獅子の英雄―小さな騎士の物語―

ぽぷらてす

第0話 英雄の誕生

 ──視界が、ぼやける。音が、遠のく。

 鼻に感じるのはほんの僅かな血の匂い。視界はこんなにも赤く染まっているのに。

 右手を動かそうとすれば、長年共にあった剣の感触すら鈍くなった。この相棒すら、もう握れない。

 無理に動かそうとした体が悲鳴を上げる。それでも、構わなかった。なんとか体を起こそうとして、再び腕に力をこめる。


 ……駄目か。


 地に横たわろうとしたとき、両側から体を支えられた。右を見れば苦しそうに顔を歪めた友人が。左には襲われかけていた少年がいる。少年は泣きながら私にしがみ付いていた。しかしその感触すらも分からない。

 遠くにちらつく影はきっと後輩たちだろう。ふっと口元が緩む。大声を上げて笑いたかった。なんていい気分なのだろう。仲間を誰も失うことなく、この少年も守ることができた。これほどの名誉はない。

 この歳になってもまだ力を求め、自分の理想を追い求めたことが間違いでなかったと、そう思うことができる。


 ああ、それでも。もう少し。


 生まれて初めて、本気で神に祈ったかもしれない。


 ああ、神よ。もう少しだけ、この景色を見せてはくれないか?


 しかし無常にも瞼は閉じ、世界が静かになっていく。



 ──感覚が、すべて消えた。


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