へと舞い上がった。初めての使命を果たした達成感と、人を助けることができた喜びで胸がいっぱいだった。

でも同時に、この力には大きな責任が伴うことも理解していた。

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