第7話ルイといっしょにいたい

「ブルーノ、また様子を見に来るわね。とにかく、馬たちを連れて行くわ」


 不安そうなブルーノに声をかけた。


「ルイ、行ってもいい?」


 彼がおずおずと尋ねてきた。


「その、ブラスとダミアンに詳しくききたいんだ」


 ブラスは父で、ダミアンは兄の名前である。


「お父様、違った、父上は教えてくれないだろうから」


 ブルーノは、消え入るような声で続ける。


 三人で顔を見合わせた。


 わたしにはどう判断をしていいかわからない。


 戦争のことを彼に教えていいのかどうか。


 最近、彼は父親のことを「父上」と呼ぶようにしているらしい。だけど、つい癖で「お父様」と呼んでしまう。


 公爵家の嗣子としての自覚があるのはいいけれど、わたしには焦っているように感じられる。とはいえ、それはブルーノ自身が決めたこと。わたしがとやかく言ったり干渉したりすることじゃない。


 それはともかく、彼はお兄様から戦術や戦略について学んでいる。


 わたしには甘すぎるお兄様だけど、文武ともにすごいのである。軍の幼年学校を首席で卒業し、士官候補として軍に入隊した。しかも、将軍までのぼりつめると言われていた。とはいえ、バレス王国軍はまともじに機能していない。お兄様があっという間に将軍になって当然だった。


 そうしたら、バレス王国軍も少しはまともになったのかもしれない。


 その証拠に、いままたセプルベタ公爵、いえ、将軍の片腕として軍に復帰したお兄様は、あの将軍をうならせるほどの実力を発揮している。


 もしかしたら、ブルーノはお兄様なら戦争のことを詳しく教えてくれると思っているのかしらね。


 あの調子なら、公爵は教えてくれるどころか教えてくれと頼むことすらはばかられる状態だから。


「よし。だったら、わが家へ行こう。ただし、執事長の許可をもらってからな」


 お父様はそう決断した。


 お父様もわたしには甘いけれど、とても優秀で人格者である。


 お父様の決断なら間違いないわよね。


 ブルーノがよろこんだのは言うまでもない。


 スルバラン伯爵家は、自慢をするわけではないけれど美男美女の家系ではないらしい。だから、お父様も見惚れるほどカッコいいとか可愛い顔立ちというわけではない。だけど、けっして不細工でもダサいわけでもない。


 可もなく不可もなく、というところかしら。


 そんなスルバラン伯爵家嗣子のお父様と、侯爵家の高嶺の花で有名だったお母様が結婚したのだから、人生って面白い。


 お父様は、事あるごとにお母様の美しさややさしさを自慢する。


 そんな自慢を、物心ついたときからきかされている。


 お母様の家系は、美男美女らしい。だから、お兄様は美男である。

 お父様は、ずんぐりむっくりで黒髪黒い瞳でやさしい顔立ちである。そして、お兄様は明るいブラウンがかった髪に青みがかった瞳で、メガネをかけた知的な美貌をしている。体格も長身細身である。


 わたしはお父様の遺伝子をものすごく濃く継いだみたいで、顔も体格もお父様にそっくり。


 残念でならないけれど、容姿に関して努力したりってことはしない主義だから、そこは自業自得が大きいわよね。


 わたしの残念な容姿のことはともかく、お母様はわたしを産む直前まで王太子レイナルド・テランの乳母だった。だから、お兄様は乳母子としてレイナルドといっしょに育った。


 乳母としてもすぐれていたお母様のお蔭で、わたしも王宮に出入りしてレイナルドと仲良くしていた。大きくなって馬の世話が出来るようになると、彼の愛馬の調教や飼育を行うようになった。


 レイナルドは飽きっぽい。それに傲慢でワガママでもある。


 お話や小説に出てくる「愚かな王子」そのまんまというわけ。


 馬の扱いもひどすぎる。なにもなくても鞭打つことが多い。だから、そのつど注意してケンカになる。さらには、すぐに馬を乗り飽き、その都度あらたな馬を購入する。


 ほとんど乗ることもない馬なのに。



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