第11話美貌の青年

 マーレの街から戻ってきてから、「おふくろ亭」での毎日の忙しさはかわらない。というよりか、よりいっそう忙しくなった。


 このブライトンの街ではなかなか入手の出来ない保存の出来る食材や調味料やスパイスを、マーレの街の定期市でたくさん入手した。それらを使っての期間限定メニューをいくつか加えたのである。その為、以前よりも忙しくなった。


 期間限定メニューは、どれも大好評で「ずっと続けて欲しい」との声が多かった。それはそれでうれしくてならない。


 メリッサの手伝いで「おふくろ亭」の厨房に立つようになって五年以上。お客さんたちの笑顔を見たり、「美味しい」との声をきくのは、それはもううれしくてならない。そういったのを見聞きするたび、疲れがふっ飛んでもっとがんばって美味しいものを作りたいと奮起する。


 なにより、ほんのひとときでもみんなにしあわせを味わってもらっていることが、わたし自身のしあわせにもつながるのだ。そして、自信にも結び付く。


 自分でもずいぶんと前向きになったと思う。それから、自分にたいして自信を持てるようになったと自覚している。


 以前のわたしとはずいぶんとかわった。


 心も体も、である。



 ところで、わたしの尊敬する恩人であり師匠でもあるメリッサは、精神は男前で見た目は「太っ腹母さん」である。つまり、彼女は恰幅がいい。栗色の髪は短めに切り揃えていて、同色の目はパッチリしている。彼女ほどコック帽とコック服がよく似合う人はそうそういないだろう。


 彼女のコック姿は、「おふくろ亭」だけでなくこのブライトンの街のシンボルといっても過言ではない。


 わたし自身、彼女を見ているだけで安心出来る。彼女に守られているという気になる。


 その彼女と愛息のマイクとひとりでもおおくの人に料理を提供し、しあわせを感じてもらいたい。


 お客さんたちのしあわせそうな顔を見たり褒め言葉を聞いたときには、いつも気合いを入れ直す。


 

 期間限定メニューを提供し始めた頃だった。


 長期間続いていた他国との戦争が終わった。軍は帰還し、従軍していた兵士たちは休暇をもらってそれぞれの故郷に戻ったという噂が流れてきた。


 その噂をきき、すぐにある人の名が心と頭をよぎった。


 その名とは、サンダーソン公爵のことである。


 将軍を務める彼もサンダーソン公爵領に戻ったに違いない。そして、例の略奪レディと婚儀を執り行うのだろう。というか、もう婚儀を行っただろうか


 そこまで考え、おもわず苦笑してしまった。


(わたしには関係のないことよ。わたしにもマイクにもまったく違う世界のことよ)


 そう自戒した。


 ちょうどその頃だった。


「おふくろ亭」のお客としてはめずらしく、きちんとした身なりの青年がやって来るようになった。


 というか、彼は街の人たちとは違って貴族なのかもしれない。


 真っ白いシャツにピシッとしたズボン姿はいうまでもなく、その独特の空気や雰囲気は貴公子然としている。


 彼は、いつもランチタイムが落ち着く頃にやって来て、日替わり定食を注文する。それから、追加でお茶とその日のスイーツを食べる。彼は、ランチタイムが終って一旦お店を閉める直前までいる。


 その青年があまりにも毎日くるものだから、マイクが彼に興味を持ったらしい。その青年に話しかけだした。


 そうすると、ふたりはあっという間に仲良くなった。


 マイクは、彼に懐いた。それこそ、わたしが嫉妬してしまうほどに。


 ランチタイム後、マイクはずっと青年とすごすようになった。


 青年の名は、アンディ。


 アンディは、マイクに名前しか名乗らなかったらしい。

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