第16話 「犯人は、あなたです」

「現時点では、ふたりのうちどちらが本を置いたかを断言することはできません。……想像はできますが。とにかく、どちらにも可能だった。相手が展示コーナーの見回りを終えた後、本を置けばいい。それくらいなら、大きな物音もしない」


 思い返す。あの日の放課後。鍵を持った僕は、図書室の入り口で一ノ瀬先輩を待っていた。やってきた先輩の笑顔はいつもと変わらない無邪気で明るいものに見えた。でも違った。あの日の彼女は何か思いを抱えて、本を置いた。間宮先輩に何かを伝えるために。


「ですが、誰が展示コーナーを荒らしたのか……それは明らかです。増えた本は間宮先輩に見せるために置かれた。もしも間宮先輩が先に図書室に来てそれを見ていたなら、わざわざ展示コーナーを荒らす意味がない。もしもその本が彼女にとって都合の悪いことなら、増えた本を隠し、何事もなかったかのように過ごすのが一番です。もし仮に、彼女の気が動転し、展示コーナーを倒すなりで荒らしてしまったのだとしても、わざわざ図書室を出て鍵をかける意味が分からない。君島先輩が来ることを彼女は知らなかった。誰も来ていない図書室で、内側から鍵をかけるなりして、荒らしてしまった展示コーナーを片付ける方がいい。

 つまり犯人は、置いてあった本を見て、それを隠ぺいしようとした人物。そしてすぐに誰かが図書室にやって来ると知っていた人物」


 みなの視線がひとりに集まっていく。その人物は慌てる様子もなく、ただ静かに座っている。


「おそらく、展示コーナーは本が増えていただけではなかったんでしょう。増えた本が見やすいようにほかの本は並び替えられていた。そして犯人には時間がなかった。一番その本を見せたくない相手、間宮先輩が戻ってくる直前だったから」


 僕は想像する。展示コーナーを見つけ、驚くその人物の姿。その人はいち早くそれを隠そうとした。けれど、間宮先輩の足音が近づいてきていた。本を隠すだけでは間に合わない。並び替えられた展示品たち。いたずらにしても意味不明だ。なぜこんなことをしたのか、彼女にその意図に気づいてほしくなかった。できるだけごまかしたかった。そして咄嗟に、並べてあった本を床に落とした。


 もしかすると彼は、こんな風に騒ぎになるとは思っていなかったのかもしれない。前日の当番が僕と一ノ瀬先輩だったこと。僕らがきっちり見回りをしたこと。鍵のこと。そんなことまでは考えていなかった。たとえば前日の当番がもっと不真面目な生徒だったら。その生徒の見回りの記憶があやふやなら、誰かがぶつかって展示品を落としたのだ、となって話がすんでいたかもしれない。でも、そうはならなかった。


「君島大吾さん。あなたが犯人ですね」


 泉さんのまっすぐ伸ばした指先には、うつむいた、いつも穏やかな先輩の姿があった。

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