第26話 しすたーず:高瀬さんのふたりの妹
「ぐえ!」
一直線に駆けてきた小柄な体が思い切り衝突する。いくら小さいと言っても人間の体だ。衝突すればかなりの重みがある。しかし倒れこめば子供を巻き込んでしまうと思い必死で踏みとどまる。
「あれ……? お姉ではない?」
「し、雫!」
高瀬さんが駆け寄ってきて、慌てて僕とその少女を引きはがす。
五歳か六歳くらいだろうか。くりくりと純真そうな大きな瞳。サクランボのアクセサリーのついたヘアゴムで、髪をふたつ結びにしている。衣服は長そでのシャツと、動きやすそうな短めの紺色のスカート。手には、綿がつぶれてくたびれた様子のペンギンのぬいぐるみを抱いていた。
「おー、お姉。そこにいたか」
高瀬さんに抱えられた少女は大きな瞳で姉を見上げる。
「ごめんね、雛子くん。大丈夫?」
「うん、平気。この子――」
「何やってんの、ばか」
と、新たな声がする。
立っていたのは、十か十一くらいの少女だった。
ミディアムヘアのダークブラウンの髪は、よく手入れされているのか艶やかな光沢を放っていた。前髪のところを伸ばし、やや目元に影がある。小さな黒いリボンが胸元についたオフショルダーのフリル付きのシャツ。ふわりと広がるフレアスカート。黒い上げ底の靴を履いている。おしゃれな子だなあというのが初見の印象。だけど明るい印象は少なくて、つり目がちで冷たい印象のある瞳で、はしゃぐ妹を見下ろしていた。
「こ、こら。そんな言葉使わないの」
高瀬さんの叱責に、その少女は面倒そうに視線を逸らす。
彼女たちが、さっき言っていた妹たちだろうか。
「えっと妹の雫と澪。ほら、挨拶して」
そう言って、ふたりの妹の背中を押し、僕と泉さんの前に立たせる。
「たかせしずくです。どうぞよろしく」
すぐさま挨拶し、深々と頭を下げたのは一番幼いほうの少女だった。
妙に格式ばった挨拶をするなあ。そう思っていると、高瀬さんが顔を赤らめ、
「ご、ごめんね。テレビとか動画ばっかり見てるから、すぐいろんなものの影響受けるみたいで……」と早口で言う。
しかしもう一方の少女はそっぽを向いたままだった。それに気づいた高瀬さんが「澪」と小声でたしなめる。するとしぶしぶといった様子で「澪です」とだけ言い会釈した。難しい年ごろのようだ。
「雛子鷹です。よろしく。あっちにいるのが泉里奈。高瀬さん……あー、お姉さんのクラスメイトだよ」
名前を呼ばれた泉さんは、水を飲んだまま目を軽く伏せそれを挨拶とした。こっちも難しい年ごろなのか……?
「お、おおおおおお」
急に雫ちゃんが奇声を上げ始める。な、なにごとだ……?
「さ、サンコウくんが……サンコウくんが……死んでる!」
彼女が指さす先には泉さんがほっぽりだしたサンコウくんの頭があった。無残にもひっくり返って天井を見上げている。
泉さんはストローから口を離し、一瞬何かを考え込むように俯いてから口を開く。
「サンコウくんは生きてない」
「うそだ!」
「……嘘じゃない。ほら、息してない」
サンコウくんヘッドを持ち上げぷらぷらと振る。それを見て、雫ちゃんは泣きそうな顔をした。見ようによっては、倒した相手の首を持つ蛮族に見えなくもない。
「ほら、よく見て。サンコウくんは息してないでしょ」
そう言って、じりじりとサンコウくんヘッドと雫ちゃんの距離を詰める。それに、ますます雫ちゃんは泣きそうな顔をし、
「……あ、あくま。サンコウくんを殺したんだ……! あくま!」
「……悪魔じゃない」
「い、泉さん!」
いい加減見かねて泉さんを引きはがす。雫ちゃんは泣き出し高瀬さんに抱き着いていた。
「お姉! あくまだ! あの女はあくまだ!」
「だ、大丈夫だから。里奈ちゃんはいい人だよ」
苦笑しつつ、よしよしと妹をあやしている。僕も僕もで、「悪魔じゃない」と仏頂面で呟く泉さんを押しとどめる。子供相手に何をムキになってるんだこの子は……。そんな様子を眺めていた澪ちゃんが鼻を鳴らす。呆れ果てているようだ。
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