第11話 思い出の庭よ再び
一時間ほどの後。私たちは再び、あの裏庭へと続く扉を開けました。
「ではまず、どんな風にきれいにしたいのか、お庭を一巡りして計画を立てましょう」
今日は庭仕事用にシンプルなデイドレスとブーツを身につけた私たちは、道すがらざっと冬枯れの草や蔦を麻袋に回収してゆきました。自由に咲き乱れている花々の引っ越し先を話し合いながら小路を歩くこと、しばし……間もなく昨日の東屋にたどり着きました。
東屋は木製ながらしっかりとした造りになっていて、建て替えずともそのまま活用できる状態でしょうか。しかし塗料は、ほとんど剥げ落ちてしまっています。
「これは、塗り直しをしなくてはダメね。ケイティは何色がいいと思う?」
「まっ白なの!」
「いいわね! では助っ人が来たら、白いペンキをお願いしましょうか」
◇ ◇ ◇
あれからランチタイムを挟んだ、午後。庭師見習いのケヴィンも加えて、庭全体からひたすら枯れた草花を取り除き続けていたときのことです。
「お待たせ、お姫様方。ペンキ塗りのトランプ兵は、二人いれば足りるかな?」
声をかけられて振り向くと、ペンキの缶を両手に持ったアードリックが立っていました。後ろには木製の脚立を抱えた従者のグレッグが、いつもの強面を少し緩めて控えています。
「まあ、忙しい所にありがとう!」
「いいや、これぐらいお安い御用だよ。さてケイティ姫、ご要望は真っ白でよかったかな」
慣れた様子で膝をつき目線の高さを合わせたアードリックに、ケイティも警戒心を解かれたのでしょう。
「そうよ。まっ白に、おひめさまのすむお城みたいにしてね! そういえばはくしゃくさまって、もしかして本もののおひめさまに会ったことある?」
アードリックは一瞬虚を突かれたように目をみはると、すぐにニヤリと皮肉げな笑みを浮かべて言いました。
「お姫様はないな。王子様なら、同級生にいたけどね」
「王子さまとお友だちだったの!? すごい!」
「ははは、ありがとう」
今度は少しだけ困った様子で声を上げて笑いつつ、アードリックは袖を
全く日焼けをしていない真っ白な肌は、血管が青く浮き出て見えるもの。かつてはそれを『
ですが今の私の目には――自ら人々の先頭に立ち、共に汗を流す今の彼の方が、何倍も頼もしく素敵に映ります。ぼろぼろだった東屋は、みるみるうちに美しく塗り直されてゆき……しばらくして自分の作業の手を止めて顔を上げると、真っ白に生まれ変わっておりました。
今日はとても良いお天気ですから、二、三日もすれば乾いてくれるでしょう。思わず手を止めて眺めていた私は、ケイティに腕をつつかれてハッと我に返りました。
「ちょっと、のどかわいちゃった」
「では、そろそろお茶の時間にいたしましょうか」
ちょうど片付けを終えたらしいアードリックたちに声をかけると、グレッグが小さく頷いて、先に足早に庭を出て行きました。ボンネットと手袋、そしてエプロンを脱いで本館の
ケーキスタンドの最上段には、小さく可愛らしいお菓子がたくさん並べられていて――それに気づいたケイティは、すぐさま目を輝かせました。
「フェアリーケーキだ!」
この国では小さく可愛いカップケーキのことを、フェアリーケーキと呼んでいるのです。お茶を淹れ、ケーキをお皿に取り分けると、ケイティは再び歓声を上げました。
「わ、これ、羽がはえてる!」
「ふふ、これはバラフライケーキというのですって」
この城の酪農室では、毎日のように自家製のフレッシュバターを作っています。できたてのバターに、なめらかにすりおろした黄色いレモンの表皮、そしてたっぷりのお砂糖――それらの材料をよく練り合わせて作ったレモンバタークリームは、舌に乗せたとたんに甘くとろけてしまいます。たっぷりのバターでも口あたりが重くなりすぎないのは、春風のように爽やかなレモンの香りのおかげでしょうか。
「お庭がきれいになったら、ちょうちょだけじゃなくて、ようせいさんも来てくれるかな」
「妖精さん?」
「うん。ちょっと、お耳かして」
小さく手招きするケイティに、私は耳を寄せました。すると口許を隠すように手をかざし、ケイティは声をひそめます。
「あのね、ないしょだけどね、ママのお庭にはね、ようせいさんがすんでいるのよ」
「まあ、素敵ね! うちのお庭にも、来てくれるかしら」
「うん! 気に入ってもらえるように、もっとかわいくしよう!」
◇ ◇ ◇
――そんな日が続き、はや三日が経ちました。
「また明日もつづきをしようね!」
今日の作業を終えて満面の笑みを浮かべるケイティに、私は困った顔を見せつつ言いました。
「ごめんなさい、明日は週末でお客様が多いから、私はお庭へは行けないの。だから、明日は一日お城の中でのんびり過ごしてもらえるかしら」
「大じょうぶ、一人でもできるわ。まだまだやることたくさんあるのに、帰るまでに終わらなくなっちゃう!」
「でもね、整えきれていないお庭には、まだまだ危険がたくさんあるの。だから、貴女を一人で行かせることはできないわ」
「でも……」
これまでの楽しげな様子から一転し、ケイティは悲しみを込めた瞳で私を見上げました。それでもやはり、少し遠慮があるのでしょうか。ケイティはきゅっと唇を噛み、我慢しようとしているようです。
――そろそろ、頃合いでしょうか。
「そうね……わたくしでなくても、誰か大人が付いているならいいわ」
「でも、だれにおねがいしよう……」
しょんぼりとするケイティに、私はにこやかに言いました。
「ちょうど良いお客様がいるの。思わぬ一人旅でとってもお暇みたいだから、きっと引き受けてくださるわ!」
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