第6話 調査/小さな謎

「誰その子?」


 廊下で会った間宮先輩は、泉さんを見るなりそう言った。

 翌朝。僕と泉さんは、三年生の教室の前で彼女を待っていた。泉さんが関係者達に直接話を聞きたがったからだ。

 僕は先輩に、簡単に泉さんの紹介をする。僕の昔からの知り合いであること。事件のことを知り興味を持ったこと。解決のために協力したいこと。


「……ふうん。まあ、協力してくれるのはありがたいけど。でも、面白半分で首を突っ込むのだけはやめてよね」


 一通り説明を聞き終わった先輩は、胡散臭そうに泉さんを見ながら言った。おおむね予想通りの反応だ。泉さんも別に気にした様子はなかった。実際、野次馬根性と思われても仕方がないことだし。


「とりあえず、現場を発見したときのことを聞いてもいいですか?」


 泉さんがぶっきらぼうに尋ねる。彼女は目上の人に敬意を払うということをしない。一応敬語は使っているが、全身の態度が敬意というものを感じさせないのだ。なのでそばで見ていてとてもヒヤヒヤする。

 案の定というか、間宮先輩は彼女の物言いに眉を吊り上げる。……だが、今回は先輩が大人な対応をしてくれた。短く息を吐くと疑問に答える。


「だいたいは、彼からも聞いてると思うけど……。それ以上のことはないわよ。昨日の朝は当番だったから朝早くに図書室に向かったの。職員室で鍵を受け取ってね。そしたら君島と廊下で会った。私はちょっとお手洗いに。鍵は君島に渡した。あいつは図書委員だし、変なことはしないと思ったからね。普通の生徒だったら、鍵を渡したりしないわ。……で、お手洗いから戻って図書室に入ったら君島が血相変えてたってわけ」


 ……ふむ。一ノ瀬先輩から聞いた話と相違ない。

 昨日泉さんが言っていた間宮先輩犯人説、朝一番に自分で現場を荒らした、というのも頭をよぎったが、口に出すことはしなかった。問いかけたところで彼女が犯人なら正直に答えるはずはない。いたずらに機嫌を損ねるだけだ。


「やっぱり、最初に図書室に入ったのは君島先輩だったんですね」

「そう言ってるでしょ。何かあるの?」


 僕が確認のために聞くと、間宮先輩は何を当たり前なことを、という反応を見せた。そんな先輩に泉さんはためらいなく尋ねる。


「彼が犯人だとは思わなかったんですか?」


 間宮先輩は虚を突かれたという反応を見せた。そして少しうろたえた様子で答える。


「それは……でも、あいつにそんなことする理由はないし……」


 犯人を探すと息巻いてはいたが、それは誰であっても疑うというわけではないようだ。間宮先輩、君島先輩、一ノ瀬先輩、三人は一年生の時からずっと図書委員で、仲も良いと聞く。友達を疑うことは想定していなかったのだろう。


「荒らされた時の現場の写真。私にも見せてもらえませんか?」


 泉さんが急に話題を変えた。昨日僕は見ているが、泉さんはまだ見ていない。


「え、ええ。ちょっと待って」


 間宮先輩は鞄を床に置き、開く。中は目一杯参考書やプリントが詰まっていた。整理整頓はされているようだが、物が多い。真面目な彼女らしく、いつも教科書類は持ち帰って予習復習をしているのかもしれない。

 先輩は鞄の奥底からスマホを取り出し電源を入れる。起動するまで少し時間がかかる。


「真面目なんですね」


 待っている間、泉さんが呟いた。校則では、スマホは持ってきてもよいが、学校にいる間は電源を切り鞄にしまっておくように決まっている。と言っても、守ってる人は少ない。たいていはサイレントモードにしてポケットに突っ込んでいる。僕もそうだ。律儀に守っているのは先輩らしいが、流石に校内だから写真は見せられない、というほど融通が利かないわけではないらしい。


「仕事はなんでもきっちりやる方ですか?」

「そう心掛けてるけど……なに?」

「図書委員の仕事は好き?」

「ええ。本が好きだから」

「どんな本が好きなんですか?」

「それ、関係あるの?」


 間宮先輩が鬱陶しそうに答える。泉さんは気にした様子もなく、話を続けた。


「私、よく借りっぱなしにしちゃうんです。返すの忘れちゃって。昔、それでよく怒られました。だから図書館はあんまり使わないようにしてます」

「これからもそうしてくれると、とっても助かるわね」


 間宮先輩が嫌みったらしく言う。僕は冷や冷やしながら話を聞いていた。先輩を怒らせて、何がしたいんだ。

 幸い、泉さんがこれ以上何かを言う前に、スマホの電源がついた。


「これ、片付ける前に現場を保存しなくちゃって思って、咄嗟に撮ったの。何か手掛かりになるかもって」


 そう言ってスマホを僕らの前に出す。写真は何枚かあった。昨日君島先輩に見せられたもののほかに、角度を変えた写真を撮っていたらしい。とはいえ、写っているものはそう変わらない。床の上に散らばった無数の本とブックスタンド。それに手書きの紹介文が書かれたポップ。このポップの一枚は僕も書いたものだ。こうして無残に散らばっている様を見せられると、多少は犯人への怒りというものも湧いてくる。


 だが、言ってしまえばそれだけだ。聞いていた通りの惨状で、ここから犯人へ繋がるヒントを見つけるのは難しいように思える。

 間宮先輩も同じことを思っているようで、もういいかしら、と言った表情でスマホをしまおうとした。

 しかし、泉さんがスマホをがっちりつかんで離さない。彼女は鼻先がくっつきそうな距離でスマホを覗いていた。


「ちょ、なに?」

「……変」


 泉さんがぽつりと呟く。僕も間宮先輩も驚いて彼女を見た。

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