ラブライス! お米女神(おこめがみ)たちと”炊き直し”の大冒険

ジュン・ガリアーノ

第1炊 『忘れられたごはん』

「うわっ、オマエの弁当また米じゃねぇか。ダッセーな w」


 ここは21世紀半ばの日本。

 教室に響いた男子の声に、俺こと『炊田たきた よう』は弁当箱を慌てて引っ込めた。


───はあっ……またか。


 弁当のフタを開けた瞬間に笑われる日々にはもう慣れたつもりだったけど、やっぱりちょっと、胸がチクッとする。


「だって……仕方ないだろ。俺は米が好きなんだから」


 フタを開けたまま哀しくチラッと見上げた俺を、クラスメイトの蒼汰は嘲笑ってきた。


「おいおい、仕方ないで済むかよ。今どき米なんかダセぇっての。俺なんて朝も昼もパンだぜ。パン最高!」

 

───なんで、そんなに米をバカにするんだよ。


 心の中で呟くけど、俺れは敢えて言い返さない。

 誰ももう、炊きたてご飯の香りも、白くてふっくらした湯気の美しさも知らないから。

 まるで“ごはん”なんて最初から存在しなかったみたいに。


───くそっ……!


 コイツが言ってきたように、確かに今は米なんて時代遅れ。

 昔はみんなお米を美味しい美味しいって食べてたけど、今は違う。

 ある年にお米が異常に高騰して、メチャメチャ手に入りにくくなったんだ。

 政府はお米よりも他を主食にするように政策を進めて、米を完全に時代遅れのイメージへと変えた。

 結果、お米を食べる人は『ダサい』『時代遅れ』『アプデ出来ない野蛮人』といったレッテルを貼られるようになったんだ。


 信じられない?

 いや、日本人って哀しいけどそういうもんだよ。

 最初はおかしい!って、声もたくさんあったけど、政府とマスコミ主導でそういう”空気感”を作らされちゃってさ。


 結果、米農家はほとんどが廃業か、小麦への転作を余儀なくされた。

 ウチはギリギリ米農家をやってるけど、両親の本業はサラリーマン。


 けど、俺は知ってる。

 あの味を。

 あの温もりを。


───祖父がくれた最後の、あの一膳を!


 だからクラスメイトたちからいくらバカにされても、俺はお米を食べ続ける。


「いただきます……!」


 俺は両手を合掌の形にしてそう言うと、お米が主食の弁当を食べ始めた。


───やっぱりお米は美味しいなぁ。


 パンが悪いとかじゃないけど、お米はやっぱり日本人の心だよ。

 誰が何と言おうと、それは譲れない。



 そんなこんなで帰宅すると、俺は仏壇の前に座り”しゃもじ”を手に取り、それを見つめた。


 今はもう誰も使っていない、古びたしゃもじ。

 じいちゃんが遺した形見なんだ。

 どこか不思議な力を秘めている気がして俺は、ずっと捨てられなくてさ。


 けど、なんでこんな世界になっちゃったんだろう。あの急激な値上がりも、それを止めなかった、いや、止めようとしなかった政府もおかしい。


───まさか、政府も誰かに脅されてたのかな。


 そんなことをふと思ったりするけど、結局納得出来る答えは出ない。

 こんなの、俺一人がどう思ったって世の中は変わらないから。


 でも……


「じいちゃん、俺はお米がずっと大好きだよ……」


 俺がそう零した時だった。


 ぐぅうぅん……っ!


 と、しゃもじが淡く光ったんだ。

 いや、光ってるだけじゃない。

 まるで、“湯気”のような温かい何かが部屋中に満ちてくる。


「えっ、ちょちょちょ! なんだこれ?!」


 次の瞬間には視界が白く染まり、床が、天井が、すべてがぐるぐると回りだした。



───

 ───

  ───



「……ん」


 そっと目を開けると、俺は思わず目をパチパチさせちゃった。


「は、はい??? どこだここ??!」


 だって今まで家の中にいたのに、知らない空の下にいるからさ。マジでわけが分からない。

 こういう時は一旦冷静にならなきゃ。


───ちょっと待て。部屋にいきなり湯気が立ちこめてきて、目を開けたらここにいる。ああ、そうかそうか……湯気が部屋に充満したからだ。そっか。じゃあ仕方ないよ……


「って、んなわけあるかーーーーーーー!!」


 思わず叫んじゃったけど、ごめん。

 だって、本当に意味が分からないから。

 でも同時に、脳裏に一瞬ピンとよぎった。


───まさか、これってラノベでよくある”異世界転生”ってヤツ?!


「まさかまさか〜〜〜、そんな、ねぇ、まさか異世界転生とかなんて、ねぇ〜〜」


 敢えてヘラヘラしながら片手をペラペラ縦にゆらしてみたけど、ダメだ。現実を見よう。

 これはその”まさか”かもしれない。

 いや、風景がそうなんだもん。


 いい風が吹いてるし、目の前には黄金色の稲が揺れる果てしない田園風景。

 それだけならまだいいのさ。

 生き残ってる農家かもしれないし。

 けど、田園の真ん中にあるんだ。

 西洋の古代神話に出てくるような神殿の中に、ものすごくでっかい“炊飯釜”が。


───ぜ、ぜ、絶対に日本じゃない!


 うっはーーー! と、ショックをウケてると、後ろから突然声が聞こえてきた。


「……アナタが私を呼んでくれたのね」

「へっ?」


 振り向くと、ビックリ仰天。

 そこには黒髪の美しい女の子がいたんだ。

 白と深緑の制服。肌は白く透けるようで、目元はどこか寂しげ。

 それでいて、どこか懐かしい香りがする。


「私は『サーニシキ』よ。かつて“白米の女神”と呼ばれていた者……」

「えっ……白米? 女神? で、ササニシキ?」


 俺がそう問いかけると、女の子?女神?は、ちょっと頬を膨らませた。


「サーニシキよ。ササニシキはダメ。色々と……」

「あっ、え? いや、まあ……はい」


 なんだろう。もしかしてササニシキだと、もし”メジャー”になった場合に大人の事情が……いや、まあメタ的な思考はやめておこう w

 で、俺が「サーニシキさん」と言い直すと、彼女は「コホン」と軽く咳払いをして俺を見つめ直してきた。


「そう。忘れられたお米の記憶が、アナタの手の中にあったから……」

「俺の手に? ん? もしかしてこれ?」

「そうよ♪」


 少女、いやいや、女神サーニシキは俺が右手に持ってる”しゃもじ”を見て優しく微笑んだ。

 

 その瞬間、俺の胸に炊きたての記憶が蘇る。

 昔、祖父と並んで食べた、真っ白なごはんのあの味が。


「アナタが“炊命者”なのね。会いたかったわ♪」


 彼女はそう言うと同時に、俺の手を両手でそっと包みこんで微笑んできた。


「ようこそ、飯継まんけいの世界へ!」


 サーニシキの滑らかな手の感触が伝わってきて、俺は顔を真っ赤にして大慌て。


「ああああっ、へ? ま、まんけい?の世界?!」


 いや、だってサーニシキめっちゃ可愛いんだもん。高校生には刺激が……

 あー、はい。言い直します。

 彼女いないイコール年齢の俺には、刺激が強すぎんの!

 いや、ちゃんと言わないと、どーせ後で突っ込んでくるんでしょ。

 今どきの高校生は、手を握られたぐらいじゃドキドキなんてしないって。

 ……ったく、バーロ。童貞をなめんなよ。真実はいつもひと……


「……どうしたの?」

「へっ?」

「なんか今、とてつもなくカッコ悪いことを”カッコつけて”言おうとしてなかった? ”炊飯者”なのに……」


 サーニシキは笑み浮かべつつも、ゴゴゴゴゴ……と、いう圧を放ちながら見つめてきてる。

 多分、炊飯者ってのはなんか凄い存在だから、俺が下らないことを考えるのが許せないんだ。

 なんか、そんな気がする。ヤバい。


「ん? んんんん?! な……まさか〜w まさかまさか、ねぇ?」


 顔中あせだくになりながら必死でごまかし笑いする俺の前で、サーニシキは軽く首をかしげた。

 もちろん、圧は消えずにそのまんま。


「……ねぇ? って、なにが?」


 ヤバいヤバいヤバい。

 この雰囲気、恐すぎる。

 もうヤケクソだけど、これしかない。


「はい可愛いっ! サーニシキさん可愛い! さっすが女神! まんけいバンザーイっ!」


 俺はありったけの笑顔で、叫ぶように言った。

 昔じっちゃんが言ってたから。


『陽、いいか。大事なことを教えてやる』

『うん』

『女の子から詰められたら”褒めろ”』

『えっ?! 怒ってる理由を尋くんじゃなくて?』

『かあ〜〜ダメダメ。それじゃドツボにハマるぞ。とにかく褒めろ。全てはそれからじゃ』

『……じっちゃんって、もしかして若い頃サイテーって言われてなかった?』

『陽、女の子を喜ばせようと思ったら、男はみなサイテーになるしかないんじゃよ』

『ふーん……よくわかんないや』


 あの頃はマジで◯スだと思ったけど、今ならじっちゃんの言ってた事が分かる。

 てか、もうこうするしかないんよ。


───でもどーなの? いや、やっぱムリかーー?!


 もう激詰めされるのを覚悟した瞬間、サーニシキは俺の両手をパッと離して顔を軽くそらした。

 頬は少し赤らんでる。


「な、なに言ってるのよ。カワイイって、言われたぐらいで私は……」


 ここだ! と、思った俺は畳み掛ける。

 こうなりゃ言うっきゃない。


「カワイイです! サーニシキさん!」

「もうっ! 分かったわよ! でも、あんまり調子に乗ったらダメよ。300年振りに褒められたからって、照れてるわけじゃないんだからね……!」


 300年振り? なんだかよく分からないけど、サーニシキさんの機嫌は直ったみたいだ。


───じっちゃんには感謝しなきゃ……だよね?


 なんて事を考えてると、サーニシキは再び女神らしく雰囲気を整えて俺を見つめてきた。


「アナタ、名前は?」

「炊田 陽です!」

「フフッ♪ 炊田 陽か。いい名前ね。あっ、『たけたよう』とも読めるじゃない w」

「あっ、はい……まあ、よく言われます」

「アハハッ♪ そーよね w」


 なんか分からない事だらけだけど、嬉しそうに微笑むサーニシキさんは可愛い。

 乗り切る為とかじゃなくて、ホントにそう思う。

 人間とは思えないレベルだし、女神っていうのも、たぶん本当なんだ。

 そんなサーニシキさんは、俺を見つめたまま告げてくる。


「陽、ごはんを失ったこの世界を、一緒に炊きなおすわよ♪」


 こうして俺は、忘れられたお米の女神と出会い、

 世界を“炊き直す”戦いへと巻き込まれていくことになった。


 


──次回、『炊け! サーニシキ、初陣っ!』

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